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良性石綿胸水
稲葉 龍之介

監修医師
稲葉 龍之介(医師)

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福井大学医学部医学科卒業。福井県済生会病院 臨床研修医、浜松医科大学医学部付属病院 内科専攻医、聖隷三方原病院 呼吸器センター内科 医員、磐田市立総合病院 呼吸器内科 医長などで経験を積む。現在は、聖隷三方原病院 呼吸器センター内科 医員。日本内科学会 総合内科専門医、日本呼吸器学会 呼吸器専門医、日本感染症学会 感染症専門医 、日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡専門医。日本内科学会認定内科救急・ICLS講習会(JMECC)修了。多数傷病者への対応標準化トレーニングコース(標準コース)修了。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。身体障害者福祉法第15条第1項に規定する診断医師。

良性石綿胸水の概要

良性石綿胸水とは、石綿(アスベスト)吸入により胸腔内に体液が貯留する病気です。アスベスト胸膜炎とも呼ばれます。 石綿(アスベスト)関連疾患には肺がん、悪性胸膜中皮腫などの悪性疾患も含まれますが、病名の良性とは、この胸水が悪性腫瘍ではないことを意味します。

良性石綿胸水は、石綿(アスベスト)吸入後から平均40年と長い潜伏期間を経て発症します。約半数の方は無症状で、胸部X線写真や胸部CT検査で胸水を指摘されたことを契機に診断されます。約半数の方は平均3~6ヶ月で自然に胸水が消失し治癒します。 石綿救済給付の対象疾病ではありませんが、なかには何度も胸水貯留を繰り返した末に呼吸機能障害をきたす方もいます。臨床経過が必ずしも良性ではないことに注意が必要です。

良性石綿胸水の原因

良性石綿胸水の原因は、天然に産出する繊維状の鉱物である石綿(アスベスト)です。安価で耐火性、断熱性、防音性、絶縁性に優れていることから、1960年代の高度経済成長期には内装材・外装材・屋根材・煙突材などの建材製品、軽量耐火被覆材(吹付け石綿、吹付けロックウール)、自動車や産業用機械のブレーキ、クラッチなどに幅広く使用されていました。そのため、石綿(アスベスト)やその関連製品を取り扱う職業に従事していた場合のみならず、高度経済成長期には職場などで認識のないままに石綿(アスベスト)を吸入していた可能性が否定できません。

良性石綿胸水の前兆や初期症状について

良性石綿胸水患者さんにおいて、石綿(アスベスト)を吸入していた期間は5.5~28年、石綿(アスベスト)吸入から良性石綿胸水を発症するまでの潜伏期間は15~46年と報告されています。

良性石綿胸水患者さんの初期症状について

患者さんの約半数は無症状のまま健康診断で発見されます。また症状があったとしても、息切れ、咳、胸の痛み、発熱など非特異的なものであり、症状の有無や症状の特徴のみから良性石綿胸水を疑うことは困難です。しかし石綿(アスベスト)を吸入した可能性がある場合には良性石綿胸水やその他の石綿(アスベスト)関連疾患の可能性が否定できないため、呼吸器内科や近隣の労災病院を受診することがすすめられます。

良性石綿胸水の検査・診断

胸水貯留の有無は胸部X線写真、胸部CT検査で確認します。胸水貯留はさまざまな疾患で認められ、その原因によって片側性に貯留する場合と両側性に貯留する場合とがありますが、良性石綿胸水の場合は片側性に貯留します。また胸部CT検査では胸膜プラーク、円形無気肺、胸膜石灰化、びまん性胸膜肥厚などの、ほかの石綿(アスベスト)関連疾患の所見が合併することもあります。

良性石綿胸水の診断に必要な検査

良性石綿胸水の診断にはEplerらによる基準が用いられます。

  • 石綿(アスベスト)曝露歴がある
  • 胸部X線あるいは胸水穿刺で胸水の存在が確認される
  • 石綿(アスベスト)曝露以外に胸水貯留の原因がない
  • 胸水確認後3年以内に悪性腫瘍を認めない
したがって良性石綿胸水の診断を確定するためには、石綿(アスベスト)吸入歴があることと胸水貯留に加えて、感染症(肺炎随伴性胸水、胸膜炎、膿胸、結核性胸膜炎)、膠原病・免疫疾患(関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、IgG4関連疾患、ANCA関連血管炎)、悪性腫瘍(がん性胸膜炎、悪性胸膜中皮種)といった胸水貯留の原因となる他疾患を除外する必要があります。

そのため血液検査、CT検査、胸腔穿刺での胸水検査、局所麻酔下あるいは全身麻酔下胸腔鏡検査による胸膜生検が行われ、感染症、膠原病・免疫疾患、悪性腫瘍による胸水貯留ではないことと、良性石綿胸水で矛盾しないことを確認する必要があります。なお良性石綿胸水の性状は漿液性から血性で、滲出性胸水であり、約1/3の患者さんで胸水中好酸球増加が認められます。また良性石綿胸水の診断には、胸水確認後3年以内に悪性腫瘍を認めないことも必要であるため、経過観察が必要となります。

