

監修医師:
高宮 新之介(医師)
目次 -INDEX-
嚢胞性肺疾患の概要
嚢胞性肺疾患(のうほうせいはいしっかん)とは、肺の内部に「嚢胞(のうほう)」と呼ばれる袋状の空洞が形成される病気の総称です。嚢胞は薄い壁で囲まれ、中に空気や液体が溜まる場合があります。原因やメカニズムは一つではなく、先天性(生まれつき)のものから喫煙や感染症、自己免疫疾患などによる後天性のものまで多岐にわたります。
嚢胞性肺疾患の原因
嚢胞性肺疾患を引き起こす原因は多彩で、以下のように分類されます。
先天性(発生異常)
胎児期の肺の発育過程に問題が生じ、生まれつき肺に嚢胞が形成される場合があります。たとえば先天性肺気道奇形(CPAM)や気管支嚢胞などが挙げられます。症状がないまま成長することもありますが、感染や悪性化のリスクを考慮して幼少期に外科的切除が検討されることも少なくありません。
喫煙や環境因子によるもの
タバコを吸う方や受動喫煙の機会が多い方では、肺胞が壊れてブラと呼ばれる嚢胞状の病変が形成されやすくなります。これが進行すると肺気腫(COPD)の一部として嚢胞性の変化が増え、自然気胸や呼吸困難の原因になる場合があります。また、喫煙と関連する肺ランゲルハンス細胞組織球症(PLCH)でも、多数の嚢胞が認められます。
感染症(細菌・真菌・寄生虫など)
肺炎や結核、真菌症、寄生虫症(エキノコックス症など)が引き金となって嚢胞が形成されることがあります。肺炎後に残る空洞や、エキノコックスの包虫嚢胞などが代表例です。感染症が絡む嚢胞では内部に病原体が存在するため、膿がたまるなどして重症化しやすい点に注意が必要です。
自己免疫疾患・炎症性疾患
膠原病(シェーグレン症候群、関節リウマチなど)の一部では、肺の組織がリンパ球などの炎症細胞に侵され、嚢胞状に破壊されることがあります。リンパ球性間質性肺炎(LIP)などがその例です。自己免疫疾患が原因の場合は、基礎疾患の治療によって肺病変を抑制することをめざします。
遺伝性・体質的要因
Birt-Hogg-Dubé症候群(BHD)や結節性硬化症など、特定の遺伝子変異を伴う疾患では若いうちから多発性の肺嚢胞がみられ、気胸を繰り返すリスクが高くなります。女性に限局して発症するリンパ脈管筋腫症(LAM)も、遺伝的素因や女性ホルモンに起因すると考えられています。
嚢胞性肺疾患の前兆や初期症状について
嚢胞が小さいうちは無症状のまま経過することが少なくありません。定期健診の胸部エックス線検査やCT検査で偶然見つかるケースもあります。症状が出始める場合、以下のようなサインがみられることがあります。
息切れ・呼吸困難
嚢胞が大きくなると周囲の肺胞を圧迫して呼吸効率が下がり、運動時や階段昇降時に息切れしやすくなることがあります。
慢性的なせき・軽い胸痛
せきが長引いたり、胸や背中に違和感を覚える場合があります。大きな嚢胞が胸膜を刺激して胸痛が生じることもあります。
自然気胸の発症
嚢胞が破れると急に肺から空気が漏れて肺がしぼみ、鋭い胸痛や呼吸困難を伴う気胸が起こります。若い痩せ型の男性や喫煙者ではとくにリスクが高い傾向があります。
感染症による発熱や膿性の痰
嚢胞に細菌などが感染すると膿がたまり、発熱や膿性の痰が続く肺炎のような症状が表れることがあります。
嚢胞性肺疾患が疑われるときは、呼吸器内科や呼吸器外科の受診が推奨されます。先天性の肺嚢胞が新生児・乳幼児期から見つかった場合は、小児科や小児外科が対応します。自己免疫疾患が背景にある場合は膠原病リウマチ科との連携が必要となることもあります。
嚢胞性肺疾患の検査・診断
嚢胞性肺疾患は主に以下の検査を組み合わせて診断します。
胸部エックス線検査
簡便で広く行われる検査です。肺の黒く抜けた部分や気胸の有無を把握できますが、小さな嚢胞や数など詳細な情報は得にくいこともあります。
胸部CT検査(高分解能CT:HRCT)
肺を薄く輪切りに撮影することで、嚢胞の大きさ・形・壁の厚み・分布状況などを詳しく評価できます。嚢胞か空洞(厚い壁を伴う病変)かを区別するためにも重要です。先天性と後天性、喫煙関連、遺伝性など、病型の特徴的なCT所見を手がかりに原因を推定することが少なくありません。
肺機能検査
