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高宮 新之介

監修医師
高宮 新之介(医師)

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昭和大学卒業。大学病院で初期研修を終えた後、外科専攻医として勤務。静岡赤十字病院で消化器・一般外科手術を経験し、外科専門医を取得。昭和大学大学院 生理学講座 生体機能調節学部門を専攻し、脳MRIとQOL研究に従事し学位を取得。昭和大学横浜市北部病院の呼吸器センターで勤務しつつ、週1回地域のクリニックで訪問診療や一般内科診療を行っている。診療科目は一般外科、呼吸器外科、胸部外科、腫瘍外科、緩和ケア科、総合内科、呼吸器内科。日本外科学会専門医。医学博士。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。JATEC(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care)修了。ACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)。BLS(Basic Life Support)。

人工呼吸器関連肺炎の概要

人工呼吸器関連肺炎(じんこうこきゅうきかんれんはいえん、Ventilator-Associated Pneumonia: VAP)とは、人工呼吸のために気管にチューブを挿入してから48時間以上経過して発症する肺炎のことです​。
集中治療室(ICU)で人工呼吸器を使用している重症患者さんに起こることが多く、院内感染(病院内で起きる感染症)の一種です​。

人工呼吸器関連肺炎の原因

人工呼吸器関連肺炎は、何らかの細菌が肺に侵入し、感染を引き起こすことで発生します。しかし、その背景には人工呼吸器を使用すること自体がもたらす特有のリスクがあります。
私たちの身体には、咳反射や気道の線毛(繊毛運動)、唾液や胃酸などが異物や微生物の侵入を防ぐ仕組みとして機能していますが、気管にチューブを挿入すると、これら本来の防御機構が十分に働かなくなるのです。

具体的には、気管チューブに装着されたカフが気道を密閉しつつも、カフ周囲に唾液や胃液が溜まってしまい、わずかな隙間から肺へ漏れ落ちることがあります。これを不顕性誤嚥(サイレントアスピレーション)といい、唾液や胃液に含まれる細菌が下気道まで到達してしまうことで感染が成立します。
さらに、ICUなどで長期入院している患者さんは、体力や免疫力が低下しているうえ、抗生物質の使用や病院環境によって耐性菌が増えやすくなっていることもリスクを高める要因です。例えば、黄色ブドウ球菌(スタフィロコッカス・アウレウス)や緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)など、抗生物質への耐性を獲得した菌が関わると、治療が難しく重症化しやすいと報告されています。

人工呼吸器関連肺炎の前兆や初期症状について

  • 発熱(38度以上)もしくは低体温(36度未満)
    平常時と比べて体温が大きく上昇したり、逆に低すぎたりする​
  • 喀痰(かくたん)や気道分泌物の性状変化
    人工呼吸器につながったチューブから吸引される痰が濁った膿のような色(膿性痰)になったり、その量が増えたりします​
  • 呼吸状態の悪化
    人工呼吸器で管理していても血中の酸素濃度が下がる(低酸素血症)、または肺のガス交換が悪化するために人工呼吸器で設定している酸素濃度や圧力を上げざるを得なくなる、といった変化が見られます​
  • 白血球数の異常
    血液検査で白血球の増加(12,000/µL超)または減少(4,000/µL未満)といった著しい変動が起こることもあります。これは身体が感染に対して反応しているサインです

人工呼吸器関連肺炎が疑われる場合、集中治療科(ICUの専門医)や呼吸器内科、場合によっては感染症内科の医師が対応します。多くはICU入室中に診断・治療が行われますが、もし在宅医療などで人工呼吸器を使用している方で同様の症状が出た場合には、早急に医療機関を受診してください。
具体的には、まず救急外来で対応し、その後必要に応じて呼吸器内科やICU専門の医師につないでもらうのがよいでしょう。

人工呼吸器関連肺炎の検査・診断

まず、異常を疑う症状が出現した場合は、胸部エックス線(レントゲン)検査で肺に新たな陰影がないか確認します。必要に応じて胸部CT検査でより詳細な肺の状態を評価することがあります。
画像検査で肺炎が示唆されれば、次に喀痰気管支分泌物を採取し、培養検査を行います。気管チューブや気管支鏡を使って肺や気管支から直接分泌物を取り、どのような菌が潜んでいるかを調べるのです。同時に血液培養を行うことで、菌が血液にまで侵入しているか(菌血症の有無)を確認します。血液検査では白血球数やCRP(炎症の指標)の変動などもチェックし、全身的な感染レベルを把握します。

