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副咽頭間隙腫瘍
小島 敬史

監修医師
小島 敬史(国立病院機構 栃木医療センター)

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慶應義塾大学医学部卒。医師、医学博士。専門は耳科、聴覚。大学病院および地域の基幹病院で耳鼻咽喉科医として15年以上勤務。2年間米国で基礎研究に従事の経験あり。耳鼻咽喉科一般の臨床に従事し、専門の耳科のみならず広く鼻科、喉頭、および頭頸部腫瘍疾患の診療を行っている。日本耳鼻咽喉科学会専門医、指導医。日本耳科学会、日本聴覚医学会、日本耳鼻咽喉科臨床学会の各種会員。補聴器適合判定医、補聴器相談医。

副咽頭間隙腫瘍の概要

副咽頭間隙腫瘍は、咽頭収縮筋、耳下腺、頭蓋底、翼突筋などに囲まれた逆円錐型の頚部深部の空間である副咽頭間隙に発生する腫瘍の総称です。

この疾患は稀で、頭頸部腫瘍の約0.5%を占めます。腫瘍の種類としては、耳下腺深葉腫瘍、神経原性腫瘍(迷走神経、交感神経、舌下神経由来)、頚動脈小体腫瘍、およびほかの領域から進展した腫瘍などが挙げられます。診断には画像検査が重要で、CTやMRIを用いて腫瘍の位置や周囲組織との関係を評価します。治療の主な方法は手術による腫瘍の摘出であり、腫瘍の性質や進展度に応じて適切なアプローチが選択されます。

副咽頭間隙腫瘍の原因

副咽頭間隙腫瘍は、耳下腺、神経、血管など多様な組織から発生する稀な腫瘍であり、頭頸部腫瘍の約0.5%を占めます。その約90%は良性で、主な原因として以下のものが挙げられます。

耳下腺深葉腫瘍
耳下腺深葉に発生した腫瘍が、副咽頭間隙に進展することがあります。耳下腺深部と副咽頭間隙の間には明確な筋膜が存在しないため、腫瘍が茎突下顎トンネルを介して広がりやすいとされています。耳下腺由来の腫瘍でもっとも多いのは多形腺腫です。

神経原性腫瘍
副咽頭間隙を走行する神経(舌咽神経、迷走神経、副神経、舌下神経、交感神経)から発生する腫瘍で、特に神経鞘腫が多く見られます。中でも、迷走神経由来の神経鞘腫がもっとも頻度が高いとされています。

傍神経節腫
頸動脈小体腫瘍や迷走神経由来の傍神経節腫が、副咽頭間隙に発生することがあります。頸動脈小体腫瘍は、頸動脈分岐部の化学受容体から発生し、増大すると副咽頭間隙に進展します。

その他の腫瘍
頭蓋底から生じる髄膜腫、血管腫、横紋筋肉腫、軟骨肉腫、転移性腫瘍、内頸動脈瘤、類皮嚢腫なども、副咽頭間隙に発生する可能性があります。

先天性疾患
胎生期の鰓裂の遺残による鰓裂嚢胞が原因となる場合があります。

これらの情報から、副咽頭間隙腫瘍は耳下腺、神経、血管、その他の組織に由来するさまざまな腫瘍や、先天性の病変が原因となり得ることがわかります。

副咽頭間隙腫瘍の前兆や初期症状について

副咽頭間隙腫瘍の初期症状は、腫瘍の位置や大きさによって多様です。初期段階では無症状であることが多く、腫瘍が4~5cmに達するまで症状が現れない場合もあります。しかし、腫瘍の増大に伴い、以下のような症状が現れることがあります。

咽頭違和感
のどの異物感や違和感を覚えることがあります。
嚥下障害
飲み込みにくさや嚥下時の痛みが生じることがあります。
耳下部や頸部の腫脹
耳の下や首の腫れとして認識されることがあります。
耳閉感や耳痛
耳の詰まった感じや痛みを感じることがあります。
鼻閉
鼻づまりが生じることがあります。
嗄声
声のかすれや変化が見られることがあります。
頭痛や後頭部痛
頭部や後頭部の痛みを訴えることがあります。

これらの症状は、副咽頭間隙腫瘍に特有のものではなく、ほかの疾患でも見られる可能性があります。そのため、正確な診断のためには、画像検査などの詳細な検査が必要です。気になる症状があるときは耳鼻咽喉科を受診しましょう。

副咽頭間隙腫瘍の検査・診断

副咽頭間隙腫瘍の診断には、画像検査を中心とした詳細な評価が重要です。以下に、主な検査方法についてまとめます。

画像診断

CT検査

副咽頭の脂肪織を明瞭な低吸収域として描出し、腫瘍の位置や周囲組織との関係を評価するのに有用です。造影CTでは血流の豊富な組織が明瞭となるため、腫瘍と血管の位置関係を把握しやすくなります。

MRI検査(ガドリニウム造影を含む)

