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若年発症型両側性感音難聴
小島 敬史

監修医師
小島 敬史(国立病院機構 栃木医療センター)

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慶應義塾大学医学部卒。医師、医学博士。専門は耳科、聴覚。大学病院および地域の基幹病院で耳鼻咽喉科医として15年以上勤務。2年間米国で基礎研究に従事の経験あり。耳鼻咽喉科一般の臨床に従事し、専門の耳科のみならず広く鼻科、喉頭、および頭頸部腫瘍疾患の診療を行っている。日本耳鼻咽喉科学会専門医、指導医。日本耳科学会、日本聴覚医学会、日本耳鼻咽喉科臨床学会の各種会員。補聴器適合判定医、補聴器相談医。

若年発症型両側性感音難聴の概要

若年発症型両側性感音難聴とは、40歳未満の若年期に発症し、両耳で進行性の感音性難聴(音を感じ取ることが難しくなる)を示す病気です。2022年に放映されたテレビドラマ「Silent」にて、主要キャストが患っている病気として取り上げられたことでご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

ちなみに感音難聴とは、脳や蝸牛(内耳にある聴覚を司る感覚器官)、内耳に原因がある難聴のことを指し、これに対して外耳や内耳に原因がある難聴のことを伝音難聴と呼び、区別されます。

若年発症型両側性難聴は明確な原因がわかっていませんが、診断のために遺伝子検査が必要となることが大きな特徴です。

症状の出方としては、段々と聞こえが悪くなっていく特徴があり、以下の要因を満たす患者さんに関しては指定難病の対象となります。

  • 原因となる遺伝子に病的バリアントが見られる
    (対象となる遺伝子はACTG1、CDH23、COCH、EYA4、KCNQ4、MYO6、MYO15A、POU4F3、TECTA、TMPRSS3、WFS1の11遺伝子)
  • 騒音や外傷、ウイルス感染、薬剤などほかの原因による難聴ではないこと
  • 両耳のうち、聞こえの良い側の耳の聴力が70dB(デシベル)以上の高度難聴であること

70dBの騒音レベルは電話のベル、騒々しい街頭、騒々しい事務所の中ほどと言われており、一般的に高度難聴とは大きい声か補聴器を用いないと会話が聞こえず、聞き取りにも限界がある状態とされます。

発症した患者さんに対しては、聴力に応じて補聴器や人工内耳で聴力を補う対応策が取られます。

若年発症型両側性感音難聴の原因

若年発症型両側性感音難聴の原因は、特定の遺伝子の塩基配列が通常と異なっていることです。遺伝子バリアントが存在すると異常なタンパク質を生成してしまい、結果として内耳の機能異常をきたします。

主な原因遺伝子は概要欄でも紹介した11の遺伝子ですが、このほかにも原因となる遺伝子があると考えられており、現在も研究が進められています。

具体的にどの遺伝子の変異がどのような聴覚の異常に関わっているかは、次の「前兆や初期症状について」の項で詳しく述べていきます。

若年発症型両側性感音難聴の前兆や初期症状について

40歳未満の若年において、一般的には軽度難聴から発症し、その後段々と症状が進行していくという経過をたどります。
どの遺伝子が変異を起こしているかによって、聞こえにくい音の周波数や進行度が異なるほか、めまいや耳鳴りなどの難聴以外の症状を合併することもあります。

現在までに判明している、主な原因遺伝子ごとの難聴タイプや合併症などは以下の通りです。(表は横にスクロールできます)

遺伝子名 遺伝の形式 よく見られる聴力型
(聞こえにくい周波数)
難聴以外に現れる症状
ACTG1 常染色体顕性遺伝 高音急墜型 耳鳴り
CDH23 常染色体潜性遺伝 高音急墜型
高音漸傾型
耳鳴り
COCH 常染色体顕性遺伝 高音漸傾型
水平型
耳鳴り
めまい
KCNQ4 常染色体顕性遺伝 高音急墜型 耳鳴り
TECTA 常染色体顕性遺伝 高音漸傾型
皿型
TMPRSS3 常染色体潜性遺伝 高音急墜型
高音漸傾型
耳鳴り
WFS1 常染色体顕性遺伝 低音障害型 まれに視神経の萎縮や
糖尿病を合併する
EYA4 常染色体顕性遺伝 高音漸傾型
水平型
MYO6 常染色体顕性遺伝 高音漸傾型
水平型
MYO15A 常染色体潜性遺伝 高音漸傾型
POU4F3 常染色体潜性遺伝 高音漸傾型
皿型(若年時)
  • 高音急墜型:2000Hz〜8000Hzの高音にかけて聴き取りが急激に悪くなるタイプ
  • 高音漸傾型:低い音から高音にかけてだんだんと聴き取りが悪くなるタイプ
  • 水平型:低い音から高音まで全体的に聴き取りが悪いタイプ
  • 皿型:500Hz〜2000Hzの中程度の高さの聴き取りが悪いタイプ
  • 低音障害型:125Hz〜500Hzの低い音の聴き取りが悪いタイプ

