

監修医師:
江崎 聖美(医師)
目次 -INDEX-
化学熱傷の概要
化学熱傷は、酸、アルカリ、有機溶剤などの化学物質が皮膚や粘膜に直接触れることで生じます。やけどのように皮膚が傷つきますが、通常の熱傷(やけど)と異なり、熱による作用ではなく化学反応によって組織が傷つきます。
化学熱傷の特徴として、原因となった化学物質に応じた特有の症状が現れることが挙げられます。また、皮膚から化学物質が体内に吸収されると、全身に影響が及ぶ可能性もあるので注意が必要です。
化学物質が皮膚に残り続ける限り組織の損傷が進行し続けますので、できるだけ早く多量の水で洗い流すことや、化学物質が付着した衣服を脱ぐことが重要です。化学物質の種類によっては、接触から症状が現れるまでに時間がかかることがあり、傷の深さを最初の段階で判断することが難しい場合もあります。
化学熱傷の原因
化学熱傷の原因となる化学物質はさまざまですが、主に以下の化学物質が挙げられます。
- 酸:硫酸、塩酸、硝酸、フッ化水素酸(フッ酸)など
- アルカリ:水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)、アンモニア、水酸化カルシウムなど
- 腐食性芳香族化合物:フェノール、フェニルヒドラジン、無水フタル酸など
- 脂肪族化合物:ホルムアルデヒド、酸化エチレン、臭化メチル、イソシアネートなど
- 石油関連製品:ガソリン、灯油など
- 金属およびその化合物:6価クロム、水銀、酸化カルシウム(生石灰)など
- 非金属およびその化合物:硫化水素、二酸化硫黄など
日常生活では洗剤や漂白剤による事故が発生しやすく、産業現場ではより危険な工業用薬品による事故が報告されています。
特に注意が必要な物質として、フッ化水素酸(フッ酸)、6価クロムが挙げられます。
フッ化水素酸は、強い腐食性があり、組織への浸透性が高いことが特徴です。このため、皮膚や目などにフッ化水素酸が触れると、急激に組織の深部まで損傷します。また、よほどの高濃度でない限り曝露したことに気が付かないこともあるため、注意が必要です。
6価クロムは、強い酸化作用と腐食作用があり、深達性潰瘍(深くえぐれたような傷)を形成します。6価クロムは、傷口から吸収されやすく、メトヘモグロビン血症や臓器不全などの全身中毒症状を引き起こします。体表面積1%程度の熱傷でも重症化することがあるため、特に注意が必要な化学物質です。
化学熱傷の前兆や初期症状について
化学熱傷を引き起こす化学物質は、多くの種類があります。ここでは、主な化学物質による化学熱傷の初期症状と特徴的な所見をまとめています。
| 化学物質の種類 | 初期症状 | 特徴的な所見 |
|---|---|---|
| 硫酸 | 強い痛み | ・白~黄褐色の痂皮(かさぶた)を形成する ・濃硫酸の場合は、傷口が黒褐色になる |
| 硝酸 | 強い痛み | 傷口が黄色になる |
| 塩酸 | 強い痛み | 傷口が白~灰白色になる |
| フッ化水素酸 | 紅斑、強い疼痛 | 進行すると黒色壊死化する |
| 水酸化ナトリウム、水酸化カリウム | 酸に比べて、炎症反応や疼痛は弱い | 浸軟化(白くふやけた状態)や融解壊死しやすい |
| セメント | 接触後数時間で赤くなることや疼痛がある | 12~24時間後にびらんや潰瘍形成する |
| フェノール、クレゾール | 疼痛、 灼熱感 | ・ 皮膚が白→茶色に変色 ・ しばらくすると無感覚になることもある |
| 臭化メチル | 灼熱感、腫脹、著しく赤くなる | ・ゼリー状の大型水疱ができる ・全身中毒になり得る |
| トルエン | 紅斑、水疱、潰瘍 | 全身中毒になり得る |
| 灯油、ガソリン | 紅斑、刺すような疼痛 | ・全身中毒になり得る ・特有の灯油臭で診断がつく |
| 6価クロム | 深達性潰瘍(深くえぐれたような傷) | 少量でも全身症状のリスクがある |
| 黄燐 | 自然発火するため、熱傷と化学熱傷の両方が生じる | 低カルシウム血症、高リン酸血症、不整脈などを引き起こす |
