

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。
溢流性尿失禁の概要
溢流性尿失禁とは、膀胱内に尿が過剰に貯留し、膀胱内圧が上昇することで尿道から尿があふれ出る状態を指します。これは、排尿筋の収縮機能が低下した低活動膀胱や尿路の閉塞が原因となることが多く、膀胱が十分に収縮できないために排尿が困難となります。男性では前立腺肥大症や前立腺癌、女性では骨盤臓器脱などが主な原因となることがあり、高齢者に多く見られます。また、糖尿病や脊髄損傷、神経因性膀胱など神経系の異常によっても発症することがあります。溢流性尿失禁の原因
この疾患の主な原因は、膀胱の排尿機能の低下または尿路の閉塞によるものです。前立腺肥大症や前立腺癌による尿道閉塞は、男性における溢流性尿失禁の代表的な原因であり、尿道が狭窄することで尿の流れが妨げられます。女性では、子宮脱や膀胱瘤などの骨盤臓器脱が原因となり、膀胱が圧迫されることで排尿が困難になります。 また、糖尿病性神経障害や脊髄損傷、多発性硬化症などの神経疾患によって、膀胱の排尿筋が正常に収縮しなくなることもあります。さらに、一部の薬剤、特に抗コリン薬やオピオイド、抗精神病薬などが膀胱の収縮を抑制し、尿の貯留を助長することが知られています。溢流性尿失禁の前兆や初期症状について
溢流性尿失禁の初期症状は、尿意がないにもかかわらず尿が漏れることです。患者は膀胱が満杯になっているにもかかわらず排尿が困難であり、尿が少しずつあふれ出るため、尿が持続的に漏れ出ることがあります。また、残尿感や排尿困難、尿意が鈍くなることもよくあります。 この疾患では、尿の勢いが弱くなる、排尿時間が長くなる、排尿後も尿が残っている感じが続くなどの症状も特徴的です。さらに、尿が膀胱内に長時間とどまることで細菌が増殖しやすくなり、尿路感染症のリスクも高まります。特に高齢者では、尿閉が重症化すると腎機能が低下し、水腎症や腎不全を引き起こすこともあります。溢流性尿失禁の検査・診断
診断には、詳細な問診と身体診察が重要です。排尿障害の程度や残尿量を評価するために、超音波検査で膀胱内の残尿を測定します。特に、排尿後の残尿量が多い場合には、低活動膀胱の可能性が高いと考えられます。 また、尿流測定により、排尿の流れを評価することも診断に役立ちます。尿の流速が低下している場合には、尿路閉塞や排尿筋の低下が疑われます。さらに、膀胱内圧測定(尿流動態検査)を行い、膀胱の収縮力を調べることができます。神経因性膀胱が疑われる場合には、神経学的検査や脊髄MRIが必要になることもあります。溢流性尿失禁の治療
治療法は原因に応じて異なりますが、基本的には排尿機能の回復と尿路の閉塞解除を目的とします。軽度の症例では、骨盤底筋訓練や排尿訓練が有効な場合がありますが、進行した症例では薬物療法や外科的治療が必要になることが多いです。 薬物療法としては、前立腺肥大症が原因の場合、α遮断薬(タムスロシン、ナフトピジル)やホスホジエステラーゼ5(PDE5)阻害薬が使用されます。また、膀胱の収縮力を改善するために、コリン作動薬(ベタネコール)やコリンエステラーゼ阻害薬(ジスチグミン)も処方されることがあります。ただし、これらの薬剤の効果には個人差があり、注意深い経過観察が必要です。 尿の排出が著しく困難な場合には、自己導尿(間欠自己導尿)が推奨されます。これは、自分でカテーテルを使用して膀胱内の尿を定期的に排出する方法で、尿路感染症のリスクを最小限に抑えながら、尿閉を防ぐことができます。すべての保存的治療を行っても排尿筋過活動に伴う尿失禁が改善しない場合や、尿道括約筋機能不全に伴う尿失禁に対しては,最終手段として膀胱拡大術や人工尿道括約筋などの手術治療を考慮することがあります。溢流性尿失禁になりやすい人・予防の方法
この疾患は高齢者に多くみられますが、特に前立腺肥大症や骨盤臓器脱のある人、糖尿病や脊髄損傷の既往がある人はリスクが高いとされています。また、長期間の薬剤使用や神経疾患を持つ人も発症しやすいことが知られています。 予防のためには、適切な水分摂取と排尿習慣の維持が重要です。過剰な水分摂取やカフェイン、アルコールの摂取は避けることが推奨されます。また、定期的な運動や骨盤底筋訓練によって膀胱機能を維持することも有効です。男性では、前立腺肥大症の早期発見・早期治療が重要であり、定期的な泌尿器科受診が推奨されます。 高齢者や神経疾患のある人では、適切な排尿管理が必要となります。特に、慢性的な尿閉を放置すると腎機能障害を引き起こす可能性があるため、早期の診断と治療が重要です。排尿障害を自覚した場合には、速やかに医療機関を受診し、適切な診断と治療を受けることが推奨されます。参考文献
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