監修医師:
渡邊 雄介(医師)
所属
国際医療福祉大学 教授
山王メディカルセンター副院長
東京ボイスセンターセンター長
目次 -INDEX-
機能性難聴の概要
機能性難聴とは、耳には難聴を来すような明確な原因がないものの、聞こえにくさなどを自覚する状態のことです。
聴力は、非常に複雑な工程で成り立っています。耳は音を鼓膜に伝える「外耳」と音を増幅させる「中耳」、音の振動を電気信号に変える「内耳」の大きく3つの部位で構成されています。内耳まで届いた音はさらに奥の「蝸牛神経」がキャッチして大脳に伝えることではじめて音を聞くことができます。
通常、耳のいずれかの組織が障害されると、難聴を発症することがあります。難聴には、外耳や中耳に原因がある「伝音性難聴」、内耳や蝸牛神経、脳に原因がある「感音性難聴」、伝音性難聴と感音性難聴を合併する「混合性難聴」があります。
しかし、機能性難聴の患者では、聴力の低下を自覚して検査を受けても、外耳や中耳などの組織に異常が見当たらないことが特徴です。また、聞こえにくさなどの自覚症状を伴わず、聴力検査で異常を指摘されるケースもあります。
発症の背景にはストレスなどの精神的な側面が影響していることが多いため「心因性難聴」と診断されるケースもあります。また、けがや「中耳炎」を機に発症することもあります。
機能性難聴は8〜10歳前後の学童期に多く、男児より女児に好発する傾向にあります。また、成人でも若年の女性に多くみられます。
ほとんどの場合、聞こえにくさは両耳に認めますが、中には突然片耳が聞こえなくなるといったケースもあります。そのような場合は、似た症状を示す「突発性難聴」との鑑別のために、丁寧な問診を含む精密検査の実施が必要です。
機能性難聴は耳に器質的な異常を認めないため、多くの場合特別な治療を行う必要はありません。ストレスをコントロールするなどして適切に対処すれば、約半数の患者さんが6ヶ月以内に改善すると言われています。
出典:一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「機能性難聴」
機能性難聴の原因
機能性難聴の原因には、ストレスなどの精神的な側面が関与していると考えられています。子どもの場合、学校での勉強や友人関係、転校、いじめなどの問題や、家庭内での親子・兄弟関係、両親の離婚などのストレス要因が影響して発症することがあります。
発症には複数のストレス要因や本人の性格なども関係することから、明確な原因を特定できない場合もあります。
また、耳元で大きな音にさらされたり、中耳炎や耳のけがを発症したりすることが原因になることもあります。このほか、「注意欠陥・多動障害」や「自閉症スペクトラム」などの発達障害が関与することも考えられます。
最近では、聴力に問題はないものの、雑音などの環境下で聞こえに支障を来す「聴覚情報処理障害」という疾患との関連性も示唆されています。
機能性難聴の前兆や初期症状について
一般的に、両耳の聞こえにくさを自覚します。しかし、中には自覚症状がなく、学校の健診等で指摘されて発見されるケースもあります。
また、耳元で大きな音にさらされた場合や、中耳炎、耳のけがなどがきっかけとして発症する場合には、突然片耳が聞こえなくなるケースもあります。
このほか、機能性難聴では、聴力検査では異常を指摘されたにも関わらず、日常的な会話は問題なくできることも特徴です。
機能性難聴の検査・診断
聴力検査で異常があるにも関わらず普段の会話に問題がない場合などには、機能性難聴を疑い精密検査が行われます。また、問診でストレスに関する質問をしたり、必要に応じて発達検査を行なったりすることもあります。
精密検査では、「純音聴力検査」「語音聴力検査」「耳音響放射検査」「脳性脳幹反応検査」「聴性定常反応検査」などが行われます。
純音聴力検査
純音聴力検査は健診などで一般的に行われる聴力検査で、ヘッドホンから音が聞こえたら手元のボタンを押して知らせます。異なる高さの音を患者に聞かせ、その中で聞こえる最も小さな音を調べます。
語音聴力検査
語音聴力検査は、言葉をどの程度明確に聞き取れるかを調べる検査です。難聴の原因を特定したり、治療法を検討したりするために行われます。
耳音響放射検査
耳音響放射検査は、耳の聞こえに関わる細胞(内耳感覚細胞)の異常の有無を調べる検査です。イヤホンを耳に入れ、音を聞くだけで内耳感覚細胞の反応を確認することができます。
脳性脳幹反応検査
聴性脳幹反応検査は、電気信号に変換された音が脳に伝えられるまでの経路(聴覚伝導路)の機能を調べる検査です。ベッドに横になった状態で額に電極をつけ、ヘッドホンを装着して検査を受けます。
聴性定常反応
聴性定常反応検査は、聴性脳幹反応検査で調べた部位よりさらに奥の聴覚伝導路の異常の有無を調べる検査です。
検査方法は聴性脳幹反応検査とほぼ同じですが、どちらの検査も体が動くと正しく検査できないため、小さな子どもの場合には鎮静薬を用いて、眠っている間に検査を行うこともあります。
機能性難聴の治療
機能性難聴では耳に器質的な異常を認めないため、投薬などの特別な治療を行う必要はありません。ただし、ストレスなどの要因がはっきりしている場合は、その背景にある要因を取り除くことが重要です。
一般的には、ストレスを軽減できるようアドバイスなどが行われたり、必要に応じて心療内科への受診が勧められたりする場合もあります。
子どもにおいて、ストレスのコントロールが難しい場合などは、小児神経科や児童精神科等の専門科でカウンセリングを行うこともあります。また、必要に応じて、学校と医療機関とが連携しながら問題解決のための取り組みを行います。
機能性難聴になりやすい人・予防の方法
強いストレスを抱えている人は機能性難聴になるリスクが高いと言えるでしょう。小児での発症が多いと言われていますが、成人でも発症することがあります。
機能性難聴の予防のためにも、日常生活で適切にストレス管理をすることが重要です
ストレス要因が明らかな場合はできるだけその要因を排除すること、そしてしっかりと休息をとり、趣味や運動などリラックスできる時間を作るようにしましょう。
子どもの場合は、抱えているストレスをうまく言葉にすることが難しい場合もあるので、保護者が子どもの異変に気付き、早めに対処することが求められます。
保護者は、子どもがストレスを言葉に出したり行動で表したりできるよう、ゆっくり話を聞いたり見守ったりすると良いでしょう。子どもが悩みや不安を口にした際には、否定せず傾聴するようにしましょう。
参考文献