肺活量や1秒量などを測定し、肺気腫様変化や拡散能の低下を調べます。肺のどの程度が損傷されているのか、呼吸機能がどれほど落ちているかを把握するのに役立ちます。
血液検査・微生物検査
感染症が疑われる場合には血液中の炎症反応や病原体の有無、自己免疫疾患を示唆する自己抗体などを調べます。痰や気管支鏡検体を用いた微生物培養も行うことがあります。
気管支鏡検査(気管支内視鏡)
診断がつかない場合や腫瘍性病変を否定できない場合に、肺の内部を直接観察し、組織を採取(生検)することでより正確な診断を行います。遺伝性疾患が疑われる場合には遺伝子検査も選択肢になります。
このような検査を総合して、嚢胞ができた背景(喫煙歴、遺伝、感染症、自己免疫疾患など)とCT画像所見を突き合わせることで診断を進めます。
嚢胞性肺疾患の治療
嚢胞性肺疾患の治療は、原因疾患や嚢胞の数・大きさ・患者さんの症状や年齢、合併症の有無などに応じて異なります。大まかには以下のアプローチがあります。
経過観察
症状がなく嚢胞が小さい場合は、定期的な画像検査と診察で変化をチェックします。先天性の肺嚢胞でも軽度なら症状が出るまで経過観察とするケースもあります。
内科的治療(薬物療法)
感染症の治療: 抗菌薬や抗真菌薬を用い、重症化を防ぎます。
自己免疫疾患の治療
膠原病などが背景の場合は、副腎皮質ステロイドや免疫抑制剤で炎症を抑えます。
分子標的薬
LAMなどではmTOR阻害薬が効果を示すことがあり、肺機能の低下を抑える目的で使われることがあります。
呼吸リハビリ・在宅酸素療法
呼吸機能が落ちている患者さんに対して実施し、日常生活の質を保ちます。
外科的治療
嚢胞の切除: 症状が強い場合や感染・出血を繰り返す場合、外科手術で嚢胞を取り除くことがあります。先天性のケースでは小児期に手術を検討することも多いです。
胸腔鏡下手術
開胸に比べて身体への負担が軽い低侵襲手術が増えています。
気胸に対する手術
繰り返す気胸ではブラ・嚢胞の部分切除や胸膜癒着術などを行い、再発防止を図ります。
生活習慣の改善・禁煙指導
喫煙関連の肺気腫やPLCHなどがある方は禁煙が最優先です。受動喫煙も含めタバコの煙を避けることで進行を抑え、症状緩和が期待できます。
治療方針は呼吸器内科や呼吸器外科を中心に、感染症科や膠原病リウマチ科、遺伝カウンセラーなどとも連携して決まります。患者さんの全身状態や希望を考慮しながら適切な治療を選ぶことが大切です。
嚢胞性肺疾患になりやすい人・予防の方法
嚢胞性肺疾患は先天的な要因から自己免疫、感染症まで幅広い背景で起こり得ますが、以下に該当する方はとくに注意が必要です。
嚢胞性肺疾患になりやすい方
喫煙歴が長い方
喫煙は肺の気道や肺胞を傷つけ、嚢胞形成につながります。若年層の自然気胸でも喫煙者は少なくありません。
若い痩せ型の男性
肺の上部にできた小さなブラが破れやすく、自然気胸を起こす例がしばしばみられます。
20~40代の女性
LAMのように女性ホルモンが関与する病気では、若い成人女性が発症しやすいとされています。
家族に若年性の自然気胸が多い方
BHD症候群などの遺伝性疾患が疑われる場合があります。
自己免疫疾患をお持ちの方
シェーグレン症候群、関節リウマチ、全身性エリテマトーデスなどで肺に嚢胞形成が起こることがあります。
予防策
禁煙・防煙
喫煙者で肺に嚢胞がある方は、禁煙を徹底することで進行を抑えたり症状が改善する可能性があります。受動喫煙も含め、タバコの煙をできるだけ避けることが重要です。
感染対策
日頃から手洗いやマスクの着用など基本的な感染対策を徹底し、肺炎やインフルエンザ、結核などを防ぐことが嚢胞の悪化予防につながります。ワクチン接種なども検討するとよいでしょう。
基礎疾患の管理
自己免疫疾患や慢性肺疾患をお持ちの方は、主治医の指示を守って定期的な検査と適切な治療を継続し、肺の炎症や感染を早期発見・早期治療することが肝要です。
定期的な画像検査
健康診断などで嚢胞の存在が指摘された場合や、家族に自然気胸を繰り返す方がいる場合は、定期的に胸部X線やCT検査を受けることで合併症や進行を把握できます。
関連する病気
- リンパ脈管筋腫症
- 結節性硬化症
- 常染色体優性多発性嚢胞腎
- 先天性嚢胞性肺疾患
参考文献




