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肺胞蛋白症
居倉 宏樹

監修医師
居倉 宏樹(医師)

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浜松医科大学卒業。初期研修を終了後に呼吸器内科を専攻し関東の急性期病院で臨床経験を積み上げる。現在は地域の2次救急指定総合病院で呼吸器専門医、総合内科専門医・指導医として勤務。感染症や気管支喘息、COPD、睡眠時無呼吸症候群をはじめとする呼吸器疾患全般を専門としながら一般内科疾患の診療に取り組み、正しい医療に関する発信にも力を入れる。診療科目
は呼吸器内科、アレルギー、感染症、一般内科。日本呼吸器学会 呼吸器専門医、日本内科学会認定内科医、日本内科学会 総合内科専門医・指導医、肺がんCT検診認定医師。

肺胞蛋白症の概要

肺胞蛋白症(PAP)は、肺胞内にサーファクタント(肺の表面を保護する物質)が異常に蓄積する疾患です。原因は主に3つのタイプに分類され、それぞれ特徴が異なります。

肺胞蛋白症の原因

1. 自己免疫性肺胞蛋白症(APAP)

特徴
PAPの中で最も一般的なタイプで、全体の約90~95%を占めます。

原因
顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)という物質に対する自己抗体が関与しています。この抗体がGM-CSFの働きを妨げ、肺胞内のサーファクタントを処理する「肺胞マクロファージ」が正常に働けなくなります。

2. 続発性肺胞蛋白症(sPAP)

特徴
ほかの病気や要因に関連して発症するタイプで、PAP全体の約8%を占めます。

原因
主な基礎疾患としては、血液の病気(特に骨髄異形成症候群)との関連がよく知られています。その他、以下のような疾患や要因が関係します。

  • 悪性腫瘍(がん)
  • 免疫不全
  • 粉塵の吸入(特にインジウムやスズ酸化物)
  • 感染症
  • 特定の薬剤使用後(免疫抑制剤など)

治療のポイント
基礎疾患の治療によってPAPが改善する場合があります。

3. 先天性肺胞蛋白症(遺伝性PAP)

特徴
稀なタイプで、全体の2%以下を占めます。

原因
遺伝子の異常によるもので、以下の遺伝子が関係することがあります。

  • サーファクタントタンパク質(SP-B、SP-C)
  • ATP結合カセットトランスポーター(ABCA3)
  • GM-CSF受容体の遺伝子(α鎖またはβ鎖)の変異

遺伝性のため、幼少期に発症することが多いですが、成人発症の例も報告されています。

肺胞蛋白症の前兆や初期症状について

肺胞蛋白症(PAP)は、肺胞内に物質が異常に蓄積することで引き起こされる病気です。その初期症状や前兆は多様で、気づきにくいことがあります。

初期症状と前兆

無症状の場合もある
全体の約30%の患者さんでは、初期には症状がほとんどありません。そのため、健康診断の胸部X線検査で偶然見つかることもあります。

最も多い症状
労作時呼吸困難
約40%の患者さんが運動や身体活動時に息切れを感じる「労作時呼吸困難」を訴えます。

その他の症状

  • :乾いた咳が続くことが多いですが、痰が少し出ることもあります。
  • 痰:量は少なめです。
  • 発熱や体重減少:稀に見られることがあります。
  • ばち指(指先の変形):通常は見られません。

主な症状の組み合わせ(統計的な割合)

  • 労作時呼吸困難のみ:39%
  • 呼吸困難と咳の組み合わせ:10.8%
  • 咳のみ:9.9%

気になる症状が現れた際は呼吸器内科を受診しましょう。

肺胞蛋白症の検査・診断

肺胞蛋白症(PAP)は、肺胞内に物質が異常に蓄積する疾患です。その診断は、症状、画像検査、病理検査、血清マーカー、自己抗体検査など、複数の情報を組み合わせて行います。

1. 臨床症状

無症状の場合もある
約30%の患者さんは無症状です。

2. 画像検査

胸部X線検査

両側対称性に中下肺野にぼんやりした陰影(間質性陰影)が見られる場合があります。

高分解能CT(HRCT)

PAP診断において重要な検査です。特徴的な所見として、以下が挙げられます。

  • すりガラス様陰影(薄いもやがかかったような陰影)
  • 小葉間隔壁の肥厚が地図状に分布(Crazy-paving pattern)

その他の特徴:

  • 肺の硬化(consolidation)
  • 胸膜直下の陰影が避けられること

3. 病理検査

気管支肺胞洗浄(BAL)

回収液が白濁し、放置すると沈殿します。
顕微鏡で観察すると:
PAS染色陽性(特定の染色法で反応)を示す細顆粒状の物質
泡沫状のマクロファージが確認されます。

肺生検(経気管支肺生検や外科的肺生検)

