

監修医師:
前田 広太郎(医師)
尿毒症性脳症の概要
尿毒症性脳症は進行した腎不全における代謝性脳症として発症します。腎不全により尿毒素が体外に排泄できないことにより、神経学的異常を呈する疾患です。発症のタイミングや重症度は血中尿素窒素やクレアチニン濃度とある程度相関しますが、患者ごとに大きな個人差があります。若年で基礎疾患が少ない患者では比較的遅く発症する一方で、高齢者や中枢神経系に基礎疾患を有する患者では早期に発症する傾向があります。典型的には、精神・神経症状の進行とともに振戦やミオクローヌスなどがみられ、血液検査で尿素窒素やクレアチニンの高値を認めます。脳波検査、画像検査を行い他の脳症を除外した上で、透析を行い尿毒素を除去することにより可逆的に改善することが多いです。症状の遷延や非典型例では他の疾患を考慮し、精査が必要となります。
尿毒症性脳症の原因
腎機能が低下すると、体内の不要な物質を体外に排泄することが困難になります。尿毒素と言われる様々な物質が体内に貯留することにより尿毒症性脳症を発症するとされています。尿毒素はその分子特性により以下のように分類されます。1) 低分子・水溶性物質として、尿素、グアニジン、リン酸、シュウ酸、トリメチルアミン-N-オキシドなどが挙げられます。これらは比較的透析で除去しやすいとされますが、毒性が残ることもあります。2)疎水性および/またはタンパク質結合性物質として、p-クレジル硫酸、ホモシステイン、インドキシル硫酸、キヌレニンなどが挙げられます。一般的に透析での除去が困難で、神経毒性や心血管毒性の原因となることがあります。3)中分子~高分子尿毒素としては、β2-ミクログロブリン、PTH、終末糖化産物(AGEs)、サイトカイン、FGF-23などが挙げられます。
これらの中で、尿毒症性脳症の原因となる明確な毒素は同定されていませんが、いくつかの仮説があります。 副甲状腺ホルモンは、動物モデルにおいて、PTHの注入が尿毒症性脳症に類似した臨床症状と脳波異常を再現することが示されています。また、脳内アミノ酸代謝の異常や、神経伝達物質のバランス(興奮性と抑制性の不均衡)が崩れたり、偽神経伝達物質(例:メチルグアニジン)や中分子物質が蓄積することが関与している説などがありますが、特定の物質が尿毒症性脳症に直接関与していることは証明されていません。また、尿毒素のうち特にタンパク質結合型や小分子の一部は腸管から吸収されることが知られており、特定の食事摂取や腸内環境の悪化が尿毒素の蓄積に関与しているとされます。
尿毒症性脳症の前兆や初期症状について
尿毒症性脳症の初期症状は非特異的かつ進行性です。早期症状としては、倦怠感、易刺激性、見当識障害、幻覚、支離滅裂な発話がみられたり、運動異常として軽度の全身筋力低下や動作の不安定さがみられます。神経所見として、振戦、ミオクローヌス、手の羽ばたき振戦様症状、テタニー、痙攣発作などが出現することもあります。重症例では昏睡に陥ることや、片麻痺や反射の左右差などの症状も稀に出現することがあります。透析によって可逆的に改善する場合が多いです。また、透析導入後の透析不均衡症候群の一症状としても出現することもあります。
尿毒症性脳症の検査・診断
血液検査にて、尿素窒素やクレアチニンの値から腎機能を確認します。脳波検査では尿毒症脳症の重症度を反映するとされます。最も一般的なのは徐波の増加です。他にも前頭葉優位の律動性シータ波、両側性高振幅デルタ波、三相波、てんかん性放電などが見られることがあります。また、他の中枢神経系疾患との鑑別のため、画像検査としてCTやMRIを撮像することがあります。
尿毒症性脳症の治療
急性の尿毒症性脳症では、透析導入によって症状が改善することがほとんどです。完全に意識障害が改善するまでは1〜2日程度の遅れがみられます。 慢性腎不全では、透析後も軽度の認知障害が残ることがあるとされます。透析開始後に明らかな改善が得られない場合は、他の脳症の原因(感染、薬剤、脳出血など)を考慮すべきです。透析不均衡症候群による脳症の場合は、神経学的回復は速やかで可逆性とされます。
尿毒症性脳症になりやすい人・予防の方法
慢性腎不全の人に多く発症します。慢性腎不全が進行しないように治療を行うことが発症予防に繋がります。また、尿毒素の一部は腸管から吸収されることが知られており、低たんぱく食やビフィズス菌などのプロバイオティクスが有用と考えられますが、尿毒症性脳症の予防に対する医学的に確立されたエビデンスはありません。
参考文献
- 1)Brenner RP. The electroencephalogram in altered states of consciousness. Neurol Clin. 1985;3(3):615.
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- 5)Up to date: Uremic toxins
- 6)Up to date: Acute toxic-metabolic encephalopathy in adults




