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悪性症候群
伊藤 有毅

監修医師
伊藤 有毅(柏メンタルクリニック)

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専門領域分類
精神科(心療内科),精神神経科,心療内科。
保有免許・資格
医師免許、日本医師会認定産業医、日本医師会認定健康スポーツ医

悪性症候群の概要

悪性症候群は主に抗精神病薬の投与や中止、または減量によってまれに出現する重篤な副作用です。
運動の制御や感情の変化、体温調整などの自律神経に影響する神経伝達物質であるドーパミン」が大きくかかわっています。

悪性症候群の症状は、ドーパミンの急激な低下により起こる体温の急激な上昇や筋強剛(筋肉が固くなって痛みを伴う状態)、意識障害などです。
早期に適切な治療が行われないと、生命が危険にさらされる可能性もあります。

主な治療は、原因となる薬の使用を中止することです。
重症の場合は体温管理や水分バランスの管理、呼吸療法などの支持療法が必要になります。

悪性症候群

悪性症候群の原因

悪性症候群は抗精神病薬や抗パーキンソン病薬の投与、投与量の減少、投与の中止が原因となって発生します。
また、上記に挙げた薬以外でも発生したり、健康状態が引き金となったりすることもあります。

抗精神病薬

悪性症候群の原因としてリスクが高いのはドーパミン受容体遮断作用(脳内の信号のやりとりを調整する作用)を持つ抗精神病薬の使用です。
特に第一世代の定型抗精神病薬(例:ハロペリドール、クロルプロマジン)はリスクが高いとされています。
これらの薬はドーパミン受容体を遮断し、中枢神経系でのドーパミン活動の急激な低下を引き起こすことで、筋肉が緊張状態になったり高熱が出たりなどの症状を誘発する可能性があります。
一方、第二世代の非定型抗精神病薬(例:オランザピン、リスペリドン)も悪性症候群の原因となりますが、発症リスクは定型抗精神病薬に比べてやや低い傾向です。

抗パーキンソン病薬

抗パーキンソン病薬(レボドパ、ドーパミンアゴニスト)の急な中断や変更により、ドーパミンの急激な欠乏が生じることで、悪性症候群が発生することがあります。
ドーパミンが減少すると、脳の運動制御が行えなくなり、筋緊張の異常や、自律神経の乱れによる発熱や血圧の変化などを引き起こします。

その他の薬

抗うつ薬や他の精神病薬も悪性症候群の原因となる要因です。
急激な増量や薬の変更によりドーパミンの量が変化することで悪性症候群の症状を誘発します。

その他の原因

悪性症候群は、全身的なストレスがかかると発症のリスクが高まります。
脱水や栄養不良、感染症などが全身的なストレスを高める要因です。

悪性症候群の前兆や初期症状について

悪性症候群の前兆として発熱や全身の筋肉痛、倦怠感が挙げられます。
初期症状は、38度以上の発熱、四肢や頸部の筋強剛、頻脈、意識障害などです。

症状が急速に進行する経過も悪性症候群の特徴となります。
また、血液検査ではCK値(クレアチニンキナーゼ:筋肉の細胞が破壊されているかどうか分かる値)が上昇する可能性もあります。

これらの症状は抗精神病薬の投与開始後、中止後、あるいは薬の量の変更後数日から数週間以内に発症する可能性が高いです。
24 時間以内の発症が16%、1週間以内の発症が66%、30日以内の発症が96%と大半を占めています。
(参考:厚生労働省/重篤副作用疾患別対応マニュアル 悪性症候群

原因となる抗精神病薬を中止することで、合併症のない場合は平均7〜10日で症状は改善する傾向です。
一方、症状が長引くケースもありますが、死亡率は最近では10%以下に減少しています。
(参考:薬物と神経筋障害:診断と治療の進歩 Ⅲ.薬物副作用による神経・筋障害 4.悪性症候群/日本内科学会雑誌/第96巻/第8号

悪性症候群の検査・診断

悪性症候群の検査は実際の状況と薬物の使用歴に基づいておこなわれます。
悪性症候群に似ている症状としてセロトニン症候群や熱中症、神経内科疾患があるため、鑑別のために必要な検査をおこないます。

悪性症候群を引き起こす薬物の有無を調べる

2021年3月に集計された、悪性症候群を引き起こす可能性が高い薬物は以下の通りです。

  • アリピプラゾール
  • リスペリドン
  • オランザピン
  • ブレクスピプラゾール
  • ハロペリドール
  • クエチアピンフマル酸塩
  • フルニトラゼパム
  • アセナピンマレイン酸塩
  • ブロナンセリン
  • ビペリデン塩酸塩
  • スルピリド
  • バルプロ酸ナトリウム

