監修医師:
副島 裕太郎(横浜市立大学医学部血液・免疫・感染症内科)
天然痘の概要
天然痘は、天然痘ウイルス(variola virus)が原因で発症する感染症です。
サイズは直径約250-300nmの大型DNA ウイルスで、赤血球凝集素を持っています。ウイルス粒子は宿主細胞の細胞質内で増殖し、最終的に細胞を溶解して放出されます。
感染経路は主に飛沫感染や接触感染で、発症すると発熱や全身の発疹、水疱が形成されて全身に重篤な症状が現れます。
重篤化すると、出血や脳炎、二次感染などの合併症を引き起こし、死に至る可能性があります。
天然痘の原因
天然痘の原因は、天然痘ウイルスと呼ばれるオルソポックスウイルス科のウイルス感染が一般的です。
ウイルスの感染力は強く、飛沫感染や接触感染によって簡単に伝播します。また建物などの密閉された環境では空気感染することもあります。
そのため発疹期の感染者は、皮膚や呼吸器系から大量のウイルスを排出するため、感染リスクが高いです。
天然痘の前兆や初期症状について
天然痘の前兆や初期症状は潜伏期から痂皮形成期まで、5段階に分かれています。この章では、天然痘の前兆と初期症状についてわかりやすくご紹介します。
潜伏期
天然痘ウイルスに感染してから発症するまでの期間は7-19日間で、この期間は無症状の潜伏期となります。
ウイルスが感染後に増殖している段階です。
前駆期
潜伏期の後に、突然高熱(38-40度)、悪寒、頭痛、腰痛、嘔吐などの激しい全身症状が現れます。この時期が前駆期です。
高熱は持続し、全身の筋肉痛や倦怠感も強くなります。
発疹期
前駆期に続いて全身に発疹が現れる発疹期です。
発疹は顔面、四肢、体幹の順に出現し、時間の経過とともに進行します。
最初は小さな斑状の紅斑として現れ、徐々に丘疹や水疱へ変化します。
水疱は直径5-10mmほどのサイズで、中心が濃い赤色なのが特徴です。
膿疱期
水疱は徐々に膿疱化します。膿疱は厚い壁に包まれ、内部に膿汁を含むようになります。
この時期は全身の発疹が最も高度な時期です。
痂皮形成期
最終的に、膿疱は乾燥して固い暗褐色の痂皮となります。
この痂皮は徐々に剥がれ落ちていきます。
天然痘の症状は発症初期から特徴的で、突発的な高熱と全身性の発疹の出現が重要な前兆症状です。
この症状の推移は、麻疹やウイルス性発疹症など、ほかの発疹性疾患とは大きく異なるため、早期診断には発症初期からの経過観察が欠かせません。
前駆期の症状出現時には直ちに医療機関を受診し、保健所への連絡が必要です。
隔離措置を講じて、適切な治療介入が、天然痘感染者の予後と感染拡大を防ぐ大切なポイントとなります。
天然痘の検査・診断
天然痘は複数の検査を実施し、症状と検査所見を照らし合わせて総合的に診断されます。
そのために以下の3つを行います。
・臨床症状の確認を行い、高熱や全身性の発疹、水疱・膿疱の経過などを診る
・疫学情報の収集のため、感染者の渡航歴や接触歴を詳しく確認、感染経路を特定します。
特に天然痘の流行地域への渡航歴や、感染者との接触歴の確認は重要です。
・病原体検査で検体からの病原体検出が必要です。
ここから具体的にどのような検査をするのか説明します。
電子顕微鏡検査
感染者の水疱液や痂皮から採取した検体を電子顕微鏡で観察し、ポックスウイルス粒子の有無を確認します。
PCR検査
遺伝子増幅法によりウイルスのDNAを検出します。
水疱液やクルー痂皮などから採取した検体を用います。
ウイルス分離
細胞培養系でウイルスを分離培養し、同定することができます。
ただし、生物学的安全性が高く、特殊な設備が必要です。
抗体検査
血清中のポックスウイルス蛋白抗体を検出することで、過去の天然痘ワクチン接種歴や自然感染の有無を推定することが可能です。
画像検査
発疹の分布や経過を把握するため、皮膚所見の写真撮影などが行われます。
万が一検査結果が陽性となった場合、直ちに公衆衛生当局に報告し、感染者の隔離や接触者の追跡調査など、迅速な対応が必要です。
天然痘の診断
診断は次の基準に沿って行われます。
①主要な症状がある
- 突発的な高熱と全身性の発疹の出現
- 発疹の進行過程(水疱化→膿疱化→痂皮化)などの症状がある
- 天然痘の流行地域への渡航歴や、感染者との濃厚接触歴がある
②検査所見
患者検体の培養やウイルス検査で天然痘ウイルスを同定します。
③除外されるもの
症状が非典型的だったり、検査結果が不明確な場合は、ほかの発疹性疾患の可能性も考慮し、経過観察の必要があります。
