監修医師:
渡邊 雄介(医師)
所属
国際医療福祉大学 教授
山王メディカルセンター副院長
東京ボイスセンターセンター長
反回神経麻痺の概要
反回神経麻痺は、声帯を動かす役割を持つ反回神経が損傷または麻痺することで発生する病気です。
反回神経が麻痺すると声帯の動きが制限され、嗄声(声がかすれる)、呼吸困難、誤嚥(飲み込んだものが誤って気道に入る)などの症状が現れます。
反回神経は左右に1本ずつあり、通常は片側の神経が麻痺しますが、両側の神経が麻痺して呼吸が困難になることもあります。
反回神経麻痺は、手術中の神経損傷や腫瘍による神経の圧迫などによって起こります。
治療にはリハビリや手術が用いられ、早期の発見と治療が大切です。
反回神経麻痺の原因
反回神経麻痺の主な原因として、術後の神経損傷や腫瘍による神経の圧迫、ウイルス感染による神経炎が挙げられます。
甲状腺や食道の手術による神経損傷
甲状腺や食道の手術では、反回神経が損傷されることが多く、片側または両側の神経が麻痺する可能性があります。
症状が徐々に回復する「一過性」もしくは、回復の見込みがない「永続性」の麻痺が出現します。
腫瘍による圧迫
反回神経麻痺は、肺癌や食道癌、甲状腺癌などの悪性腫瘍が反回神経を圧迫することで発生します。
腫瘍が成長するにつれて、神経が圧迫されて麻痺が生じ、声のかすれや呼吸困難といった症状が出現します。
ウイルス感染による神経炎
水痘・帯状疱疹ウイルスや単純ヘルペスウイルスの感染により、神経が炎症を起こし麻痺が引き起こされる場合があります。
神経炎の影響で反回神経麻痺になると発声や呼吸に支障が生じることがあります。
その他の要因
大動脈瘤や肺動脈拡張症などの血管疾患で神経が圧迫されたり、気管挿管などの医療処置で神経が損傷されたりすることで、反回神経麻痺が生じることもあります。
反回神経麻痺の前兆や初期症状について
反回神経麻痺の初期症状は、声帯を動かす神経が麻痺することにより、嗄声、呼吸困難、誤嚥などが生じます。
嗄声
嗄声は、片側または両側の声帯が麻痺することで、うまく閉じなくなり、発声時に正常な音が出ない状態です。
特に片側性の麻痺では、嗄声が主な症状として現れます。
声がかすれたり、声量が低下したりして、話しにくくなることもあります。
呼吸困難
声帯が十分に動かなくなることによって気道が狭くなり、呼吸困難につながるケースがあります。
呼吸困難は、片側性の麻痺では軽度であることが多いですが、両側性の麻痺では重篤な症状として発生することが多いです。
特に両側の声帯が完全に閉じた状態では、気道が塞がって呼吸ができなくなることもあり、迅速な治療が必要です。
誤嚥
反回神経麻痺によって喉の筋肉が正常に動かず、食べ物や飲み物が上手く飲み込めずに気道に入ることがあります。
誤嚥は食事中に咳き込む原因となり、誤嚥性肺炎を引き起こすリスクが高くなります。
その他の前兆や症状
ウイルス感染が原因で反回神経麻痺が発症する場合、感染部位に粘膜疹や神経炎の症状が見られることがあります。
反回神経麻痺の検査・診断
反回神経麻痺の診断には、喉頭鏡検査、CTやMRIの画像診断、音声機能検査などの複数の検査が行われます。
検査結果を組み合わせて診断を行い、麻痺の原因を特定し、適切な治療計画を立てます。
喉頭鏡検査
喉頭鏡検査によって声帯の動きを直接確認し、麻痺の有無や麻痺の程度を判断します。
正常な声帯は息を吸ったり、声を出したりするときに動きますが、反回神経麻痺の場合、麻痺した側の声帯が動かなくなります。
画像診断(CT・MRI)
反回神経麻痺の原因を特定するためには、CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)などの画像診断が用いられます。
特に、甲状腺や食道、肺などに腫瘍がある場合、画像検査によって腫瘍が神経を圧迫しているか確認できます。
胸部や大血管に異常がある場合も、画像診断は有効であり、喉頭鏡検査では見つけられない深部の異常を確認する手段として用いられます。
音声機能検査
音声機能検査では、声門がどの程度発生機能に影響を及ぼしているか評価します。
実際に声を出してもらって、発声持続時間(声をどれだけ長く持続させられるか)を評価したり、専用の機器を使用して、呼気流率(呼吸の流れが発声にどう影響しているか)を測定したりします。
音声機能検査によって、音声リハビリの必要性や治療の方針を決定します。
反回神経麻痺の治療
反回神経麻痺の治療は、保存療法で経過を見ることもありますが、重度の場合は手術療法が必要です。
適切な治療を受けることで、発声や呼吸、嚥下機能が改善され、日常生活における症状が緩和されます。
保存的療法
