

監修医師:
居倉 宏樹(医師)
は呼吸器内科、アレルギー、感染症、一般内科。日本呼吸器学会 呼吸器専門医、日本内科学会認定内科医、日本内科学会 総合内科専門医・指導医、肺がんCT検診認定医師。
目次 -INDEX-
乳び胸水の概要
乳び胸水とは、胸管と呼ばれるリンパ管が損傷または閉塞することで、リンパ液の一種である乳びが肺の周りの胸腔内に漏れ出して貯留した状態を指します。
乳びは小腸で吸収された脂肪分を多く含むリンパ液で、白く濁った見た目をしていることが特徴です。正常な状態では乳びは胸管という一本の管を通り、胸部から左の鎖骨付近にある静脈へと流れ込み体内に循環しています。しかし、何らかの原因で胸管から乳びが漏れると胸腔に液体が溜まり、乳び胸水と呼ばれる病的な胸水になります。
乳び胸水は頻度の高い疾患ではなく、すべての胸水のなかでも数%程度とまれな病気です。しかし、一度発症すると、胸腔内に大量の液体が溜まって肺を圧迫するため、放置すれば重い呼吸障害を引き起こし生命に関わることもあります。
また、乳びには脂肪などの栄養分や免疫を担うリンパ球が豊富に含まれているため、乳びが体内から漏れ続けると栄養不良や免疫力の低下を招く恐れがあります。このように乳び胸水は呼吸機能のみならず全身の栄養・免疫バランスにも影響を及ぼしうるため、適切な検査と治療による管理が重要です。
乳び胸水の原因
乳び胸水は発生原因によって大きく外傷性と非外傷性に分類され、さらに先天性や原因不明の特発性に分けられます。それぞれについて解説しています。
外傷性の原因
外傷性の乳び胸水は、胸管が物理的に傷つくことによって起こります。代表的なのは心臓や肺、食道など胸部の手術後に起こる場合で、乳び胸水は手術後合併症として発生するものが最も多くなっています。手術以外にも交通事故や転落事故などによる胸部の強い打撲や刺傷など外傷で胸管が破れると乳び胸水が生じます。
非外傷性の原因
非外傷性の原因は、病気に伴って胸管から乳びが漏出することによって起こります。なかでも悪性腫瘍は非外傷性乳び胸水の原因として最多で、全乳び胸水の約3分の1を占めます。特に、悪性リンパ腫では乳び胸水が起こりやすく、悪性がんが原因の乳び胸水の約70〜75%はリンパ腫によるものです。ほかにも、肺がんや食道がんなど、胸部に腫瘍ができた場合でも乳び胸水は起こります。悪性腫瘍以外では感染症も原因となりえます。特に、結核はリンパ節の炎症によって胸管を閉塞・破壊し、乳び漏出を引き起こす感染症として知られています。
先天性の原因
先天的なリンパ管の奇形や発達異常によって新生児の時期に乳び胸水が発生することがあります。先天性乳び胸水は数日以内に呼吸障害が現れることで発見されます。染色体異常(ダウン症候群やターナー症候群など)や先天性心疾患に合併する症例も報告されています。
特発性(原因不明)
明らかな原因が見つからない乳び胸水もあります。報告にもよりますが全体の約1割は特発性とされ、例えば、妊娠や分娩をきっかけに原因不明の乳び胸水を発症した例などが知られています。
乳び胸水の前兆や初期症状について
乳び胸水の主な症状は、胸腔内に溜まった液体による肺の圧迫に伴う息切れです。初期の乳び胸水では胸水の量が少ないうちは症状がはっきりしないこともありますが、液体が増えてくると徐々に呼吸が苦しくなり、階段を上ると息が切れるといった症状が現れます。また、胸の中に何か詰まっているような圧迫感や重苦しさを感じることもあります。
そして、乳び胸水の前兆として特別なものはありませんが、原因となる基礎疾患に関連した症状が先行することがあります。例えば、外傷後であれば胸の皮下出血や胸痛がまずあり、その後数日して呼吸困難が悪化することがあります。悪性リンパ腫が原因の場合は発熱や体重減少、夜間の寝汗といったリンパ腫の症状に続いて乳び胸水が判明する場合もあります。
そして、乳び胸水が疑われる症状があれば、まず呼吸器内科あるいは内科(子どもの場合は小児科)を受診するのが適切です。乳び胸水は原因によって関わる診療科が異なる場合がありますが、呼吸器内科であれば必要に応じて関連各科と連携して検査と治療を進めてもらえます。
乳び胸水の検査・診断
乳び胸水が疑われる場合、まず胸に液体が溜まっていることを確認するための画像検査を行います。具体的には、胸部エックス線検査や胸部超音波検査で肺の周囲に液体の影がないか調べます。ただし、これらの画像検査だけではその胸水が乳びによるものかどうかを区別することはできません。そこで、胸水の性状を調べるために胸腔穿刺といって、胸に細い針を刺して胸水を一部採取する検査を行います。穿刺で得られた胸水の外観が、白く乳び状であれば乳び胸水が強く疑われます。
