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淋病
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

淋病の概要

淋病は、淋菌(Neisseria gonorrhoeae)による性感染症で、主に男性では尿道炎、女性では子宮頸管炎を引き起こします。感染は性行為による粘膜接触を通じて拡大し、重症例では精巣上体炎や骨盤内炎症性疾患に進行することもあります。さらに、咽頭や直腸、結膜など性器以外の部位にも感染しうるため、近年の性行動の多様化に伴い非典型的な感染例も増加しています。淋病は、感染症法により5類感染症に指定され、全国の定点医療機関から報告されることにより発生動向が把握されています。特に近年では若年層における感染率が上昇しており、社会的にも重要な公衆衛生課題の一つとされています。

淋病の原因

淋菌はグラム陰性双球菌で、乾燥や高温に弱く、自然界には存在せず、ヒトからヒトへの直接的な粘膜接触を通じて感染が成立します。性行為における感染伝播率は約30%とされており、オーラルセックスやアナルセックスによる感染も報告されています。間接感染の可能性は低いものの、新生児では母体の子宮頸管炎から産道感染によって結膜炎(新生児膿漏眼)を起こすことがあります。また、免疫力が低下している人では全身に感染が広がる播種性淋菌感染症(DGI)を引き起こすこともあります。

淋病の前兆や初期症状について

男性では感染から2~7日の潜伏期間を経て、尿道痛や排尿時痛、膿性分泌物などの典型的な淋菌性尿道炎の症状が出現します。一方で女性では帯下の増量、不正出血、軽度の下腹部痛といった非特異的な症状にとどまることが多く、無症状のまま経過する例も少なくありません。そのため、女性の感染は診断が遅れやすく、知らずにパートナーへ感染を広げてしまうことがあります。咽頭感染ではほとんどが無症状ですが、感染源としての役割は大きく、性器感染の再発や治療失敗の原因となることもあります。直腸感染では排便時の痛みや血便、膿の混入が見られることがあり、特に男性間性交渉者(MSM)では発症頻度が高いとされます。結膜炎では感染後数時間以内に膿性眼脂、結膜充血、眼瞼腫脹などが急速に出現し、角膜潰瘍や失明の危険性もあります。

淋病の検査・診断

診断には問診、身体所見のほか、微生物学的検査が不可欠です。問診では性行為歴や発症時期、パートナーの感染状況などを詳細に確認する必要があります。グラム染色による鏡検は、男性尿道分泌物の診断に有効で、グラム陰性双球菌の存在が確認されれば迅速な診断が可能です。しかし、女性の子宮頸管や咽頭、直腸からの検体では常在菌との鑑別が難しく、診断精度は低下します。分離培養法は薬剤感受性の確認が可能な唯一の方法ですが、検体の取り扱いや輸送条件により感度が低下することがあります。現在、日本では核酸増幅法(NAAT)が診断の主流であり、尿、スワブ、うがい液などさまざまな検体から高感度で淋菌とクラミジアを同時に検出することが可能です。ただし、NAATでは薬剤感受性は確認できないため、特に再発例や治療抵抗例では培養法による確認が推奨されます。

淋病の治療

日本における淋病の第一選択薬は、セフトリアキソン1g静注単回投与です。スペクチノマイシン2g筋注も選択肢ですが、咽頭感染には無効とされており、基本的にはセフトリアキソンが用いられます。過去にはペニシリン、テトラサイクリン、フルオロキノロン系薬が使用されていましたが、近年ではこれらに対する耐性株が広がり、使用は困難です。経口第三世代セフェム系薬(例:セフィキシム)に対しても耐性株の報告があり、治療選択肢は限られています。クラミジア感染の併存率が高いため、アジスロマイシンやドキシサイクリンの併用が検討されることもありますが、アジスロマイシン耐性株の増加が報告されているため注意が必要です。特に咽頭感染では治療失敗の報告があるため、治療後の効果判定が重要です。

淋病になりやすい人・予防の方法

淋病のリスクが高いのは、15〜29歳の若年層、複数のパートナーを持つ人、コンドームを使用しない人、性風俗産業従事者、男性間性交渉者(MSM)などです。特に女性は症状が乏しく、無症候キャリアとして感染源となることがあるため、スクリーニングの重要性が指摘されています。予防の基本はコンドームの正しい使用と、定期的な性感染症検査です。また、感染が確認された場合にはパートナーにも検査と治療を促すことが重要です。特に新生児への産道感染予防のため、妊婦に対するスクリーニングの実施も検討されています。学校や職場での性教育の充実も感染拡大を抑えるための社会的対策として求められています。

参考文献

  • 1)日本性感染症学会(編):性感染症診断・治療ガイドライン2020,診断と治療社,2020 2)JAID/JSC感染症治療ガイド2023.日本感染症学会・日本化学療法学会,2023
  • 3)松本正広ほか:臨床と研究 100巻4号,2023
  • 4)国立感染症研究所:感染症発生動向調査(
  • 5)Yasuda M et al.:J Infect Chemother 29:1011-1016,2023
  • 6)Ohnishi M et al.:Emerg Infect Dis 17:148-149,2011
  • 7)Centers for Disease Control and Prevention:STD Surveillance 2020
  • 8)Suzaki A et al.:Intern Med. 50(18):2039-2043,2011
  • 9)Hamasuna R et al.:J Infect Chemother,18(3):410-413,2012
  • 10)田中正利ほか:感染症学雑誌,85(4):360-365,2011

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