急性呼吸窮迫症候群
居倉 宏樹

監修医師
居倉 宏樹(医師)

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浜松医科大学卒業。初期研修を終了後に呼吸器内科を専攻し関東の急性期病院で臨床経験を積み上げる。現在は地域の2次救急指定総合病院で呼吸器専門医、総合内科専門医・指導医として勤務。感染症や気管支喘息、COPD、睡眠時無呼吸症候群をはじめとする呼吸器疾患全般を専門としながら一般内科疾患の診療に取り組み、正しい医療に関する発信にも力を入れる。診療科目
は呼吸器内科、アレルギー、感染症、一般内科。日本呼吸器学会 呼吸器専門医、日本内科学会認定内科医、日本内科学会 総合内科専門医・指導医、肺がんCT検診認定医師。

急性呼吸窮迫症候群の概要

急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory dis- tress syndrome:ARDS)は、敗血症、肺炎、外傷、熱傷など、さまざまな重症疾患を背景に発症する、肺胞領域の非特異的炎症に伴う肺毛細血管内皮の透過性亢進を特徴とする非心原性肺水腫です。ARDSは特定の疾患名ではなく、これらの病態の総称です。

急性呼吸窮迫症候群の原因

急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の原因には、直接損傷間接損傷の2種類があります。

直接損傷

直接損傷は、肺炎、胃内容物の誤嚥、溺水など、肺に直接的な負担がかかる病態を指します。これらの損傷では、まず肺胞上皮に異常が生じ、気腔内への滲出が強くなる傾向があります。画像では、左右非対称になることもあり、荷重部以外にも浸潤影が分泌することが多いです。

間接損傷

間接損傷は、敗血症、膵炎、外傷など、呼吸器系に直接関わらない病態によって引き起こされます。この場合、敗血症や外傷により産生されるサイトカインなどの炎症性メディエーターが原因となり、微小血管内皮に傷害が生じ、肺うっ血や間質性肺水腫が発生します。間接損傷では、気腔内の滲出は比較的軽度です。画像所見では、左右対称に荷重部に浸潤影がみられ、腹側には正常に見える領域も認めます。仰臥位で撮影されたCTでは、背側から「濃厚な浸潤影→すりガラス影→ほぼ正常」の順に分布します。

バイオマーカーの違い

直接損傷と間接損傷では、バイオマーカーのパターンも異なります。例えば、肺上皮傷害の指標である(サーファクタント蛋白DSP-D)は直接損傷で高く、逆に血管内皮傷害の指標であるアンジオポエチン2(angiopoietin-2)やvon Willebrand因子は間接損傷で高値を示します。

ARDSの原因となりやすい重症疾患例

ARDSは、以下のような様々な重症疾患を背景に発生することがあります。

  • 敗血症
  • 重症肺炎
  • 多発外傷
  • 熱傷
  • 大手術後
  • 輸血
  • 有毒ガス吸入
  • 溺水
  • 血管炎
  • 薬物中毒
  • 誤嚥
  • 脂肪塞栓
  • 急性膵炎
  • 自己免疫疾患

代表的な疾患は、直接損傷と間接損傷で以下のように分類されます。
直接損傷

  • 肺炎
  • 胃内容物の誤嚥
  • 脂肪塞栓
  • 吸入傷害(有毒ガスなど)
  • 再灌流肺水腫(肺移植後など)
  • 溺水
  • 放射線肺障害
  • 肺挫傷

間接損傷

  • 敗血症
  • 外傷
  • 高度熱傷
  • 心肺バイパス術
  • 薬物中毒(パラコートなど)
  • 急性膵炎
  • 自己免疫疾患
  • 輸血関連急性肺損傷(TRALI)

現時点では、特定の栄養剤がARDSの生命予後に直接的な有効性をもつという科学的証拠はありませんが、筋肉の異化反応が顕著である場合、適切な栄養介入がこれらの生体反応を制御し、予後改善に寄与すると考えられています。

急性呼吸窮迫症候群の前兆や初期症状について

ARDSは、多くの場合、基礎疾患の悪化に伴って発症するため、前兆や初期症状が基礎疾患の症状と重なることが多く、ARDS特有の症状を見分けるのが難しい場合があります。ARDSには主に滲出期(3-7日)、増殖期(7-21日)、繊維化期(21-28日)という経過をたどります。この初期の滲出期では、急性炎症により肺胞の構造が破壊され、滲出液が肺胞や間質に貯留したり間質浮腫が起こることによって急速に呼吸不全が進行します。ARDSは、肺胞隔壁の透過性が亢進し、肺胞内に水分が貯留することでガス交換が阻害され、低酸素血症を引き起こす疾患です。そのため、ARDSの前兆や初期症状としては、呼吸困難、頻呼吸、チアノーゼなど、低酸素血症を示唆する症状が現れることがあります。また、肺炎や敗血症など感染症が原因の場合、発熱、咳、痰などの感染症状がみられることもあります。ARDSは基礎疾患の悪化に伴って発症することが多く、基礎疾患の症状に加え、上記の症状が現れた場合には、ARDSの発症を疑い、迅速な検査と適切な治療が必要となります。

ARDSの前兆や初期症状と基礎疾患の症状

  • 肺炎: 咳、痰、発熱、胸痛、呼吸困難
  • 敗血症: 発熱、悪寒、頻脈、低血圧、意識障害
  • 外傷: 痛み、出血、腫脹、呼吸困難
  • 熱傷: 痛み、水疱、発赤、呼吸困難

