

監修医師:
大坂 貴史(医師)
甲状腺乳頭がんの概要
甲状腺乳頭がんは、甲状腺がんの中で最も多くみられるタイプで、進行が比較的ゆっくりで治療成績も良好なことが知られています。初期症状は喉元のしこり程度のことが多く、進行すると声のかすれや飲み込みづらさが出る場合もあります。診断には超音波検査や細胞診が用いられ、1cm以下の小さながんであれば経過観察が選択されることもあります。治療は手術が基本ですが、必要に応じて放射性ヨウ素療法やホルモン療法も行われます。小児期の高線量放射線被ばくや家族歴がリスク因子です。チェルノブイリ原発事故と甲状腺がんの関連性が知られていますが、福島の原発事故はチェルノブイリと比較して被ばく線量はかなり低く、一般住民が過度に心配する必要はないと考えられます。
甲状腺乳頭がんの原因
甲状腺乳頭がんは、甲状腺に発生する悪性腫瘍のうち最も頻度の高いタイプであり、甲状腺がん全体の約90%を占めるとされています。
甲状腺乳頭がんの発症にはさまざまな要因が関与していると考えられていますが、いくつか分化型の甲状腺がんに特徴的な遺伝子変異が知られているほか、小児期にうけた甲状腺への高容量の放射線被ばくが発がんに関連するといわれています。
甲状腺乳頭がんの前兆や初期症状
この病気は進行が緩やかで、初期には自覚症状が出にくいです。症状があっても「喉元のしこり」のみということも多くあります。しこりが徐々に大きくなる、というのも比較的早期のサインといえます。
進行すると、近くに通っている「反回神経」という神経のはたらきが障害されます。反回神経は声帯や近くの器官の動きを司る神経です。甲状腺がんによって反回神経が圧迫されたり、神経の中に入り込んでしまうと、声がかすれる、飲み込みにくくなる、呼吸が苦しくなるといった症状が出ることがあります。
甲状腺乳頭がんは治療成績がよい悪性疾患のひとつです。これらの症状があれば近くの内科 (特に内分泌内科) や耳鼻科を受診して、医師の診察を受けてください。
甲状腺乳頭がんの検査・診断
まずは問診と視触診で、首にあるしこりの有無を確認します。その後、甲状腺超音波検査で結節の大きさや形状、内部の状態を詳しく観察します。また、甲状腺はホルモンを産生する臓器であり、甲状腺乳頭がんでは甲状腺ホルモンや関連する物質の濃度が変動する場合があります。血液検査で甲状腺関連のホルモンのバランスが崩れていないかを確かめます。
これらの情報から悪性が疑われる所見がある場合、穿刺吸引細胞診 (FNA) が行われます。
FNAは、細い針で腫瘍から細胞を採取し、顕微鏡でがん細胞の有無を調べる方法です。結果が悪性と診断された場合は、必要に応じてCTやMRIなどの画像検査を行い、周囲組織やリンパ節への浸潤・転移の有無を評価します。
甲状腺乳頭がんの治療
甲状腺の原発巣のサイズと進行度を組み合わせたリスク分類に基づいて、治療方針がおおよそ決まります。
がんの大きさが 1 cm 以下であれば定期的な経過観察のみになる場合もあります (参考文献 1, 2) 。積極的な治療をする場合には、まずは手術で甲状腺の一部または全てを切除します。その他には放射性ヨウ素内服療法や甲状腺刺激ホルモンを抑える薬を内服する治療があります。
甲状腺乳頭がんの治療成績は良好で、早期発見ができて経過観察でよいとされた場合には甲状腺乳頭がんで命を落とすことは非常に稀です (参考文献 2) 。発見されたときに最も進行している高リスク患者であっても、ほかの悪性疾患に比べれば病勢をコントロールしやすいことが知られています (参考文献 2) 。
甲状腺乳頭がんになりやすい人・予防の方法
甲状腺乳頭がんにはいくつかリスク因子が知られています。代表的なものは2つあり、1つは近い血縁関係者に甲状腺がん患者がいる場合、もう1つが小児期に甲状腺に高容量の放射線を浴びることです。
血縁関係は特に1親等以内に患者がいる場合、または家族性ポリポーシスや多発性内分泌腫瘍症2型 (MEN2) などの甲状腺ができやすい遺伝性疾患の家族歴がある場合には発症リスクが高まります (参考文献 3) 。
「小児期の放射線被ばく」に関してですが、小児がんに対して放射線治療をした経験がある場合に、その当時に放射線をあてた部位が甲状腺に近い場合に発症リスクが高まります。近年の放射線治療では、治療機器の発達により治療対象の部位に集中的に放射線を照射して、周りの部位の被ばく量をかなり低減できるようになってきています。近年の放射線治療では、照射技術の進歩により周囲組織の被ばく量が大幅に低減されています。放射線治療は、治療による利益が副作用を上回ると判断された場合にのみ実施されます。不安がある場合は遠慮なく担当医に相談してください。
原発事故による大量の放射線被ばくは、甲状腺乳頭がんのリスクをあげることが知られています。チェルノブイリ原発の事故の際には、事故当時幼かった人たちで甲状腺がん発症者が増えたことが知られています。福島の原発事故では被ばく量はチェルノブイリと比較してかなり低いと考えられており、一般住民が福島の原発事故に起因する甲状腺乳頭がんを発症する可能性はかなり低いと考えられています。「スクリーニング検査の対象者で甲状腺がん患者が○○人いた!」という報道がなされることがありますが、もともと甲状腺がんは罹患率の高い疾患であり、甲状腺がんに罹患しながらも一生気づかれることがないままの方も大勢います。福島の原発事故との関連性については結論が出ていませんが、あまり心配しすぎることはないと考えられます。
参考文献
- 1. がん情報サービス. 甲状腺がんについて. 2023
- 2. 日本内分泌外科学会雑誌. 甲状腺腫瘍診療ガイドライン 2024.
- 3. Tuttle RM. Papillary thyroid cancer: Clinical features and prognosis. UpToDate. Mar 06, 2025.