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肺寄生虫症
稲葉 龍之介

監修医師
稲葉 龍之介(医師)

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福井大学医学部医学科卒業。福井県済生会病院 臨床研修医、浜松医科大学医学部付属病院 内科専攻医、聖隷三方原病院 呼吸器センター内科 医員、磐田市立総合病院 呼吸器内科 医長などで経験を積む。現在は、聖隷三方原病院 呼吸器センター内科 医員。日本内科学会 総合内科専門医、日本呼吸器学会 呼吸器専門医、日本感染症学会 感染症専門医 、日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡専門医。日本内科学会認定内科救急・ICLS講習会(JMECC)修了。多数傷病者への対応標準化トレーニングコース(標準コース)修了。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。身体障害者福祉法第15条第1項に規定する診断医師。

肺寄生虫症の概要

肺寄生虫症とは寄生虫が肺に侵入して発症する疾患のことで、肺吸虫症、トキソカラ症、糞線虫症、イヌ糸状虫症、エキノコックス症などが代表的です。ほかの呼吸器感染症とは異なりヒトーヒト感染することはありません

肺寄生虫症の原因

肺寄生虫症の多くは食物中に潜んでいる寄生虫卵や幼虫を経口摂取することで感染します。日本では生活環境の近代化に伴い肺寄生虫症は減少傾向でしたが、最近のグルメブームによる生の食品や輸入食品の摂取、海外旅行者数の増加、海外移出入の増加、ペットの増加などから肺寄生虫症患者さんは現在でも一定数は発生し続けています。

肺吸虫症の原因

日本ではウェステルマン肺吸虫と宮崎肺吸虫の2種類が原因となります。感染幼虫を有する第2中間宿主である淡水産の蟹(モクズガニ、上海ガニ、サワガニ)を生あるいは十分に加熱せずに食べることで感染します。

トキソカラ症の原因

トキソカラ症はイヌ回虫とネコ回虫が原因となり、幼虫のままで体内を移行しさまざまな病変を呈します。主要な感染経路は汚染された牛、鶏レバーや鶏肉の生あるいは加熱不十分な状態で摂取と考えられています。日本では2012年7月から牛レバー、生肉を食用として販売・提供することが禁止されたものの、海外で生肉を摂取して感染した例や、規制後であるにも関わらず牛レバ刺しを摂取して感染した例が報告されています。

糞線虫症の原因

糞線虫症の原因となる糞線虫は日本では沖縄県や奄美地方で見られ、土壌から経皮的に感染します。消化管へ感染することが多いですが、感染する糞線虫の量が多いと肺糞線虫症を引き起こします。小腸に留まった糞線虫の成虫から生まれた虫卵は、腸管を下行する間に孵化し、幼虫は糞便とともに外界へいったん出ます。その後一部の幼虫は肛門周囲の粘膜から再度侵入し、人間の体内で生活環を維持します。このような感染形式を自家感染といい、長期にわたって慢性の持続感染が生じます。

イヌ糸状虫症の原因

イヌ糸状虫は犬を好適終宿主とする寄生虫です。感染した犬を吸血した蚊の体内でミクロフィラリアから体長1 mmの感染幼虫となり、その蚊に刺咬されることで感染します。人間は好適宿主ではないため感染幼虫は発育せず死滅しますが、血流に乗って末梢肺動脈を塞栓することで病変を形成します。 

エキノコックス症の原因

四類感染症であるエキノコックス症はエキノコックス属の多包条虫の幼虫が起こす多包虫症と単包条虫の幼虫が起こす単包虫症に分類されます。 日本で発生している人間のエキノコックス症の94%が多包虫症であり、そのうち95%は北海道から届出がなされています。北海道外から届出がされた症例の多くも、北海道もしくは海外のエキノコックス症流行地で感染したと推測されています。しかし2014年3月から愛知県から犬のエキノコックス症の届出が相次いでおり、知多半島の野犬から継続して多包条虫の感染が認められていることから知多半島内で多包条虫が定着したとの見解が発表されています。

エキノコックス症は終宿主内の成虫から排泄された虫卵を経口摂取することで感染が成立します。腸管内で孵化した幼虫は腸壁に侵入し、血行性またはリンパ行性に肝、肺、脳などの臓器に運ばれることで発症します。肝臓病変が多いとされます。 メタ解析によると多包虫症のリスク因子として犬の飼育、犬と遊ぶこと、農業従事者、狐を扱う職業、草を噛む習慣が挙げられています。

肺寄生虫症の前兆や初期症状について

肺吸虫症の前兆や初期症状について

肺吸虫症の症状は肺吸虫が人間の体内を移行する経路と関連します。体内に摂取された幼虫は、消化管を貫き腹腔内から腹筋へ侵入し、腹筋内で一定の発育をした後に再び腹腔へ戻り、横隔膜を貫いて胸腔内へ侵入し、胸膜から肺実質に到達して成熟します。 症状が出現するのは感染から3〜4週間後とされます。肺吸虫症の呼吸器症状は咳嗽、喀痰、血痰、胸痛、背部痛、労作時呼吸困難などが認められます。腹筋に侵入した肺吸虫が腹腔内へ戻れなかったり、皮膚へ移行した際には移動性皮下腫瘤を呈することがあり、皮膚肺吸虫症と呼ばれます。また脳に侵入した場合には脳肺吸虫症を起こし、発熱、頭痛、嘔吐、意識障害、麻痺などの症状が出現することがあります。

