

監修医師:
上田 莉子(医師)
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関西医科大学卒業。滋賀医科大学医学部付属病院研修医修了。滋賀医科大学医学部付属病院糖尿病内分泌内科専修医、 京都岡本記念病院糖尿病内分泌内科医員、関西医科大学付属病院糖尿病科病院助教などを経て現職。日本糖尿病学会専門医、 日本内分泌学会内分泌代謝科専門医、日本内科学会総合内科専門医、日本医師会認定産業医、日本専門医機構認定内分泌代謝・糖尿病内科領域 専門研修指導医、内科臨床研修指導医
目次 -INDEX-
ファンコーニ症候群の概要
ファンコーニ症候群は、腎臓の近位尿細管の機能障害により、本来体内に再吸収される栄養素やミネラルが尿に排泄されてしまう病気です。そのため尿にブドウ糖(尿糖)やリン、アミノ酸などが漏れ出し、さまざまな不調が起こります。子どもではくる病による骨の変形、大人では骨軟化症による骨痛や筋力低下が起こります。ファンコーニ症候群の原因
ファンコーニ症候群を引き起こす原因は、大きく先天性(遺伝性)のものと後天性のものに分類できます。先天性の原因
先天性のファンコーニ症候群は、生まれつきの遺伝疾患に伴って発症します。この症候群を引き起こす代表的な遺伝疾患にシスチノーシスがあります。シスチノーシスでは細胞内にシスチンというアミノ酸の結晶が蓄積する先天代謝異常症で、腎臓の近位尿細管が障害されるために幼少期からファンコーニ症候群を呈します。 その他にも、ウィルソン病(体内に銅が蓄積する遺伝病)や遺伝性フルクトース不耐症、ガラクトース血症、ローエ症候群(眼脳腎症候群)、ミトコンドリア病、チロシン血症といったさまざまな遺伝性疾患が近位尿細管の障害を引き起こし、結果的にファンコーニ症候群を合併することがあります。これらの遺伝性ファンコーニ症候群は通常、乳幼児期から症状が現れます。後天性の原因
後天性のファンコーニ症候群の多くは、生後の要因で近位尿細管がダメージを受けて発生します。代表的なのは薬剤の副作用によるものです。例えば、抗がん剤のイホスファミドやシスプラチン、HIV治療薬のテノホビルやかつて使用されていたジダノシン、抗ウイルス薬のシドフォビル、抗生物質では古くなったテトラサイクリンの内服などが腎臓に対する強い副作用で近位尿細管を傷害し、ファンコーニ症候群を引き起こすことがあります。 テノホビル(TDFと呼ばれるHIV治療薬の一種)は細胞内に蓄積するとミトコンドリアへの毒性を介して近位尿細管を損傷し、この症候群を招くことが知られています。薬剤以外では、多発性骨髄腫などの血液の病気や、腎アミロイドーシス(アミロイドというタンパク質の沈着症)、腎臓移植後の拒絶反応や腎不全の進行など腎臓そのものの病変に伴って発症することがあります。 重金属中毒(鉛や水銀など)や有毒な化学物質への曝露でも近位尿細管が傷害されることで発症する場合があります。まれな例ですが、ハチ毒(ハチ刺され)やレジオネラ症(レジオネラ菌による肺炎)が誘因となったとの報告もあります。ファンコーニ症候群の前兆や初期症状について
ファンコーニ症候群では、腎臓から栄養分や電解質が失われるため、初期には以下のような症状が現れることがあります。これらの兆候がみられた場合は、早めに医療機関を受診することが重要です。受診の際は腎臓内科が適切ですが、症状によってはまず一般の内科や小児科を受診し、必要に応じて専門の腎臓医を紹介してもらいましょう。多尿と口渇
尿細管で水分が十分再吸収されないため尿の量が増え(多尿)、それによる脱水傾向から喉の渇き(口渇)が強くなります。幼児ではおむつがすぐ濡れる、トイレが近いといった形で気付かれることがあります。これらは糖尿病の症状と似ていますが、ファンコーニ症候群の場合、血糖値は正常にも関わらず尿に糖が出ている点が異なります(腎性尿糖)。脱水症状
水分や塩分が尿中に失われるため、汗をかいていないのに皮膚や口の粘膜が乾燥したり、めまいや倦怠感が出たりすることがあります。特に乳幼児では哺乳力低下やおしっこの減少など、脱水のサインに注意が必要です。成長不良
先天性の場合、乳幼児期から体重増加不良や身長の伸び悩み(発育障害)として現れることが多いです。授乳や食欲にムラがあったり、嘔吐を繰り返すこともあります。こうした症状は腎性尿細管性アシドーシス(RTA)による体内の酸性度の上昇や電解質異常に起因し、治療により改善し得ます。骨の異常と筋力低下
