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特発性呼吸窮迫症候群
稲葉 龍之介

監修医師
稲葉 龍之介(医師)

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福井大学医学部医学科卒業。福井県済生会病院 臨床研修医、浜松医科大学医学部付属病院 内科専攻医、聖隷三方原病院 呼吸器センター内科 医員、磐田市立総合病院 呼吸器内科 医長などで経験を積む。現在は、聖隷三方原病院 呼吸器センター内科 医員。日本内科学会 総合内科専門医、日本呼吸器学会 呼吸器専門医、日本感染症学会 感染症専門医 、日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡専門医。日本内科学会認定内科救急・ICLS講習会(JMECC)修了。多数傷病者への対応標準化トレーニングコース(標準コース)修了。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。身体障害者福祉法第15条第1項に規定する診断医師。

特発性呼吸窮迫症候群の概要

特発性呼吸窮迫症候群とは、肺を膨らませるために必要な肺サーファクタントという物質が量的にも機能的にも不足しているために起こる、機能的残気量と肺コンプライアンスが低下する呼吸器疾患で出生直後の新生児に起こります。新生児呼吸窮迫症候群(respiratory distress syndrome:RDS)とも呼ばれます。

特発性呼吸窮迫症候群の原因

肺サーファクタントは、肺胞壁に存在するⅡ型肺胞上皮細胞から妊娠22週頃より産生が開始される、生理学的には界面活性をもったリン脂質です。 肺サーファクタントは肺胞内の気液界面において疎水基と親水基の層を作ることによって肺胞内の液面の表面張力を下げ、肺胞の虚脱を防ぐ作用を持ちます。妊娠34週頃までは肺サーファクタントの産生量が不十分であり、肺胞内の液面の表面張力が高いままとなります。その結果、肺胞は容易に虚脱してしまい機能的残気量、1回の換気量、肺コンプライアンスが低下することが特発性呼吸窮迫症候群の原因です。

早産であればあるほど肺サーファクタントが不足するため、特発性呼吸窮迫症候群を発症する頻度は高くなります。その他には胎児の肺成熟に影響する多数の因子によっても特発性呼吸窮迫症候群の発症率は変化します。

特発性呼吸窮迫症候群の前兆や初期症状について

特発性呼吸窮迫症候群を来した場合には出生直後から呼吸障害を認め、症状は徐々に悪化して出生24~48時間後に最重症となります。肺サーファクタントの不足により肺胞は虚脱して機能的残気量が減少するため、肺を拡張させるために胸腔内に高い陰圧がかかります。新生児の胸郭はやわらかいため、その陰圧に負けてしまい陥没呼吸が生じます。また、肺胞の虚脱を防ぐために呼気時に声門を閉じてうなりをあげることがあります。これは呻吟と呼ばれ、肺胞内に呼気終末陽圧(positive end expiratory pressure:PEEP)をかける作用があります。 さらに肺胞が虚脱することで肺胞換気量の減少、肺胞毛細血管面積の減少、肺胞毛細血管の拡散障害が認められるため低酸素血症チアノーゼが引き起こされます。ただし、これらの症状はほかの呼吸器疾患や心疾患でも起こりうる症状であり特発性呼吸窮迫症候群に特異的な症状ではありません。

特発性呼吸窮迫症候群は出生直後に認められることから、産婦人科・小児科の連携が重要となります。

特発性呼吸窮迫症候群の検査・診断

特発性呼吸窮迫症候群は患者背景、臨床症状と身体所見、胸部X線写真所見、マイクロバブルテストにより鑑別され、肺サーファクタント補充療法の反応性によって最終診断されます。

特発性呼吸窮迫症候群の患者背景

特発性呼吸窮迫症候群の多くは在胎32週以下の早産児で見られることが特徴的です。

特発性呼吸窮迫症候群の臨床症状と身体所見

特発性呼吸窮迫症候群では非特異的ではありますが、症状として陥没呼吸、多呼吸、呻吟、チアノーゼが認められます。

特発性呼吸窮迫症候群の胸部X線写真所見

特発性呼吸窮迫症候群の胸部X線写真所見の評価にはBomsel分類が用いられます。以下のそれぞれの所見が軽症のⅠ度から重症のⅣ度までに分類されます。
  • 網・顆粒状陰影
  • 肺野の明るさ
  • 中央陰影の輪郭
  • 気管支透亮像(air bronchogram)

網・顆粒状陰影(reticulogranular pattern)とは含気のある肺胞と虚脱した肺胞が混在することにより認められる所見です。Ⅰ度では末梢側にかろうじて認められる程度の微細な顆粒状影ですが、Ⅳ度では全肺野が均一な浸潤影で覆われます。気管支透亮像(air bronchogram)は気管支の周囲に存在する肺胞が虚脱して含気がなくなることにより気管支内の空気が透亮して現れる所見です。Ⅰ度では欠如ないし不明瞭ですが、Ⅳ度では鮮明に確認されます。

