

監修医師:
井林雄太(井林眼科・内科クリニック/福岡ハートネット病院)
手掌多汗症の概要
手掌多汗症とは、「手掌」の文字が示すように、手のひらに多量の汗をかく、いわゆる手汗が生活に支障をきたすレベルで見られる病気です。
多汗症には全身の発汗が増える全身性多汗症と、手のひらや足の裏などの特定の部位の発汗が多くなる局所性多汗症があります。
手のひらに多汗症が出る方はほぼ足裏にも多汗が現れるため、手のひら・足裏を合わせて掌蹠多汗症と呼ぶことも多いようです。
その他、局所的に多汗症が現れやすい部位に脇の下、顔などがあります。
生命に関わる病気ではないものの、手汗で書類やパソコンのキーボードが濡れてしまう、手をつなぐことができない、など、日常生活に支障をきたし、生活の質が下がるばかりか不安障害といった心の病気につながる恐れもあります。
手掌多汗症の原因
手掌多汗症は原因の分からない原発性多汗症と、ほかの疾患が原因で起こる続発性多汗症に分けられます。
続発性多汗症の原因となる疾患にはさまざまなものがあり、循環器や内分泌代謝系の疾患、感染症や腫瘍の影響、パーキンソン病、また脳梗塞や神経の障害のほか、薬の副作用で起こるものがあります。
上記の原因がないにもかかわらず現れる原発性多汗症に関しては、ストレスやホルモンバランスの乱れ、あるいは遺伝的要因など、何らかの理由で汗をかく部位の交感神経が常に活発化しているためと考えられています。
また、手の汗腺そのものには異常がないことが多いと知られています。
手掌多汗症の前兆や初期症状について
手掌多汗症の症状は幼少期、あるいは思春期に現れます。
安静にしている状態や涼しい場所にいる時など、体温の調節が必要ない場合にも手汗が出てくるようであれば、手掌多汗症を疑ってみてください。
事項の「検査・診断」の内容にも関わってきますが、明らかな原因がなく、6ヶ月以上にわたって過剰に手汗が出ているようであれば、以下のセルフチェックを行ってみてください。
- 25歳より以前に症状が出た
- 両方の手で同じように発汗がある
- 睡眠中は発汗が止まっている
- 週に1度以上、発汗の症状がある
- 家族に同じ症状を持つ人がいる
- 手汗によって日常生活に支障が出ている
上記に挙げた項目のうち、2つ以上当てはまっている場合は手掌多汗症の可能性が高いです。皮膚科を受診してください。
手掌多汗症の検査・診断
病院での診断には問診のほか、以下のような診断方法が取られます。
- ヨードデンプン紙法
汗に反応するヨードデンプンを染み込ませた紙に手のひらを置いて、発汗の度合いを調べる検査です。
軽症だと指先や手のひらの淵が紙に染まる程度で、中等度では紙に手のひら全体の跡が付き、重症の場合は紙にべったりと手の跡が残ります。 - 重量計測法
ろ紙の付いた専用の手袋を着用し、一定時間後にろ紙の重量を測る検査方法(ろ紙法)や、測定する部位をビニールで覆い、汗を収集する方法(アームバック法)があります。
ともに汗を吸った紙の重さで重症度を判定します。 - 換気カプセル法
測定したい部位をカプセルで密閉し、そのカプセル内に特殊なガスを送り込み、湿度の変化で発汗量を測定する方法です。 - その他検査
他の病気が隠れていないか、血液検査などで調べる場合もあります。
また、重症度や症状のレベルの目安となるチェック方法もあります。
- レベル別チェックリスト
| レベルA | 簡単な作業が可能である |
| レベルB | 複雑な作業に若干の支障がある |
| レベルC | 作業が困難な状態にある |
HDSS(Hyperhidrosis Disease Severity Scale)
多汗症疾患重症度評価度
多汗度の重症度合いを判定するための基準で、4段階に分かれています。
| スコア1 | 発汗は全く気にならず、日常生活には全く支障がない |
| スコア2 | 発汗は我慢できるが、日常生活にはたまに支障がある |
| スコア3 | 発汗の我慢が難しく、日常生活に支障が出ることも多い |
| スコア4 | 発汗は我慢できず、常に支障がある |
手掌多汗症の治療
現在、手掌多汗症の治療には薬剤を用いたものと、手術による治療法が存在します。
薬による治療
塗り薬
2023年3月に新しく認可され、同年6月から保険適用となった手掌多汗症専用の塗り薬があります。
これは皮膚の下にある交感神経から分泌されるアセチルコリンという神経伝達物質を遮断する働きを持つ薬で、抗コリン薬の一種です。
ローションタイプの塗り薬を1日1回、就寝前に塗ることで原発性手掌多汗症の改善効果が得られます。
抗コリン薬は前立腺肥大症など特定の疾患を持つ人にとっては禁忌となる薬ですので、治療前には主治医と相談し、判断を仰いでください。
また、保険適用外の塗り薬に塩化アルミニウム外用薬があります。
塩化アルミニウムで物理的に手の汗腺を塞ぎ、発汗を防ぐ目的で用いられます。
飲み薬
飲み薬にも抗コリン作用のある薬があります。
塗り薬の項目でお伝えしたように、薬の有効成分がアセチルコリンを阻害し、エクリン腺という汗腺からの発汗を抑制します。
注意点としては、塗り薬同様に禁忌となる症状を持つ人には使用できません。
経口摂取のため薬剤の影響が全身に及びますので、塗り薬以上に気をつける必要があります。
副作用
副作用として、抗コリン薬では口の渇き、便秘、塗布部の湿疹やかゆみ、炎症、塩化アルミニウムでは刺激性の皮膚炎が起こる可能性があります。
万が一、薬の使用後に気になる症状が現れた場合はすぐに主治医に相談してください。
ボトックス注射
多汗症の部位にボツリヌス菌を注射することで、一定期間、発汗を抑制する効果が期待できます。
保険適用外となりますので、希望する際は自費での治療となります。
イオントフォレーシス
水に浸した手のひらに微弱な電流を流し、通電の際に起こる電気分解で発生する水素イオンが汗腺に作用し、発汗を抑える効果が期待できます。
外科手術
胸部の交感神経を部分的に切断し、手汗を出す働きを遮断します。
手術は内視鏡で行われ、傷跡も目立たないとされています。
効果はほぼ100%で術後すぐに手汗は止まります。
副作用として、他の部位の発汗が多くなる代償性発汗が多くの方に見られますので、手術を検討される場合はリスク面も確認し、治療を提供する医療機関に相談してください。
手掌多汗症になりやすい人・予防の方法
手掌多汗症になりやすい人としては、精神的な緊張や遺伝的な要因が考えられます。
完全な予防は難しいと思われますが、ストレスを溜めない、規則正しい生活と適度な運動で自律神経のバランスが乱れないように心掛ける、などの予防策が考えられます。
手汗を気にするあまり、ストレスからさらにほかの疾患を招く恐れもありますので、たかが手汗と思うことなく、医療機関に相談してください。
関連する病気
- 原発性多汗症(Primary Hyperhidrosis)
参考文献