化学熱傷の症状がある場合には救急科、皮膚科、形成外科、外科を受診しましょう。ただし、化学物質が目に入った場合には速やかに眼科を受診してください。また、高濃度で曝露したときや全身中毒などのリスクがあるときは、救命救急センターを受診しましょう。適切な初期治療が重要なので、自己判断は避け、速やかに医療機関を受診することが推奨されます。
化学熱傷の検査・診断
化学熱傷の検査と診断は、曝露した可能性のある化学物質に合わせて行います。多くの場合、問診、身体所見を行い、外科的処置を行います。また、必要に応じて血液検査などの検査を行うこともあります。
問診では、接触した化学物質の種類、濃度、接触時間を確認します。症状の経過や痛みの程度も重要な情報です。また、患者さんの職業や事故の状況は原因物質を特定する手がかりとなりますので、問診の際には正確に伝えるようにしましょう。
身体所見では、熱傷の深度、範囲、部位、形態を観察します。皮膚の色調変化や水疱の有無、壊死の程度も診断の参考になります。フッ化水素酸による熱傷では、爪の下への浸透にも注意が必要です。
原因物質の特定は診断において最も重要な要素ですが、患者さんが正確な物質名や濃度を把握していないこともあるため、問診と身体所見から原因物質を推定します。
化学熱傷の治療
化学熱傷は、要因となった化学物質によって必要な処置が異なります。ここでは、一般的な化学熱傷に対する治療と、特殊な化学熱傷に対する治療について分けて説明します。
一般的な化学熱傷に対する治療
化学熱傷の治療は、まず汚染された衣服を除去し、多量の水による洗浄を行います。特に洗浄は重要な初期治療であり、化学物質に曝露した後なるべく速やか(15分以内)に行うことが推奨されます。これにより、化学物質の希釈や除去、化学反応の抑制などの効果が見込めます。
洗浄は15 分以上の水洗浄が一般的に必要とされますが、化学物質の種類や濃度によっては30分~2時間程度継続を必要とする場合があります。洗浄は患者さんの訴え(痛みや灼熱感)がなくなるまで継続することが推奨されますが、化学熱傷の範囲が広い場合には、洗浄によって体が過度に冷却され、低体温症になるおそれもあるため注意が必要です。
その後、通常の熱傷に準じた治療として外用薬の使用や感染予防を行い、必要に応じて手術も検討します。特に化学熱傷の程度が深刻な場合には、デブリードマン(壊死組織の除去)を行います。デブリードマンした範囲が広い場合には身体の他の部分から皮膚を移植する手術(植皮術)が必要となる場合があります。
特殊な化学熱傷に対する治療
- フッ化水素酸による熱傷:大量の水で洗浄に加えて、グルコン酸カルシウムを皮膚に直接塗ったり、注射で患部に入れたりします。グルコン酸カルシウムは、フッ化水素酸によって引き起こされる痛みを和らげます。
- フェノールによる熱傷:水に溶けないため、ポリエチレングリコールでの洗浄を行います。
- セメントによる熱傷:吸水性が強く強アルカリのため、衣服を除去してセメントを十分払い落した後に水洗浄します。
- 生石灰による熱傷:水と反応し発熱するため、十分に生石灰を払い落とした後に水洗浄します。
また、目に入った場合には速やかに洗眼し、異物除去、薬物治療(抗生物質、抗炎症薬、眼圧降下薬の投与)などを行う必要があります。
化学熱傷になりやすい人・予防の方法
化学熱傷のリスクが高い人は、以下のような職業についている方が挙げられます。
- 化学工場の作業員
- 建設作業員
- 医療従事者 など
また、家庭内においても漂白剤などを使用した際に、誤って触れてしまうと化学熱傷になる可能性があります。また、幼児や認知症の方などは漂白剤などの誤飲の可能性があるので特に注意しましょう。
職場での予防方法としては、化学物質の取り扱いに関する教育を徹底し、保護具の着用を義務付けることが挙げられます。
家庭では、漂白剤などは幼児の手の届かない場所に保管しましょう。認知症の方がいる家庭では、漂白剤などの保管場所に鍵をかけるなどの工夫が必要です。また、漂白剤などの使用時にはゴム手袋を着用し、薬品が皮膚に直接触れないように注意しましょう。これらの予防策を日常的に実践することで、化学熱傷のリスクを大きく低減できます。
関連する病気
- 化学性肺炎
- 眼の化学熱傷
参考文献




