監修医師:
眞鍋 憲正(医師)
破傷風の概要
破傷風は、土壌や動物の腸内に存在する細菌の1種である、クロストリジウム・テタニ(Clostridium tetani)が原因となる重篤な中毒性感染症です。この細菌はテタノスパスミンという強力な毒素を産生し、主に神経系に作用して、筋痛や痙攣を起こします。傷口を通じて体内に侵入するので、特に汚染された深い傷は要注意です。
初期症状は傷口周辺の痛みから始まり、次第に全身の筋肉に影響が及びます。特徴的な症状として、咀嚼筋の痙攣による開口障害や、背筋が硬直して反り返る後弓反張があります。病状が進展すると、呼吸困難や窒息の危険が生じることがあります。
治療には抗生物質や抗毒素の投与が行われますが、毒素の効果を完全に消滅させることは難しく、症状による対症療法が中心となります。破傷風の致死率は高いため、医療機関での迅速な対応が重要です。特に傷が深い場合や汚染された環境での怪我を負った場合には、早期に医療機関への受診が必要です。
一方で、破傷風は予防可能な疾患です。定期的なワクチン接種が最も有効な手段です。ワクチンは通常、乳児期から複数回にわたり接種され、その後も定期的なブースター接種が推奨されます。
破傷風の原因
破傷風は、嫌気性細菌に属する、クロストリジウム・テタニ(Clostridium tetani)の感染が原因です。この細菌は、芽胞と呼ばれる耐久性の高い状態で存在し、厳しい環境下で生存することができます。破傷風の主な原因は、この細菌が傷口を通じて体内に侵入することです。
クロストリジウム・テタニの特徴
クロストリジウム・テタニは、酸素のない環境を好む嫌気性菌であり、土壌や動物の腸管内に自然に存在しています。この細菌は、芽胞で守られた状態で存在するため、乾燥、熱、消毒剤などに対して大変抵抗力があります。そのため、数年間生存することが可能です。
感染経路
破傷風は人から人へは感染しない疾患です。破傷風の感染経路として最も多いのは、深い刺し傷や切り傷、火傷、動物の噛み傷など、傷口からの侵入です。特に、土壌や動物の排泄物に触れる可能性がある傷はリスクが高いです。
また、深い傷ばかりではなく、小さな傷でも感染する可能性があるので要注意です。その他、怪我をした後の不適切な傷の処置、衛生状態の悪い環境での手術などが感染リスクとなる場合もあります。いずれも不適切な消毒が要因です。農作業やガーデニングなどで土壌に直接触れる機会が多い場合、感染リスクが増加するので要注意です。
毒素の作用
クロストリジウム・テタニが体内に侵入し増殖すると、強力な神経毒素であるテタノスパスミンを産生します。この毒素は神経系に作用して、神経筋接合部での神経伝達物質の放出を阻害し、全身にさまざまな障害を起こします。1gで200万人を殺傷するといわれるほど強力です。
破傷風の前兆や初期症状について
感染から発症までは潜伏期間、初期症状、進行期、そして重篤な場合の末期症状に分けることができます。症状は、顔面から体幹、四肢へと下降性に出現します。
潜伏期間
潜伏期間は通常3〜21日で、平均的には7~10日です。この期間はクロストリジウム・テタニが体内に侵入してから毒素を産生するまでの経過時間です。潜伏期間の長短は感染部位の場所や傷の深さ、患者さんの免疫状態などにより変わります。
初期症状
最初に認められる症状は、傷口周辺の痛みや硬直です。これに続いて、特徴的な症状である、咀嚼筋の硬直による開口障害が起こります。さらに、首や肩の筋肉の硬直が認められることがあります。
進行期
進行期になると、全身に症状が波及し、全身の筋肉が硬直します。具体的には、咀嚼筋の硬直により、口を開けることがさらに難しくなり、食事や会話が困難となります。顔面筋が痙攣し、笑顔のように見えるが不自然な表情となる、ひきつり笑いが起きます。 さらに症状が進行すると、背筋が硬直し、身体が弓なりに反り返る、後弓反張(オピストトナス)が起きます。この症状は破傷風に特徴的なものです。意識清明な状態で、激痛を伴うので辛い症状です。その他、全身の筋肉が激しく痙攣する強直性痙攣が認められることがあります。最終的に、呼吸筋が障害されるため、呼吸困難や窒息のリスクが高まります。開口障害から全身痙攣出現までの経過時間が48時間以内であれば予後が悪いとされています。
