監修医師:
渡邊 雄介(医師)
所属
国際医療福祉大学 教授
山王メディカルセンター副院長
東京ボイスセンターセンター長
上顎洞がんの概要
上顎洞がんは、副鼻腔の一部である上顎洞に発生するがんです。
副鼻腔とは顔の骨の中にある4箇所の空洞のことで、そのうち上顎洞は上顎と鼻、頬に囲まれた場所にあります。
上顎洞がんは比較的珍しいがんであり、1年間に約1200人が副鼻腔のがんと診断されており、副鼻腔がんの約60%が上顎洞がんであると報告されています。
(出典:国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」)
女性に比べて男性で2倍以上多く、60-80代に多いことも上顎洞がんの特徴です。
上顎洞がんは慢性副鼻腔炎により発症のリスクが高まるといわれています。なお近年、慢性副鼻腔炎の患者数の減少にともない上顎洞がんの患者数は減少傾向にあります。
上顎洞がんの主な症状は鼻づまりや鼻血などがあります。
これらの症状は副鼻腔炎などほかの疾患と症状が類似していることも多く、早期発見が難しいことが特徴です。
頬や歯茎の痛み、眼球の突出などの症状を自覚したときには、すでにがんが大きくなって他の臓器やリンパ節に転移している場合もあります。
上顎洞がんの治療法は、手術や化学療法、放射線治療などがあります。
上顎洞の周辺には眼球などの重要な神経が張り巡らされており、手術で広範囲の切除が難しいケースも多いため、これら3つの治療法を組み合わせた治療を選択することが一般的です。
上顎洞がんの原因
上顎洞がんの発生は副鼻腔の粘膜の炎症と関連性があると考えられています。
とくに慢性的な炎症を引き起こす慢性副鼻腔炎は、上顎洞がんを引き起こすリスクを高めると言われており、慢性副鼻腔炎患者の1~2%は上顎洞がんに移行する可能性があるといわれています。
また木材を加工する際に発生する粉じんと上顎洞がんの関連性も指摘されており、長期的に木材の粉じんにさらされる大工や木工作業者では、上顎洞がんを発症するリスクが高まる可能性があります。
上顎洞がんの前兆や初期症状について
上顎洞がんは自覚症状が現れにくいがんです。
初期段階では鼻づまりや鼻血などの症状がみられることがありますが、副鼻腔炎の症状と類似しているため、上顎洞がんとわかりにくいことがあります。
副鼻腔炎の症状は両側性であることが多いため、片鼻の鼻づまりや鼻血などの症状が数週間にわたって続く場合は上顎洞がんが原因である可能性があります。
進行した上顎洞がんは、上顎洞の骨を破壊して、周辺の正常な組織に広がっていきます。
がんが口側に広がると頬や歯茎の腫れや痛み、歯のぐらつきなど、上顎洞の後ろ側にある咀嚼(そしゃく)筋にがんが広がると、口が開きにくいなどの症状が現れる場合もあります。
頭側にがんが広がると目や脳に影響を与え、複視(ものが重なって見える)や眼球の突出、頭痛などの原因となる場合もあります。
このような進行した上顎洞がんでみられる症状が現れた場合は、手術による治療が難しいことも少なくありません。
鼻づまりや鼻血などの症状が改善しない場合は、早めに耳鼻咽喉科を受診することをおすすめします。
上顎洞がんの検査・診断
上顎洞がんは触診や内視鏡検査、画像検査、病理検査などの検査の結果をもとに診断が行われます。
触診では腫れている部位がないか首を触って確認し、リンパ節の状態を確認します。
また上顎洞の内部を観察するために、鼻から内視鏡を挿入して上顎洞を観察し、病変の有無を確認します。
病変ががんの可能性がある場合は、病変の組織を採取して病理検査を行います。
病理検査により病変が上顎洞がんであることを確認し、確定診断となります。
歯や歯茎に痛みや腫れなどの症状が現れている場合は、口の中にがんが広がっている可能性があるため、口内を診察することがあります。
がんの大きさや他の周辺臓器への広がり、リンパ節や遠く離れた臓器の転移の有無を確認するために、必要に応じてMRI検査やCT検査、PET検査などの画像検査が行われることもあります。
上顎洞がんの治療
上顎洞がんの治療法は、外科治療や放射線治療、化学療法、光免疫療法などがあり、がんの進行度や年齢、健康状態などを考慮して検討します。
上顎洞がんは早期発見が難しく、発見されたときには、すでにほかの周辺臓器まで広がっている可能性があります。
神経や筋肉、眼球などに広がっている場合は、手術で傷つけるリスクがあるため、外科治療や放射線治療、化学療法を組み合わせた治療が行われます。
手術が可能な場合は外科治療が選択されますが、外科手術が難しい場合には放射線治療が行われます。
放射線治療は外科手術の後に行うこともあれば、化学療法と併用したりすることもあります。
化学療法や放射線治療で治療効果がみられた場合は、追加で手術を行うこともあります。
化学療法では抗がん剤や分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などが用いられます。
超選択的動注化学療法という抗がん剤治療では、体内に挿入したカテーテルを上顎洞がんの栄養血管に進め、動脈から大量の抗がん剤をがんに注入します。
光免疫療法は、2021年に保険適用になった新しい治療法です。
がんに蓄積し特定の光で活性化する特殊な薬剤を投与し、がんの部位に光を当てて薬剤の活性化を促すことでがんを攻撃します。
上顎洞がんの光免疫療法は、がんの切除が難しく転移をきたしていない場合や転移のない再発した場合が適応となります。
手術が可能なケースや放射線治療などの治療が行われていないケースは、光免疫療法の対象にならないことがあるため注意が必要です。
また光免疫療法はすべての医療機関で治療できるわけではありません。
治療を提供できる医療機関が限られているため、光免疫療法を受けたい場合は主治医に相談しましょう。
上顎洞がんになりやすい人・予防の方法
上顎洞がんは60-80代で発症しやすく、女性よりも男性に多い傾向があります。
上顎洞がんは副鼻腔の粘膜の炎症と関連性があると考えられており、慢性的な炎症を引き起こす慢性副鼻腔炎や喫煙の習慣は、上顎洞がんを引き起こすリスクを高めることが明らかになっています。
根気強く慢性副鼻腔炎の治療に取り組み、日常的に喫煙の習慣がある人は禁煙を心がけることが予防に効果的です。
参考文献
- 国立がん研究センターがん情報サービス 「がん統計」(全国がん登録)全国がん罹患データ(2016年~2020年)
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「鼻副鼻腔腫瘍の診断と病理 3.病理」
- 久留米大学病院 「頭頚部がん 鼻、副鼻腔がん」
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 上顎がん
- 耳鼻咽喉科臨床学会「上顎癌と慢性副鼻腔炎との相関 推計学的考察」
- 厚生労働省「木材粉じんによるがん」
- 日本耳鼻咽喉科頭頚部外科学会「鼻副鼻腔 Ⅰ.診断」
- 日本癌治療学会 がん診療ガイドライン Ⅱ 診断
- 日本頭頸部癌学会 Ⅶ. 化学療法(抗がん剤治療)
- 国立がん研究センター東病院 光免疫療法
- 国立がん研究センター「がん光免疫療法全般に関するQ&A」