副咽頭の脂肪と腫瘍の関係、頸動脈鞘との関係、周囲構造との関係を最も詳細に把握できます。
T1強調画像では、脂肪織が高信号を示し、脂肪と腫瘍の位置関係を明確にします。
T2強調画像では、脂肪織と腫瘍の信号が近く、境界がやや不鮮明になることがありますが、筋組織との境界は捉えやすくなります。

その他の検査

穿刺吸引細胞診

術前診断として行われることがありますが、血管や神経が密集する部位であるため、盲目的な穿刺は危険であり、施行が困難な場合もあります。特に多形腺腫や悪性腫瘍の場合、播種のリスクがあるため慎重に判断する必要があります。

内視鏡検査

鼻咽喉内視鏡を用いて腫瘍の位置や広がりを確認します。

嚥下造影検査

術後の嚥下機能を評価する目的で行われます。

疾患鑑別のポイント

耳下腺深葉腫瘍

多くは茎突前隙に位置し、脂肪組織が腫瘍によって内側に圧排されるため、三日月状変形(crescent deformity)が認められます。

神経原性腫瘍(神経鞘腫など)

神経の走行に沿った紡錘形を示し、境界が明瞭で、表面が滑らかな腫瘤として描出されます。

傍神経節腫(頸動脈小体腫瘍、迷走神経由来腫瘍など)

多血性腫瘍であり、造影CTやMRIの造影検査で強い造影効果を示します。
MRI T1強調画像では等信号、T2強調画像では高信号を示し、腫瘍内部に血管の流れが途絶えるflow voidを認めることがあります。
これにより、salt and pepper appearance(塩と胡椒のような外観)を呈するのが特徴です。

副咽頭間隙腫瘍の治療

副咽頭間隙腫瘍の治療は、主に手術による腫瘍摘出が中心となります。術前診断が難しいことから、良性・悪性の判断のためにも手術が必要となる場合が多いです。手術方法は、腫瘍の性質や位置、大きさによって選択されます。以下に主な手術アプローチとその特徴をまとめます。

手術アプローチ

経頸部法

首の皮膚を切開し、胸鎖乳突筋の前方から副咽頭間隙にアクセスする方法です。腫瘍の大きさや性質に応じて、超音波吸引装置を用いて腫瘍を縮小し、周囲の神経や血管を損傷しないように摘出します。

開頭法

頭蓋骨を一部取り外して腫瘍にアクセスする方法で、腫瘍が頭蓋底に近い場合や大きい場合に適用されます。顕微鏡を使用して腫瘍と正常組織を慎重に分離し、摘出します。

経口法

口腔内からアプローチする方法で、腫瘍が小さく、口腔内からのアクセスが可能な場合に適用されます。近年では、内視鏡を併用した経口的手術や、ロボット支援手術(TORS: Transoral Robotic Surgery)も報告されています。

下顎骨離断法

下顎骨を一時的に切断して腫瘍にアクセスする方法で、腫瘍が大きく、ほかのアプローチでは十分な視野が確保できない場合に選択されます。この方法には、正中離断法と側方離断法があります。

手術の選択

手術方法の選択は、腫瘍の位置、サイズ、性質、患者さんの全身状態などを総合的に考慮して決定されます。例えば、耳下腺由来の良性腫瘍の場合、手術が推奨されますが、神経原性腫瘍の場合は、由来神経を特定し、手術の適応を慎重に判断します。嚢胞性疾患では、手術以外の治療法が選択されることもあります。

術後の合併症

手術後の合併症として、以下の点に注意が必要です。

神経麻痺

副咽頭間隙には多くの重要な神経が走行しており、手術中にこれらの神経が損傷されると、顔面麻痺、声のかすれ、や嚥下障害などの症状が現れる可能性があります。

出血

手術中や術後に出血が起こるリスクがあります。

ファーストバイト症候群

手術後、最初の一口目の食事時に耳下部に痛みを感じる症状で、手術してから数ヶ月後に発症することもあります。

副咽頭間隙腫瘍になりやすい人・予防の方法

副咽頭間隙腫瘍は、頭頸部腫瘍の中でも約0.5%と稀な疾患であり、特定のリスク要因や予防法はないと言われています。

関連する病気

参考文献

  • 辻 裕之・他:副咽頭間隙腫瘍の検討.耳鼻臨床 99:481—490,2006
  • 岡本伊作・他:副咽頭間隙腫瘍 76 例の発生部位と病理組織の検討.日耳鼻 116:27—30,2013
  • 馬場 亮・他:読影レポート Lesson―頭頸部編.側 頸部囊胞性病変.画像診断 42:312‒315,2022
  • 佐伯暢生・他:成人に発症した頸部リンパ管腫の 2 症例.頭頸部外 19:205‒211,2010
  • 尾尻博也:リンパ管腫の画像所見と臨床.耳展 50: 115‒117,2007

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