体内からリンやカルシウムが失われるため、長期的には骨が軟らかく脆くなります。子どもの場合はくる病として現れ、足がO脚に曲がる、骨端が膨らむなどの骨変形が見られることがあります。大人では骨軟化症により骨痛(特に腰や膝の痛み)や筋肉の力が入りにくい感じ(筋力低下)が初期から生じることがあります。このため重い荷物が持てなくなったり、階段の昇り降りが困難になることもあります。ファンコーニ症候群の検査・診断
ファンコーニ症候群の診断には、主に血液検査と尿検査が行われます。基本的な方針は、腎臓から本来出ないはずの成分が尿中に出ていないか確認することです。尿検査
尿中のブドウ糖、リン酸塩、アミノ酸などの濃度を測定します。ファンコーニ症候群では血糖値が正常にも関わらず尿に糖が検出される(尿糖陽性)ことがあります。また尿中に過剰なリンが排泄されている(リン酸尿)、アミノ酸が漏れ出している(アミノ酸尿)ことも特徴的です。加えて、尿のpHや重炭酸塩排泄量を調べることで、近位尿細管性アシドーシス(タイプ2 RTA)の有無を確認します。血液検査
血液中の電解質や酸塩基平衡の異常を調べます。典型的には、代謝性アシドーシス(血液が酸性に傾く)や低リン血症(血中のリンが低い)、低カリウム血症(血中カリウムが低い)といった所見がみられます。これは近位尿細管で重炭酸塩やリン・カリウムが再吸収されず失われているためです。血中のクレアチニン値(腎機能指標)が上昇している場合、腎不全の進行も示唆されます。その他の検査
原因の特定や合併症評価のため追加の検査を行うことがあります。例えば先天性シスチノーシスが疑われる場合、眼のスリットランプ検査で角膜にシスチン結晶が沈着していないか確認します。遺伝性疾患が疑われるケースでは遺伝子検査を行うこともあります。また、多発性骨髄腫などが原因として考えられる場合は血液検査や骨髄検査でその病気の有無を調べます。骨の状態評価にはX線や骨密度測定が有用で、くる病や骨軟化症の程度を把握します。ファンコーニ症候群の治療
治療は原因の除去と不足成分の補充が中心です。薬剤によるものなら使用中止、重金属中毒なら解毒治療を行います。失われた電解質(水分、重炭酸塩、カリウム、リン)の補充を行い、骨の異常にはビタミンDを投与します。慢性腎不全が進行した場合には透析や腎移植も考慮されます。 このように、ファンコーニ症候群の治療は原因の除去と不足した成分の補充という二本柱で行われます。残念ながら近位尿細管の障害そのものを直接治す特効薬はありませんが、適切な補正治療によって代謝異常をコントロールすることで、症状の緩和と合併症の予防が可能です。小児の場合、早期に治療を開始すれば身長の予後(最終的な伸び)を改善できる可能性があると報告されています。治療は長期にわたることが多いですが、医師の指導のもとで継続することが大切です。ファンコーニ症候群になりやすい人・予防の方法
遺伝性疾患の家族歴がある方、特定の薬剤を長期服用している方、重金属や有害物質に触れる仕事をする方などがリスクが高いです。早期治療には症状に応じた早めの医療機関への受診と、腎機能検査が有効です。日常からできることとしては、市販薬やサプリメントの乱用を避け、十分な水分摂取とバランスのよい食事を心がけましょう。参考文献
- Hechanova, L. Aimee. "Fanconi Syndrome." Merck Manual Professional Edition. Merck & Co., Inc., April 2024.
- Cohen, Scott D., Jeffrey B. Kopp, and Paul L. Kimmel. "Kidney Diseases Associated with Human Immunodeficiency Virus Infection." New England Journal of Medicine 377, no. 24 (2017): 2363–74.
- Bahr, Nicholas C., and Sriharsha G. Yarlagadda. "Fanconi Syndrome and Tenofovir Alafenamide: A Case Report." Annals of Internal Medicine (2019): [Epub ahead of print].




