

監修医師:
高宮 新之介(医師)
目次 -INDEX-
悪性中皮腫の概要
悪性中皮腫は、胸膜や腹膜、心膜、精巣鞘膜などを覆う中皮細胞から発生する悪性の腫瘍を総称したものを指します。
中皮とは、胸腔内の肺や心臓を覆う胸膜、腹腔内の臓器を覆う腹膜、心臓を包む心膜、精巣を包む精巣鞘膜などを構成する上皮性の膜の表面を形成している細胞のことです。悪性中皮腫は、発生部位ごとに悪性胸膜中皮腫、悪性腹膜中皮腫、悪性心膜中皮腫、悪性精巣鞘膜中皮腫と分類され、それぞれ発生頻度や症状、治療法に特色があります。
なかでも悪性胸膜中皮腫が全体の約80%前後を占め、腹膜への発生は約10~15%、心膜や精巣鞘膜は1%前後とされています。特にアスベスト(石綿)曝露との関連が指摘されており、過去にアスベストを使用した建築資材の生産や解体作業などに携わった人で数十年後に発症するケースが知られています。また、アスベスト使用環境の近隣で暮らしたことによる間接的な曝露も問題です。悪性中皮腫は初期段階では特有の症状が出にくく、発見が難しいとされますが、近年は診断・治療技術の向上や新たな治療薬の登場により治療成績改善への期待が高まっています。
悪性中皮腫の原因
悪性中皮腫の主な原因として、アスベスト曝露が広く認められています。アスベストは微細な繊維状の鉱物で、耐熱性・耐久性・断熱性などに優れているため、過去に建築資材や工業製品、船舶などで大量に使用されてきました。アスベスト粉塵を長期間にわたり吸入することで、肺や胸膜、腹膜に微小な繊維が蓄積し、細胞障害と長い潜伏期間(約30~40年)を経た後、悪性中皮腫発症につながるといわれています。
アスベスト曝露があったすべての人が発症するわけではありませんが、過去にアスベストが用いられた現場で働いていた人、またはその衣類から間接曝露した家族、あるいはアスベスト工場付近の居住者などは、アスベスト関連疾患に注意が必要になります。近年は規制強化により国内での新規アスベスト使用は禁止されていますが、既存の建築物解体などで再度曝露の可能性が残っていることも課題となっています。
悪性中皮腫の前兆や初期症状について
悪性中皮腫は発生部位により症状が異なりますが、初期にははっきりした症状が出ないことが多いです。そのため、がんがある程度進行した段階で発見されることが少なくないです。
悪性胸膜中皮腫の場合、腫瘍の発育や胸水の貯留によって胸や背中の痛み、息切れ、呼吸困難、咳などが見られる傾向にあります。一方で悪性腹膜中皮腫では、腹部膨満感、腹水貯留によるおなかの張り、食欲不振、腹痛などが生じやすいです。悪性心膜中皮腫では心嚢液貯留による息切れや動悸、悪性精巣鞘膜中皮腫では精巣の腫脹や圧痛といった症状が現れる場合があります。
いずれもほかの疾患と類似の症状であるため、自己判断は難しいです。呼吸器症状があれば呼吸器内科や呼吸器外科、腹部症状があれば消化器内科、心臓周囲であれば循環器内科、精巣に異常があれば泌尿器科といった専門診療科を受診することが望ましいです。
特にアスベスト曝露歴がある場合、症状が軽微でも医師に相談することで早期発見につながる可能性があります。
悪性中皮腫の検査・診断
悪性中皮腫を疑う場合、まず画像検査を用いて異常所見を確認することが多いです。胸膜病変が疑われる場合は胸部X線やCT検査、腹膜病変が疑われる場合は腹部CT、心膜であれば心エコー検査や心臓MRI、精巣鞘膜であれば超音波検査などを行い、病変部位や胸水・腹水の貯留、膜の肥厚、腫瘤の有無を調べます。
画像検査のみで確定診断が難しいため、実際には生検(組織採取)が必要となります。胸膜中皮腫であれば胸腔鏡や開胸下での生検、腹膜中皮腫であれば腹腔鏡や開腹での生検を行います。心膜中皮腫や精巣鞘膜中皮腫でも、可能な限り直接的な組織採取が求められます。採取した組織を病理専門医が顕微鏡で観察し、中皮腫特有の所見を確認します。組織像に基づき、上皮型・肉腫型・二相型などの組織型判定が行われ、これは治療方針や予後予測に関わる重要な指標となります。
ほかのがんや良性疾患との鑑別には、免疫組織化学染色など特殊な検査も用いられることがあります。血液マーカー(ヒアルロン酸など)が参考になる場合もありますが、確定的な診断には至らないことが多いため、やはり信頼性の高い確定診断には組織生検が不可欠です。
悪性中皮腫の治療
悪性中皮腫の治療は発生部位、病期、患者さんの全身状態、組織型など多くの要因を考慮して決定されます。代表的な治療法には外科療法、化学療法、放射線療法があり、加えて症状を和らげる緩和ケアも重要視されます。
外科療法
病変が限局しており、全身状態が良好で、すべての病変を切除可能と判断できる場合には手術が検討されます。悪性胸膜中皮腫では肺や胸膜を含めた拡大切除、腹膜中皮腫では腫瘍減量手術と腹腔内化学療法を組み合わせる方法など、病変部位に応じた手術が試みられます。しかし、手術単独で根治を目指すことは難しく、術後に化学療法や放射線療法を併用する集学的治療が重要です。
化学療法
悪性中皮腫の標準的な薬物療法として、ペメトレキセドとシスプラチンの併用が広く用いられます。この併用療法は一部の症例で腫瘍縮小や生存期間延長に寄与すると報告されています。さらに、近年は免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブやイピリムマブなど)の登場により、従来の抗がん剤で効果が限られた症例にも新たな可能性が開かれています。
放射線療法
放射線療法は広範囲にわたる中皮腫病変を根治するのは困難ですが、痛みや呼吸困難などの症状緩和目的に利用されることがあります。また、骨や脳など、特定部位に転移した場合の局所症状緩和にも役立ちます。
緩和ケア
悪性中皮腫は呼吸苦や胸痛、腹部膨満など生活の質を損なう症状が出やすいため、緩和ケアを早期から導入することが推奨されます。胸水・腹水のドレナージや癒着術、疼痛管理などが行われ、患者さんが少しでも楽に過ごせるようなサポートが提供されます。
悪性中皮腫になりやすい人・予防の方法
アスベスト曝露歴がある人は、悪性中皮腫発症リスクが高いと考えられます。そのため、過去にアスベストを使用した建物で働いていた、造船業や建設業に従事していた、あるいはその周辺地域で暮らしたことがある人は、定期的な健康診断を受け、異常がないか注意深く観察することが重要です。潜伏期間が長いため、退職後何十年経過してから発症するケースもあります。
予防にはアスベスト曝露を避けることが肝心であり、アスベストを含む建材の解体や処分は専門業者が安全基準に従って行うことが必要です。個人では防護具の適切な使用や、法令に定められた安全対策を講じることでリスク低減が可能になります。環境中のアスベスト濃度を抑え、将来的な発症予防に取り組むことが社会的な課題となっているともいえます。
関連する病気
- アスベスト曝露
- 肺がん(特に扁平上皮がん)
参考文献