重篤な場合の末期症状
治療が遅れた場合は致命的となります。以下の症状は要注意です。自律神経障害として、心拍数や血圧の上昇、発汗、発熱などが起きた場合です。呼吸筋の痙攣や麻痺による呼吸困難が生じ、窒息による死亡リスクとなります。その他、全身の痙攣発作が頻繁に起きる場合は、意識消失に至ることもあります。
破傷風の前兆や初期症状が見られた場合に受診すべき診療科は、感染症科、内科です。破傷風は感染症であり、感染症科や内科で診断と治療が行われています。
破傷風の検査・診断
破傷風には、特異的な検査法はありません。症状による臨床診断に基づいて診断されます。
臨床診断
臨床診断は以下の症状に基づいて行われます。咀嚼筋の硬直により開口が困難になる、開口障害。背筋が硬直し、身体が弓なりに反り返る、後弓反張。笑顔のように見える不自然な顔面筋の痙攣である、ひきつり笑い。全身の筋肉が硬直し痙攣が頻発する、強直性痙攣。これらの症状を認めた場合は破傷風を強く疑います。特に、症状出現の直近において、傷や怪我がある場合は可能性が高くなります。その他、破傷風トキソイドワクチンの接種状況や職業歴を聴取することも、臨床診断の一助となります。
補助的検査
血液検査では、一般的な炎症反応を認めますが、特異的な指標はありません。筋電図(EMG)では、筋肉の活動異常を検出しますが、特異的ではありません。クロストリジウム・テタニの培養や毒素の検出を目的に微生物学的検査を検討したい所ですが、菌の検出が難しく実用化されておりません。
総括
以上をまとめると、破傷風は感染症に属していますが、細菌学的検査の感度・特異度が低い疾患です。理由として、破傷風菌の量が少ない場合でも発症することが多々ありますし、破傷風ではない患者さんの創部から破傷風菌が分離される場合もあるからです。紹介したその他の検査も破傷風の診断には特異的ではありません。以上より、破傷風の診断は臨床診断に基づいて行われることが一般的です。
破傷風の治療
破傷風の治療は、迅速かつ適切な医療介入が必要です。また、大変重篤な疾患であるため、予防が極めて重要です。
抗毒素療法として、破傷風免疫グロブリンが投与されます。破傷風の毒素を中和する作用があり、感染が疑われた場合は、即座に使用されます。クロストリジウム・テタニの増殖を抑制するために、メトロニダゾールやペニシリンなどの抗生物質が使われます。その他、支持療法として、痙攣を緩和するための筋肉弛緩剤、人工呼吸器、苦痛を軽減し痙攣をおさえるために鎮静剤が使われる場合があります。外科的処置では、原因菌が嫌気性であることを考慮して、開放創やデブリードマンも行われます。痙攣発作予防のため、安静を目的に暗室への収容を考慮することも重要です。
破傷風になりやすい人・予防
破傷風は、ワクチン未接種者や糖尿病患者の発症リスクが高いといわれています。そのため、破傷風の予防法としては、ワクチン接種が有効です。その中でも、破傷風トキソイドワクチンは大変効果的な手段です。無毒化された破傷風毒素を使用しており、免疫系が毒素に対する抗体を作ることを促進します。小児には三種混合ワクチンとして、DPTワクチンが推奨されます。初期対応も重要です。怪我をした場合は、すぐに傷口を清潔な水と石鹸で洗い流し、消毒を試みましょう。
破傷風は致命的な疾患であり、予防と早期治療が極めて重要です。定期的なワクチン接種は大変有効な予防手段であり、怪我をした場合には迅速な傷の処置と医療機関の受診が重要です。治療として、抗毒素療法、抗生物質療法、支持療法があり、これらを早期に組み合わせることで予後改善に繋がります。