これらの薬物の関与がある場合、悪性症候群を疑います。

血液検査

悪性症候群では血液検査でCK値の上昇や白血球数、ミオグロビン、プロラクチンの増加が確認できます。

  • CK値の上昇:筋肉の破壊によって放出される酵素がCKであり、悪性症候群による筋強剛や筋崩壊(横紋筋融解:筋肉の細胞が壊れてしまう状況)によって上昇します。
  • 白血球数の増加:炎症やストレスの反応により、白血球数が増加します。白血球数は急性の重篤な状況も反映する数値です。
  • 電解質の異常:筋崩壊が進行すると、筋内のカリウムが血液内に漏れ出てしまい、不整脈などのリスクがある高カリウム血症を引き起こします。また、脱水や過剰な発汗により体や脳のむくみ、けいれんなどが発生する低ナトリウム血症の有無も確認します。
  • ミオグロビン量の増加:横紋筋融解が進行すると、筋肉からミオグロビン(筋を作るタンパク質)が血液に漏れ出る仕組みです。本来血液にないミオグロビンが増加すると、血液を処理する腎臓に負担がかかり腎不全のリスクが高まります。
  • プロラクチンの増加:プロラクチン(乳腺の発達と乳汁分泌に関わるホルモン)はドーパミンによって抑制をうけています。悪性症候群でドーパミンが減少するとプロラクチンの制御ができません。それによってプロラクチンが増加し、月経異常や性機能異常が発生します。

Levensonらの悪性症候群診断基準

Levensonらの悪性症候群診断基準は、大症状の 3 項目、または大症状の 2 項目+小症状の 4 項目を満たせば悪性症候群を確定診断する基準です。

大症状

  • 発熱
  • 筋強剛
  • 血清 CK の上昇

小症状

  • 頻脈
  • 血圧の異常
  • 頻呼吸
  • 意識変容
  • 発汗過多
  • 白血球増多

画像検査

悪性症候群は意識障害を伴うことがあるため、脳梗塞や脳出血などの神経学的疾患の除外を目的に画像診断がおこなわれることがあります。
悪性症候群の直接的な診断には必要ありません。

悪性症候群の治療

悪性症候群の治療は、原因となっている薬の中止が第一になります。
また、悪性症候群によって発生している症状を和らげる支持療法も必要です。
さらに重症例ではダントロレン(筋固縮を和らげる薬)を使用する例もあります。

原因となっている薬の中止

悪性症候群の治療で、最も重要なものは原因となっている抗精神病薬の中止です。
原因となっている薬を中止することで、ドーパミン受容体遮断が解除されてドーパミンの働きが改善することで症状の緩和が期待されます。

支持療法

支持療法とは、悪性症候群によって引き起こされた症状を管理する目的でおこなわれる治療です。
一般的な症状である発熱に対しては、冷却シートや氷枕などをつかって物理的に体温を下げたり、解熱剤を使用したりします。
脱水や電解質異常に対して、点滴管理は水分補給や電解質の調整は重要な治療の一つです。
また、重篤な呼吸障害がある場合は酸素投与や人工呼吸器の使用が必要になり、ICU(集中治療室)で管理されます。

薬物療法

悪性症候群の症状を緩和するために薬が使用される例もあります。

  • ダントロレン:筋強剛を緩和するために使用されます。筋収縮を促すカルシウムイオンの放出を抑制することで症状を改善する仕組みです。
  • ブロモクリプチン:ドーパミン受容体を刺激してドーパミンの機能を補います。これにより、ドーパミンの欠乏が改善されます。

悪性症候群になりやすい人・予防の方法

悪性症候群になりやすい人は抗精神病薬やパーキンソン病薬を使用している人です。
高用量の薬・複数の薬を使用している場合や、複数の精神科薬を使用している場合は特に注意しましょう。
また、脱水や栄養失調、感染症による体調不良などが重なると悪性症候群の発症リスクが高まります。

悪性症候群を予防するためには、服薬の用法容量をしっかりと守ることが重要です。
自己判断で薬を飲む量を増減したり、急に飲むのを止めないようにしましょう。

水分摂取や栄養バランスの取れた食事を取ることも大切です。
適度な運動やリラクゼーションを日々に取り入れ、ストレスを貯めない生活を心がけましょう。

もし、悪性症候群に当てはまる薬を服用していて、発熱や筋肉痛、倦怠感など疑わしい症状があった場合は早めに医療機関を受診してください。


関連する病気

  • セロトニン症候群
  • パーキンソン病
  • 熱中症
  • 悪性緊張症

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