肺胞内にPAS染色陽性の細顆粒状物質が充満している所見が特徴です。

4. 血清マーカー

KL-6、SP-D、SP-A、LDH、CEA、CYFRAといったマーカーが上昇することがあります。これらのマーカーは疾患の重症度を反映する場合がありますが、PAPに特異的な血清マーカーではなく直接的な診断には使われません。

5. 自己抗体検査

自己免疫性PAP(APAP)の診断には、抗GM-CSF抗体の測定を行います。この抗体は、APAP患者さんの血液中に特異的に見られます。
1.7U/mL以上で陽性と判断されます。

PAPの分類

  • 自己免疫性PAP(APAP):抗GM-CSF抗体陽性
  • 続発性PAP(sPAP):基礎疾患(血液疾患、粉塵曝露など)に関連
  • 先天性PAP:遺伝子異常(サーファクタントタンパク質やGM-CSF受容体の遺伝子変異)

診断基準

PAPの診断には、以下の要件を満たす必要があります。

  • 画像所見
    胸部CT(特に高分解能CT)でPAPを支持する所見がある。
  • 病理・組織学的所見
    ・BAL液で特有の物質が確認される。
    ・肺生検でPAPの特徴が認められる。

肺胞蛋白症の治療

肺胞蛋白症(PAP)は、患者さんの症状や病状の重症度に応じて治療法が選択されます。一部の患者さんでは自然に改善することもありますが、呼吸不全や症状が進行する場合には積極的な治療が必要です。以下に主な治療法をご紹介します。

1. 全肺洗浄(Whole Lung Lavage: WLL)

全肺洗浄とは
肺に蓄積した物質を洗い流す治療法で、PAPの標準的な治療法です。特に呼吸不全のある患者さんに推奨されます。

目的
肺胞内の異常な蓄積物を物理的に除去し、呼吸機能を改善します。

方法
全身麻酔下で、片肺ずつ洗浄します。洗浄液を注入して回収する操作を繰り返し、液が透明になるまで行います。洗浄間隔は通常1-2週間程度で行われます。
注意点
専門的な技術を要し、医療チームの協力が必要です。

2. GM-CSF(顆粒球マクロファージコロニー刺激因子)療法

GM-CSF療法とは
肺胞マクロファージの働きを回復させる治療法で、自己免疫性PAPに効果が期待されます。

方法
吸入療法が主流で、GM-CSFを直接肺に届けます。自宅で使用できる吸入製剤が利用されることもあり、適切な吸入方法を学ぶ必要があります。

効果
呼吸困難の改善や画像所見の改善が報告されています。血液中の酸素濃度や血清マーカーの改善も見られる場合があります。

課題
現在、日本ではGM-CSF吸入製剤は承認されておらず、治験や臨床研究でのみ使用可能です。

3. 難治例に対する治療

全肺洗浄やGM-CSF療法で効果が得られない場合には、以下の治療が検討されます。

リツキシマブ
B細胞を抑制する薬剤で、抗体産生を抑えることが期待されます。

酸素療法
酸素濃度が低い場合には、酸素を補充します。

肺移植
日本ではこれまでに数例の肺移植を行った報告があります。しかし、一般的には肺移植の適応にはなりにくいです。

4. 対症療法

去痰薬酸素療法など、症状を和らげる治療が行われます。

肺胞蛋白症になりやすい人・予防の方法

肺胞蛋白症(PAP)になりやすい人

自己免疫性PAP(APAP)

  • 喫煙歴がある50~60代の男性に多い。
  • 自己免疫疾患や塵埃曝露歴がある場合もリスクが高い。

続発性PAP(sPAP)
骨髄異形成症候群や悪性腫瘍、粉塵曝露などの基礎疾患を持つ人。

先天性PAP
遺伝子異常が原因。家族歴がある場合は注意。

PAPの予防法

禁煙
喫煙はAPAPのリスクを高めるため、禁煙を心がける。
職業性曝露の管理
インジウムなど有害物質への曝露を防ぐ。
基礎疾患の治療
血液疾患や免疫不全の適切な治療を行う。
定期的な健康チェック
早期発見と適切な治療が重要。
家族歴のある場合の相談
遺伝性の可能性を専門医と確認。

関連する病気

  • 自己免疫性肺胞蛋白症
  • 先天性肺胞蛋白症
  • 続発性肺胞蛋白症

参考文献

  • 肺胞蛋白症の難治化要因の解明,診断,治療,管理の標準化と指 針の確立研究班:肺胞蛋白症の診断,治療,管理の指針(井上義 一,中田 光監修),2012
  • 日本呼吸器学会肺胞蛋白症診療ガイドライン作成委員会編, 肺胞蛋白症診療ガイドライン 2022

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