トキソカラ症の前兆や初期症状について

トキソカラ症は無症状例が多いとされます。一部の患者さんでは咳嗽、喀痰、胸痛、呼吸困難喘鳴などの症状が認められますが非特異的です。

糞線虫症の前兆や初期症状について

糞線虫症では無症状の場合が多い傾向にあります。ただし感染幼虫が多くなると下痢、腹痛などの腹部症状を呈します。また、PIE(Pulmonary infiltration with eosinophilia)症候群を生じると咳嗽、喀痰、発熱、呼吸困難、喘鳴などの呼吸器症状を認めます。

イヌ糸状虫症の前兆や初期症状について

イヌ糸状虫症では無症状例が多いとされます。一部の患者さんでは胸痛、血痰、喘鳴、発熱などが認められますが非特異的です。

エキノコックス症の前兆や初期症状について

多包条虫・単包条虫は緩徐に発育するため感染後10〜15年の第Ⅰ期(潜伏期)は無症状で経過します。第Ⅱ期(進行期)になると胆管、肝動静脈、門脈の圧迫による倦怠感、季肋部痛、腹部膨満感、腹部膨満、発熱、黄疸が認められます。肺病変がある場合には胸痛、咳嗽、血痰などが見られます。適切な治療が行われない場合には第Ⅲ期(末期)へ移行し重度の肝障害、嚢胞感染などで死亡します。

肺寄生虫症が心配な時には

肺寄生虫症は無症状ないし症状があっても非特異的なことが多い傾向にありますが、いずれの場合でも寄生虫との接触歴が認められる場合が多いです。寄生虫と接触した可能性があり上記の様な症状がある方や、無症状でも心配な方は呼吸器内科や感染症内科を受診してください。

肺寄生虫症の検査・診断

肺吸虫症の検査・診断

末梢血好酸球増多が認められ、経過とともに低下することが知られています。 胸部CT所見では早期には幼虫の移動により引き起こされる気胸、胸水貯留、浸潤影、線状影などが見られます。虫嚢が形成されると腫瘤影、壊死性低吸収域、空洞結節影、気管支拡張、線状影などが見られます。 確定診断には虫体または虫卵の検出が必要となりますが、肺吸虫が成熟する前に発見されることも多く、血液・胸水・髄液での肺吸虫特異的抗体検査が有用です。

トキソカラ症の検査・診断

末梢血好酸球増多が多く認められますが、韓国から末梢好酸球増多を伴わないトキソカラ症が46~67%を占めていると報告されており、注意が必要です。 胸部CT検査では短期間の経過で消退と出現を認める胸膜側優位の境界不明瞭なすりガラス影、CT halo signを伴う結節影、小葉間隔壁肥厚など多彩な所見が見られます。 喀痰や肺組織からトキソカラ幼虫を検出することは困難であるため、トキソカラ特異抗体検査による免疫診断での診断が試みられます。

糞線虫症の検査・診断

PIE症候群を生じた場合の胸部CT検査では、トキソカラ症と同様の消退と出現を認める境界不明瞭で斑状浸潤影が認められます。重症化した場合には肺胞出血、両側性の浸潤影、すりガラス影、胸水貯留、肺膿瘍、急性呼吸窮迫症候群、粒状影が認められます。

イヌ糸状虫症の検査・診断

胸部CT検査では、肺動脈塞栓で生じた限局性梗塞により胸膜に接する2cm前後の境界明瞭な類円形または楔状の結節影を呈することが多い傾向にあります。

エキノコックス症の検査・診断

多包虫症の胸部CT検査では肺末梢優位の単発性ないし多発性結節影が見られますが、非特異的であり転移性肺腫瘍との鑑別が難しいとされます。画像所見と流行地居住歴からエキノコックス症が疑われる場合には、血液検査で特異抗体を検出して免疫診断を行います。

肺寄生虫症の治療

寄生虫の種類に応じた薬物療法が行われます。

肺吸虫症の治療

プラジカンテル 体重1kgあたり25mg/回を1日3回、3日間内服することが有用です。大量の胸水貯留を認める場合ではプラジカンテル内服前に可能な限り胸水を排液しておくことが必要です。

トキソカラ症の治療

アルベンダゾール 体重1kgあたり5 mg/回を1日2〜3回、28日間投与を1クールとして投与されます。治療効果が不十分な場合には14日の休薬期間をおいて反復投与されます。

糞線虫症の治療

イベルメクチン内服が行われます。

イヌ糸状虫症の治療

胸部CT検査では肺悪性腫瘍との鑑別を要するため外科的切除される例が少なくありませんが、イヌ糸状虫症自体の治療は不要で自然軽快します。

エキノコックス症の治療

可能であれば手術を行い、アルベンダゾール 200 mg/回を1日3回、28日間投与を1クールとして、14日間の休薬を挟みながら合計2年間投与します。手術が困難であればアルベンダゾール長期投与で病巣の縮小を図ります。

肺寄生虫症になりやすい人・予防の方法

肉、海産物などを生で食したり、寄生虫流行地域に旅行したり、寄生虫の宿主である動物と接触することで肺寄生虫症のリスクは増加します。そのため肉、海産物は十分に加熱して食べること、調理に使用した包丁やまな板は用いてほかの調理はしないこと、寄生虫と接触する可能性のある地域・場所では十分に留意することが予防につながると考えられます。

関連する病気

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