特発性呼吸窮迫症候群のマイクロバブルテスト

マイクロバブルテストとは、パスツールピペットを用いて羊水または胃液をスライドグラスの上で泡立たせ、1視野あたり1㎟中の直径15μm以下の安定したマイクロバブル数をカウントすることにより、肺サーファクタントの存在を検出し、特発性呼吸窮迫症候群の発症を予測する検査です。 在胎35週以下で出生した新生児のマイクロバブルテストにおいて、羊水で5個/㎟未満、胃液で10個/㎟未満であった場合には特発性呼吸窮迫症候群診断の特異度はそれぞれ100%と99%、感度はそれぞれ80%と63%であり診断価値は高いと報告されています。

特発性呼吸窮迫症候群の治療

特発性呼吸窮迫症候群と診断された場合には速やかに呼吸管理が開始されます。酸素投与を行っても呼吸状態が安定しない際には、速やかに人工呼吸器管理へ移行していきます。加えて、人工呼吸器での高圧換気や高濃度酸素投与による肺障害を最小限に抑え、気胸、脳室内出血、新生児慢性肺疾患の発症を抑制するためには早急な治療導入が必要であり、肺胞の虚脱を改善させるための人工肺サーファクタント補充療法が行われます。

具体的には人工肺サーファクタント製剤を体重1kgあたり120mg準備し、用手換気下で吸収を確認しながら仰臥位、左側臥位、右側外の3方向へ懸濁液を1回あたり約0.5 mLずつ注入するなどの方法で行われます。また、人工肺サーファクタント製剤の投与中も肺胞を虚脱させないように絶え間ない呼気終末陽圧(PEEP)をかけ続けるために専用の薬液注入用カテーテルを用いて投与します。 人工肺サーファクタント製剤が速やかに肺胞内に吸収された場合には、SpO2値が上昇し吸入酸素濃度を低減できるようになります。人工肺サーファクタント製剤投与後は数時間で圧需要が改善して過換気となることがあるため、人工呼吸器で従圧換気管理モードとしている場合には1回換気量の上昇や換気回数の低下、呼気中二酸化炭素濃度低下などが見られないか注意が必要です。

また人工肺サーファクタント製剤投与中や投与後の人工呼吸器管理は肺損傷や新生児慢性肺疾患のリスクとなるため、自発呼吸がある場合には非侵襲的陽圧換気(non invasive positive pressure ventilation:NPPV)を用いた呼吸管理下での人工肺サーファクタント製剤の投与が行われています。 具体的には、特発性呼吸窮迫症候群を発症し呼吸状態が不安定な状態には気管挿管の後に人工呼吸器管理を開始し、人工肺サーファクタント製剤の投与を行った後すぐに、もしくは短時間の人工呼吸管理を経た後に抜管し、経鼻的持続陽圧呼吸(nasal continuous positive airway pressure:nasal CPAP)や非侵襲的神経調節補助換気(non invasive neurally adjusted ventilator assist:NIV-NAVA)などの換気を行う方法を指し、intubation surfactant extubation(INSURE)と呼ばれます。

さらに、気管挿管をせずに人工肺サーファクタント製剤の投与を行う方法をminimally invasive surfactant therapy(MIST)といい、なかでも喉頭展開した後に経管栄養カテーテルを気管内に留置し、人工肺サーファクタント製剤の投与を行った後に非侵襲的陽圧換気を行う方法をless invasive surfactant administration(LISA)といいます。状況に応じてどの方法が適切なのかは検討が必要とされています。

重大な合併症がなければ、生後3〜4日目には肺サーファクタントの産生が始まるため特発性呼吸窮迫症候群の症状は改善傾向を認めます。しかし在胎週数がより早い場合には重症になりやすいため注意が必要です。

特発性呼吸窮迫症候群になりやすい人・予防の方法

特発性呼吸窮迫症候群の多くは在胎32週以下の早産児で認められるため、早産の予防が重要となります。加えて妊娠33~34週以前に早産となりそうな場合には、出産前の母体に副腎皮質ステロイドを投与することで胎児の肺サーファクタント産生が促され、特発性呼吸窮迫症候群の発症リスクが34%減少することが報告されております。 またその他には、新生児仮死、帝王切開、糖尿病母体児は特発性呼吸窮迫症候群発症のリスク因子であり、母体の高血圧症、前期破水、子宮内感染の存在は特発性呼吸窮迫症候群の発症リスクを減らすとされています。いずれの場合においても、産婦人科と小児科の密な連携によって発症後は速やかな対応が行われます。

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