人工呼吸器関連肺炎の治療

人工呼吸器関連肺炎と診断された場合、早急に適切な治療を開始することが重要です。
治療の中心となるのは抗生物質(抗菌薬)による薬物療法です​。
VAPは入院中に発生する肺炎であり、原因菌が耐性菌である場合も多いため、まずは重症度に応じて広い範囲の細菌に効果を持つ抗生物質(広域抗生物質)を複数併用して投与することもあります​。こうした初期治療をエンピリック治療(経験的治療)と呼びます。
培養検査の結果、原因となっている細菌の種類や薬剤感受性(どの抗生物質が効くか)が判明したら、使用する抗生物質をその菌に対してより効果の高いものに切り替える(必要のない薬は中止する)という方法で適切な治療をします​。これをデエスカレーション(減量・絞り込み治療)戦略といい、耐性菌の出現を防ぎつつ効果的に治療するために重要です。
薬物療法に加え、十分な支持療法(サポートケア)も大切です。具体的には、患者さんの痰をこまめに吸引して気道を清潔に保ったり、必要に応じて体位ドレナージ(身体の向きを変えて肺にたまった分泌物を出しやすくする)や理学療法(背中を軽く叩くなど痰を出しやすくする処置)を行います。

重症の場合、感染による敗血症(血液に菌が回る状態)や血圧低下などが起これば、集中治療室で昇圧薬(血圧を保つ薬)や強心薬の投与、点滴量の増加など集中的な治療が施されます​。また、肺炎が原因で急性呼吸窮迫症候群(ARDS)という重篤な肺障害を合併することもあり、その際は人工呼吸器の高度な設定管理や体外式膜型人工肺(ECMO)の検討など、さらに専門的な治療が必要になります​。
治療の過程では、患者さんが人工呼吸器から離脱できるかも毎日評価されます。人工呼吸器の使用期間が長引くほどVAPのリスクが高くなるため、可能であれば早期に人工呼吸器を外すことも重要な目標です​。ただし無理に外して再挿管となるとリスクになるため、患者さんの状態を見極めながら慎重に進められます。

人工呼吸器関連肺炎になりやすい人・予防の方法

人工呼吸器関連肺炎になりやすい人および予防の方法を解説します。

なりやすい方

長期間の人工呼吸管理

挿管されている時間が長いほどVAPのリスクは高まります​。一般に48時間を超えた頃からリスクが上昇し、5日以上の人工呼吸が必要な場合はより注意が必要です。

意識状態が低下している方

昏睡状態や重度の脳障害があると、自力で咳をしたり誤嚥を防いだりすることができず、肺炎を起こしやすくなります​。

外傷や大手術後の方

重い外傷(特に頭部外傷や胸部外傷)や大きな手術後に人工呼吸器管理が必要になった場合、体力の低下や侵入経路(チューブ類の挿入)が増えることで感染リスクが上がります。

高齢者や基礎疾患のある方

高齢で体力や免疫力が低下している方、慢性の肺疾患(COPDなど)や糖尿病・腎不全など持病がある方は、肺炎全般になりやすく、VAPのリスクも相対的に高くなります​。

免疫力が低下している方

がん治療中や免疫抑制剤を使用中の患者さん、臓器移植後の患者さんなど、免疫機能が落ちている場合には通常では感染しにくい菌やカビ・ウイルスによる肺炎も起こりやすくなります​。

喫煙者

直接的にICUでのVAP発生率との関連は明確ではありませんが、一般的に喫煙者は肺の繊毛機能が障害されており感染症にかかりやすいことが知られています。そのため喫煙習慣のある患者さんはそうでない方に比べ肺炎のリスクが高いと考えられます。

予防の方法

頭を30~45度上げた体位を保つ(ベッドの頭側挙上)

患者さんの上半身を少し起こした姿勢にすることで、胃内容物の逆流や誤嚥を減らし、肺に細菌が入るのを防ぎます​。

口腔ケアを徹底する

口の中を清潔に保つことで、歯垢や唾液中の細菌数を減らします。
【適切なカフ圧管理と吸引】
気管チューブのカフの圧力を適正に維持し、カフ上部に溜まった分泌物を定期的に吸引除去することで、不顕性誤嚥による肺への細菌流入を最小限にします​。

必要最低限の鎮静と早期離脱の検討

患者さんが安全に耐えられる範囲で鎮静(麻酔)を浅く保ち、毎日少なくとも一度は鎮静薬を中断して覚醒させ、人工呼吸器から離脱できる状態か評価します。不必要に深い鎮静や長時間の人工呼吸管理は避け、可能なら早めにチューブを抜くことでVAPのリスクを下げます​。

清潔なケアと手指衛生の徹底

医療スタッフはケアの前後に手指消毒を確実に行い​、吸引チューブや人工呼吸回路の交換時にも無菌操作を徹底します。

ワクチン接種

入院前に余裕がある場合、肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチンの接種も有用です。これらの予防接種は市中肺炎やインフルエンザを防ぐ効果があります。ICUでの耐性菌による肺炎とは直接関係しませんが、重症患者さんがほかの肺感染症に重複感染するのを防ぐ意味で推奨されます。

関連する病気

  • 呼吸不全
  • 気管支肺炎

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