軽度の反回神経麻痺では、まず保存的療法が選択され、ステロイドやビタミン剤の投与を行い、神経の回復を促します。
言語聴覚士によるリハビリテーション(音声訓練)も行われ、声帯の可動性や発声機能の改善を目指します。
音声訓練では声帯を閉じる力を強化し、声門閉鎖不全を補うために以下の手法がとられます。
訓練方法 | 説明 |
---|---|
腹式呼吸 | ・お腹を使って呼吸する方法 (安定した息の流れと圧力を保ち楽に声を出せるようにする) |
フローフォネーション (flow phonation) |
・息をしっかり使って声を出す練習法 (声帯に負担をかけずに、息の流れとともに声を出す) |
ストローフォネーション (straw phonation) |
・ストローを使って発声する練習 (声帯を守りながら、声を出す感覚をつかむ) |
フォワードフォーカス (forward focus) |
・声を鼻の近くで響かせる発声法 (声帯に無理をかけずに、きれいに声を出す) |
SOVTE (半閉鎖声道発声法) |
・ストローを使ったり、息を吐きながら声を出す方法 (声帯に優しい発声法を身につけ、負担を軽減する) |
手術療法
保存的療法で効果が見られない場合や、重度の麻痺がある場合には手術療法が検討されます。手術にはいくつかの種類があり、状況に応じて適切な方法が選ばれます。
手術名 | 説明 |
---|---|
声帯内方移動術 / 声帯側方固定術 |
・麻痺した声帯を動かして声門を閉じれるようにする (正常な声が出しやすくなる) |
甲状軟骨形成術 | ・声帯の周りの骨格を調整し、声帯が正常に動くようにする (正常な声が出しやすくなる) |
神経筋移植術 | ・壊れた神経の代わりに他の筋肉を移植する (麻痺した声帯が動かせるようになる) |
気管切開術
重度の反回神経麻痺で呼吸困難が生じているケースでは、気管切開術が必要になることがあります。
気管切開術は、気管に直接穴を開けて呼吸を確保する手術です。
特に両側性の麻痺では、呼吸機能が大きく損なわれるため、早期に手術が必要となります。
反回神経麻痺になりやすい人・予防の方法
反回神経麻痺になりやすい人は、甲状腺や食道の手術を受けた人、肺や縦隔に腫瘍がある人です。
予防としては、甲状腺や食道の手術中の反回神経保護が重要であり、術後の定期的な経過観察もリスク軽減に役立ちます。
人間ドックなどで定期的に検診を受け、腫瘍の早期発見と治療につなげることも反回神経麻痺を防ぐために大切です。
関連する病気
- 甲状腺癌
- 食道癌
- 肺癌
- 大動脈瘤
- 縦隔腫瘍
- 胸腺疾患
- 肺結核
- ウイルス感染(特に水痘・帯状疱疹ウイルス、単純ヘルペスウイルス)
参考文献
- 反回神経麻痺の臨床統計的観察/耳鼻臨床/87巻(1994)/p511-517
- 反回神経麻痺/日気食会報/36巻(1985)5号/p.415-423
- 両側性反回神経麻痺症例の臨床的観察/耳鼻臨床/84巻(1991)10号/p.1457-1462
- 声帯麻痺症例の検討/喉頭/31巻(2019) 2号/p.163-167
- 声帯麻痺の診断と治療/日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報/127巻(2024)3号/p.176-179
- 過去17年間にみられた反回神経麻痺の臨床統計/耳鼻咽喉科展望/29巻(1986)5号/p.559-567
- 反回神経麻痺に対する外科的治療/日気食会報/37巻(1986)2号/p.126-132
- 末期癌患者の反回神経麻痺に対する経皮的声帯内シリコン注入療法/Palliative Care Research/1巻(2006)2号/p.321-324
- 食道がん術後の嚥下障害とリハビリテーション医療の実際/The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine/58巻(2021)8号/p.878-883
- 両側反回神経麻痺による重篤な誤嚥に対する甲状軟骨形成術Ⅰ型と反回神経再建術併施例/頭頸部外科/29巻(2019)2号/p.163-167
- 反回神経合併切除時の嗄声予防法/頭頸部腫瘍/29巻(2003)1号/p.146-150
- 一側反回神経麻痺患者に対する対応と将来の展望/日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌/39巻 (2022)2号/p.87-91
- 音声障害のリハビリテーション/日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報/126巻(2024)8号/p979-982