胸水が採取できたら、成分を詳しく分析して診断を確定します。乳び胸水では、胸水中の中性脂肪(トリグリセリド)の値が高くなることが特徴です。一般に胸水中トリグリセリド濃度が110mg/dL以上であれば乳び胸水の強い根拠となります。
また、慢性の炎症性疾患による胸膜炎などによって生じる乳び様胸水(偽乳び胸水)では、乳び胸水に類似しますが胸水中のトリグリセリド値が低くコレステロール値が高いです。これらを区別するため、胸水中のコレステロール濃度やリポ蛋白解析も調べることがあります。
診断が確定したら、原因精査のために追加の検査が行われることもあります。例えば、胸部CT検査では胸水の存在のみならず、縦隔のリンパ節腫大や腫瘍の有無を確認します。乳び胸水の原因としてリンパ腫やがんが疑われる場合は、このCTで腫瘍の位置や大きさを評価し、必要に応じてリンパ節の生検などを行います。また、乳び漏出の箇所を特定する目的でリンパ管造影やリンパシンチグラフィといった専門的な検査を行うこともあります。
乳び胸水の治療
乳び胸水の治療は原因と重症度に応じて段階的に行われます。基本的な方針は、胸腔内の余分な乳びを排出して呼吸を楽にしつつ、乳びの産生と漏出を抑えることです。また、根本的な原因疾患がある場合はその治療も並行して行います。
胸水の排出(胸腔ドレナージ)
呼吸困難など症状が強い場合は、まず胸に溜まった乳び胸水を抜いて肺を拡げる処置を行います。局所麻酔下で肋間にチューブを挿入して胸水を持続的に体外に排出する方法が一般的で、これを胸腔ドレナージといいます。胸水を抜くことで肺の圧迫が軽減し呼吸が改善しますが、一方で乳び胸水には栄養分の脂肪や免疫細胞のリンパ球が多く含まれるため、排出を続けると体内のリンパ球が減少して免疫力低下や低栄養のリスクがあります。したがって、ドレナージで一時的に症状を和らげながらも、根本的に乳びの漏出を止める治療を早期に進める必要があります。
食事療法と薬物療法
乳びの漏出を減らすための保存的療法として、まず食事制限が行われます。乳びは食事中の脂肪分が吸収されることで増加するため、脂肪分を極力とらない食事に切り替えるか、一時的に絶食として高カロリー輸液で栄養補給を行います。
加えて、必要に応じて薬物療法も行われます。乳び胸水で用いられる代表的な薬剤がソマトスタチンアナログ製剤(例:オクトレオチド)です。ソマトスタチンには消化管からの吸収を抑えリンパ液の分泌を減らす作用があり、点滴投与することで乳びの産生が抑制され胸管からの漏出が減少することが期待できます。このほかにも状況に応じて利尿剤、静脈栄養中の微量元素補給、ステロイドなどを用いることがあります。
根本原因に対する治療
乳び胸水そのものへの対処に加えて、原因となっている病気の治療も重要です。悪性腫瘍が原因であれば抗がん剤治療や放射線治療、結核であれば抗結核薬の投与など基礎疾患の治療を行います。これら治療により胸管への負担を減らし、乳び漏出の改善と再発予防につなげます。
外科的治療
保存的治療で乳びの漏出が改善しない場合や、胸管からの漏出量が多く、速やかなコントロールが必要な場合には外科的治療が検討されます。確実といえる方法は損傷した胸管を縫い留めて塞ぐ胸管結紮術です。開胸または胸腔鏡下で胸管を確認し、漏出部位を結紮またはクリップで閉鎖します。近年では画像下治療により、カテーテルを用いて胸管に接着剤や硬化剤を注入して閉塞させる経皮的胸管塞栓術などの治療も行われます。
乳び胸水になりやすい人・予防の方法
前述の原因から明らかなように、胸部の大手術を受けた方や特定の疾患を持つ方で乳び胸水のリスクが高まります。また、悪性リンパ腫をはじめとする縦隔(胸の中央)に腫瘍がある患者さんも乳び胸水を発症しやすくなります。
しかし残念ながら、乳び胸水は日常生活上の工夫で明確に予防できる疾患ではありません。多くは不慮の外傷や手術によって生じたり、あるいは基礎疾患に伴って起こるものですので、「これをすれば発症を防げる」という予防策はないのが現状です。しかし、外傷を防ぐために、安全運転や転倒防止といった外傷の予防は重要です。特に、激しい事故では乳び胸水のみならず命に関わる障害が生じるため、日常生活で事故リスクを下げることは結果的に乳び胸水のリスクを減らすことにつながります。
また、胸部手術後の患者さんや特定の疾患を持つ方は早期発見と治療が重要です。術後であれば主治医らが経過観察を行いますが、患者さん自身も退院後に息苦しさが増すといった場合には早めに主治医に相談することが乳び胸水の早期発見と治療につながります。確実な予防方法はありませんが、こうした工夫が乳び胸水になる確率を減らすことにつながります。
関連する病気
- 外傷性
- 悪性腫瘍
- 先天性疾患
- 感染症
- 後天性非外傷性疾患
参考文献