天然痘の診断から除外される場合の判断基準は以下になります。
- 水痘(水疱の分布が体幹優位)
- 単純ヘルペス(発疹が皮膚・粘膜に限局)
- 麻疹(発熱と発疹の時間的経過が異なる)
- 風疹(発疹の広がりが緩徐)
- 帯状疱疹(播種性でなければ発疹が一側性で神経支配領域に限局)
これら上記①〜③を全て満たした場合となります。
天然痘の治療
天然痘の治療は、主に対症療法をメインに行われます。
対症療法
天然痘の治療の基本は対症療法です。
重症化を抑えるため、以下のような対症療法が行われます。
- 解熱鎮痛剤による対症症状の緩和
- 水分・電解質管理による全身状態の維持
- 二次感染予防のための抗菌薬投与
- 呼吸管理や輸液管理などの集中治療
そのほか、重症の時は出血性病変への対応として、血液凝固因子の補充なども考慮されます。
特異的治療
天然痘に対する特異的治療としては、抗ウイルス薬の投与が行われます。
代表的なものはテコビリマットという薬剤で、米国食品医薬品局(FDA)で2018年に承認されています。
ブリンシドフォビルという薬剤もFDAで承認されています。シドフォビルという薬剤も市販薬として使用されています。
ワクチン接種
天然痘ワクチンは、天然痘の発症や重症化を予防する上で有効です。
現在使用されているワクチンは、ワクチニアウイルスを用いて作られており、強力な免疫が獲得できます。
天然痘ウイルスに対する感染防御効果は極めて高いワクチンです。
患者の管理
天然痘患者は、 徹底した感染対策が必要です。
感染者は即座に隔離され、厳密な感染予防策のもと、集中治療が行われます。
濃厚接触者に対しても、健康観察や予防接種など、積極的な措置が取られるため、感染拡大を抑える対応が重要です。
公衆衛生対応
天然痘の発生時に、迅速な 公衆衛生対応が不可欠です。
医療機関からの速やかな通報を受け、保健当局は感染者の隔離、接触者の追跡調査、ワクチン接種の対策を講じます。
天然痘になりやすい人・予防の方法
天然痘は1980年5月に根絶されて以降、再発生したことはありません。
しかし発症を予防するためにも、なりやすい人の特徴を抑えることは大切です。この章で解説していきます。
天然痘になりやすい人
天然痘に感染しやすい人には以下のような特徴が考えられます。
ワクチン未接種者
天然痘ワクチンは、1980年5月の根絶宣言以降、一般市民への接種は行われてません。
そのため、 ワクチン未接種者は感染リスクが高くなります。
免疫抑制状態の人
HIV感染者や臓器移植患者、悪性腫瘍患者など、 免疫抑制状態にある人は天然痘に感染しやすいです。
また、重症化リスクも高くなります。
小児
天然痘ワクチンの接種を受けていない小児も感染しやすいです。
重症化リスクも成人に比べると高いと考えられています。
高齢者
加齢に伴う免疫機能低下から、天然痘への感受性が上がります。
さらに基礎疾患を持つ高齢者は、重症化しやすい傾向です。
妊婦
妊婦は胎児への影響が懸念されるため、感染に十分な注意が必要です。
重症化リスクも高く、致死率も高い可能性があります。
皮膚疾患のある人
アトピー性皮膚炎や湿疹など、既存の皮膚疾患を持つ人は、天然痘の感染リスクが高くなる可能性があります。
栄養状態の悪い人
低栄養状態にある人は、天然痘への感染防御能が低いため感染しやすくなります。
天然痘の予防法
天然痘の予防策は以下のようになります。
ワクチン接種
天然痘ワクチンは、感染予防と重症化予防に有効です。ワクチン接種により、強力な免疫獲得が期待できます。
ただし、1980年5月の根絶宣言以降、一般市民への定期接種は行われてません。
現在は、研究者や軍関係者など特定のリスク集団に限定的な接種が行われています。
感染対策
天然痘は飛沫感染を中心として接触感染や空気感染により簡単に伝播するため、感染予防対策が重要です。
万が一患者と濃厚接触した人は、健康観察と予防接種を行います。
また、医療従事者は感染防護具の着用など、徹底した感染制御策を講じる必要もあります。
感染者の早期発見と隔離
感染拡大を抑える上で、感染者の早期発見と迅速な隔離措置が不可欠です。
医療機関は天然痘の前駆症状に注意を払い、疑わしい症例を早めに発見する必要があります。
公衆衛生対応の強化
天然痘の発生時には、保健当局による迅速な対応が必要不可欠です。
感染者の隔離、接触者の追跡・検査、ワクチン接種など、総合的な対策が求められます。
参考文献