これらの症状に加え、呼吸困難、頻呼吸、チアノーゼなど低酸素血症を示唆する症状が現れた場合、ARDSの発症を疑う必要があります。特に、高齢者や基礎疾患を持つ患者さんでは症状が非特異的な場合もあるため、注意が必要です。

重要なポイント

ARDSは基礎疾患の悪化に伴い発症することが多いため、基礎疾患の症状を把握しておくことが重要です。
呼吸困難、頻呼吸、チアノーゼなど低酸素血症を示唆する症状が現れた場合、ARDSの発症を疑う必要があります。
ARDSは早期診断と早期治療が重要です。少しでも疑わしい場合は、速やかに内科救急を受診してください。

急性呼吸窮迫症候群の検査・診断

ARDSの診断には、主に以下の検査を組み合わせて行います。
病歴聴取と身体診察
患者さんの症状、基礎疾患、発症時期を確認します。呼吸困難、頻呼吸、チアノーゼといった低酸素血症を示唆する症状や、発熱、咳、痰などの感染症状の有無を確認し、基礎疾患についても詳細に評価します。
胸部X線検査
両側性の浸潤影やすりガラス影など、ARDSに特徴的な所見を確認します。ただし、病初期や脱水が著しい場合には陰影がはっきりしないこともあります。
胸部CT検査
X線よりも詳細に肺の状態を把握できます。特に高分解能CT(HRCT)は、ARDSの初期にみられるすりガラス影や斑状浸潤影、進行に伴う広範な浸潤影や気管支拡張像の評価に優れ、粟粒結核や間質性肺炎などとの鑑別に有用です。
動脈血ガス分析
血液中の酸素と二酸化炭素の分圧を測定し、低酸素血症の程度を評価します。ARDSでは、肺胞気・動脈血酸素分圧較差(A-aDO2)の開大とPaO2の低下がみられます。
心エコー検査
心原性肺水腫との鑑別のために心臓機能を評価します。
その他の検査
血液検査、喀痰検査、気管支鏡検査などで基礎疾患や感染症の有無を調べます。必要に応じて肺生検を行うこともあります。

ARDSの診断には、ベルリン定義と呼ばれる診断基準が広く用いられます。ベルリン定義では、以下の4項目を全て満たす場合にARDSと診断されます。
急性発症
基礎疾患の出現から1週間以内。
胸部画像所見
胸部X線やCTで両側性の陰影(浸潤影、すりガラス影など)が認められる。
肺水腫の原因
心不全や輸液過量のみでは説明できない。
低酸素血症
5cmH2O以上のPEEPまたはCPAPがかかった状態で、PaO2/FIO2が300mmHg以下。

急性呼吸窮迫症候群の治療

ARDSの治療には、原因の治療、呼吸管理、薬物療法、全身管理の4つの柱があります。

原因疾患の治療

ARDSは、肺炎や敗血症、外傷などが原因で起こるため、これらの病気を治療することが大切です。例えば、肺炎なら抗菌薬、敗血症なら感染を抑える治療、外傷なら出血を止める処置などが行われます。

呼吸管理

ARDSでは肺に水がたまり、酸素を十分に取り込めなくなるため、人工呼吸器が使われます。肺を保護するために、一回換気量を少なめに設定したり、肺がつぶれないように工夫したりします。また、軽症の場合にはマスクを使った非侵襲的な陽圧換気(NPPV)も行われますが、改善が見られない場合は、気管挿管をして人工呼吸器を使います。
さらに、患者さんをうつ伏せにする「腹臥位療法」が中等度から重度の患者さんに有効とされています。これは、血液の流れを改善して酸素の取り込みを助ける効果があります。

薬物療法

ARDSでは肺で炎症が起きているため、炎症を抑える薬が使われます。
副腎皮質ステロイド
炎症を抑える薬で、ARDSの初期から少量で使われることが多いです。
抗菌薬
肺炎や敗血症が原因の場合、広範囲に効く抗菌薬が使われます。また、培養検査の結果や患者さんの全身状態を総合的に判断しながら、必要に応じて的確な抗菌薬への変更を行います。
筋弛緩薬
重度の患者さんには、呼吸器の調整を助けるために筋肉の動きを抑える薬を用いる場合があります。使用する際には、発症早期の段階で短期間の使用とします。

全身管理

ARDS患者さんは全身にわたるケアが必要です。
水分管理
水分の量を慎重にコントロールして、肺の負担を減らします。
栄養管理
体力が落ちやすいため、適切な栄養が重要です。経腸栄養が推奨され、必要に応じて静脈栄養も検討されます。
リハビリテーション
筋力低下を防ぐため、早期からリハビリが始められます。必要に応じて、電気で筋肉を刺激する方法も使われます。

急性呼吸窮迫症候群になりやすい人・予防の方法

急性呼吸窮迫症候群 (ARDS) は、多くの場合、ほかの病気や怪我によって引き起こされます。そのため、ARDS を予防するためには、ARDS を引き起こす可能性のある基礎疾患を予防することが重要となります。


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参考文献

  • 学会合同 ARDS 診療ガイドライン 2016 作成委員会 (編):ARDS 診療ガイドライン 2016,総合医学社,東 京,2016

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