突発性難聴のように急激に耳が聞こえにくくなるわけではありませんので、初めは症状に気付かない場合があるかも知れません。
耳が聞こえにくい自覚があれば、違和感をそのままにせずに早めに耳鼻科を受診してください。

若年発症型両側性感音難聴の検査・診断

まずは耳鼻科において聴力検査を行います。一般的な聴力検査は、正式名称を「標準純音聴力検査」と言い、機械から出力された音のうち、どれだけ小さな音まで聞き取れるかを調べます。

検査は耳にヘッドホンを当て、鼓膜を通して音を伝える気導聴力検査と、耳の後ろの骨に骨導レシーバーを当てて聞こえを調べる骨導聴力検査の2種類があります。

この2つの検査結果を合わせて、聴力のレベルを確認します。

また、必要に応じて遺伝子検査を行います。若年発症型両側性感音難聴に対する遺伝子検査は保険適用となりますが、施行できる施設は遺伝カウンセリングの体制が整った施設に限られています。検査を希望される際は、かかりつけの耳鼻咽喉科でご相談し、検査を受けることができる施設を受診してください。

若年発症型両側性感音難聴の治療

現時点で若年発症型両側性感音難聴を根本的に改善させる治療法はありません。聴力に応じて補聴器や人工内耳を用いて聞こえを補うことになります。

一般的に若年発症型両側性感音難聴において難聴の進行は徐々に進んでいきますが、個人差もあり、急速に難聴が進行するケースもないわけではありません。その際は突発性難聴のような急性感音難聴と同様に、副腎皮質ステロイドや血管拡張薬、代謝賦活薬、ビタミン製剤などが治療に用いられますが、その効果においては明確ではありません。

また、いくつかの原因遺伝子に対する遺伝子治療への研究も進められていますが、いまだ研究段階であり、治療の有効性や安全性は確立されていないのが現状です。

若年発症型両側性感音難聴になりやすい人・予防の方法

若年発症型両側性感音難聴は遺伝子の変異によって起こることが知られており、したがって原因となる遺伝子に特定の変異が生じている方はそうでない方と比べて発症のリスクは高いと言えます。

遺伝子に関わる疾患のため、親から子に遺伝する可能性もあります。ACTG1、COCH、KCNQ4、TECTA、WFS1、EYA4、MYO6、POU4F3の関与する難聴は、常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式をとる難聴であり、両親のどちらかが難聴である場合、子どもも50%の確率で難聴を発症します。

対してCDH23、TMPRSS3、MYO15Aの関与する難聴は、常染色潜性遺伝(劣性遺伝)形式をとる難聴であり、両親が難聴でなくても、子どもに難聴が発症することがあります。

厚生労働省が2018年に実施した全国疫学調査では、全国における患者さん数は約720名と推計されており、人口10万人当たりの患者さん数は0.57人ほどと考えられており、難聴の原因としては稀であると言えます。

遺伝性疾患のため完全に予防する手段は現時点ではありません。
生活の質を保つためにも、聞こえが悪くなったという自覚が出た時点で、なるべく早く耳鼻科を受診することが大切です。

また、難聴があることで他者とのコミュニケーションに支障が起きることから、ストレスや抑うつ傾向にある方が多く、また中年期に難聴を持つ方においては認知症の発症リスクが高まるという研究結果もあります。

定期的に耳鼻科を受診して難聴の進み具合を確認し、補聴器などの調整を行うことで聞こえの質を保つことが求められます。

関連する病気

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  • 先天性風疹症候群
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