良性石綿胸水の治療

良性石綿胸水の治療の基本は経過観察です。約半数の患者さんは平均3~6ヶ月で自然に胸水が消失し治癒します。ただし一部の患者さんでは胸水が被包化して残存したり、胸水が消失しても同側または対側に約30%の確率で再発したりすることがあります。このように胸水が残存する場合には胸腔穿刺による胸水の排液や、副腎皮質ステロイド剤の投与が行われることがあります。

また胸水が消失した後に、片側性あるいは両側性に肋骨横隔膜角の鈍化、円形無気肺などの後遺症を残すこともあります。なかには何度も胸水貯留を再発することにより、びまん性胸膜肥厚が生じ、最終的に呼吸機能障害をきたす方もいます。

そして良性石綿胸水そのものは悪性胸膜中皮腫のリスクを増加させるわけではありませんが、一部の患者さんでは併発することがあるため、経過観察が必要となります。

良性石綿胸水になりやすい人・予防の方法

良性石綿胸水の発症と石綿(アスベスト)吸入の関連性

良性石綿胸水の発症率は石綿(アスベスト)を吸入した量と相関するため、石綿(アスベスト)を長期間吸入した方や、高濃度の石綿(アスベスト)を吸入した方は良性石綿胸水を発症しやすい傾向にあります。 石綿(アスベスト)を吸入した方が必ず良性石綿胸水を発症するわけではありませんが、予防する手段は現時点では明らかではありません。そのため良性石綿胸水の発症を予防するには、石綿(アスベスト)を吸入しないことが重要となります。

石綿(アスベスト)が使用されている場所

2006年以前の建築物には耐火被覆材などとして吹付け石綿が、 屋根材・壁材・天井材などとして石綿(アスベスト)を含んだセメントなどを板状に固めたスレートボードなどが使用されていることがあります。石綿(アスベスト)は、その繊維が空気中に浮遊した状態が危険であると言われています。そのため、吹付け石綿が露出している場合には、劣化によりその繊維が飛散する可能性があり危険となります。

またマンションなどでは駐車場に、職場では事務所・店舗・倉庫などに石綿(アスベスト)が使用されている可能性があります。そのためマンションでは販売業者や管理会社を通じて建築時の工事業者や建築士に石綿(アスベスト)使用の有無を問い合わせてみるなどの対応が検討されます。職場で石綿(アスベスト)が使用されている際には、石綿障害予防規則に則って石綿(アスベスト)の除去、封じ込め、囲い込みなどの措置を講じる必要があります。

石綿(アスベスト)に関連した職業における対策

石綿(アスベスト)が使用された建築物などの解体作業では、石綿障害予防規則に基づいて、次のような対策を講ずることが義務付けられています。

労働安全衛生法関係

  • 解体、改修を行う建築物に石綿が使用されているか否かについて、事前調査を行う
  • 石綿が使用されている建築物の解体、改修を行う前に労働者へのばく露防止対対策などを定めた作業計画を定め、これにしたがって作業を行う
  • 石綿が使用されている建築物などの解体などの作業に従事する労働者に、石綿の有害性、粉じんの発散防止、保護具の使用方法などについて特別教育を行う
  • 石綿作業主任者を選任し、作業方法の決定、労働者の指揮などの業務を行わせる
  • 石綿を含む建材などの解体をする際に、労働者にばく露を防止するための呼吸用保護具、作業衣または保護衣を着用させ、粉じんの飛散を防止するため、建材などを湿潤なものにする
  • 常時これらの作業に従事する労働者について、6ヶ月ごとに1回、特殊健康診断を実施するとともに、1ヶ月を超えない期間ごとに作業の記録を作成する。健診の記録および作業の記録は40年間保存する

大気汚染防止法関係

  • 吹付け石綿が使用されている建築物を解体・改造・補修する作業で次の作業を伴う建設工事を施工する際には、都道府県知事などへ14日前までに届出が必要なほか、集じん装置の設置、隔離、湿潤化などの作業基準の遵守が義務づけられる

石綿に関する健康管理手帳

過去に石綿(アスベスト)を取り扱う作業に従事し、離職の際または離職後の健康診断で両肺野に石綿(アスベスト)による不整形陰影または石綿(アスベスト)による胸膜肥厚が認められた場合には、離職の際は事業場の、離職後は住所地の都道府県労働局に健康管理手帳の申請をすることにより、石綿に関する健康管理手帳が交付されます。その後は無料で定期健康診断を指定の医療機関で受けることができます。その結果、早期に良性石綿胸水やその他石綿(アスベスト)関連疾患の早期発見につながると考えられます。

関連する病気

  • 悪性中皮腫
  • 石綿肺
  • 胸膜プラーク

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