

監修医師:
中路 幸之助(医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター)
目次 -INDEX-
ニューモシスチス肺炎の概要
ニューモシスチス肺炎(Pneumocystis pneumonia:PcP)は真菌の一種によって引き起こされる肺炎です。特に免疫機能が低下している状態で感染しやすく、HIV感染者、がん患者、臓器移植後の患者、膠原病治療などで免疫抑制療法を受けている患者に多くみられます。
重篤な肺炎となる可能性があり、適切な治療を行わない場合は致死的となることがあるため、早期診断と治療が重要です。

ニューモシスチス肺炎の原因
PcPの原因は、体に潜んでいることが多く、また、飛沫感染・空気感染する Pneumocystis jirovecii という真菌の一種です。この真菌は通常、健康な人には無害ですが、免疫が弱まっている人に感染すると肺炎を引き起こします。
特に、AIDS(HIV感染者で合併症を発症した場合)、がん患者、臓器移植、免疫抑制療法が原因で PcP を発症する場合が多くなります。
AIDS(後天性免疫不全症候群)
AIDSの患者は PcP を罹患しやすくなります。AIDS は HIV-1 ウイルス(ヒト免疫不全ウイルス)が体の免疫システムを守る「CD4陽性T細胞」という細胞に感染し、免疫機能を大きく低下させていきます。合併症を発症した時点で AIDS となります。AIDSの患者は PcP の発症リスクが高いです。
がん患者
がん患者、特に悪性リンパ腫や他の血液がんを治療している患者では、化学療法や放射線療法を行います。化学療法や放射線治療では、免疫抑制を伴うため、PcPのリスクが大幅に増加する傾向です。
臓器移植後
臓器移植手術は、体が移植された臓器を「異物」として攻撃してしまう「拒絶反応」がおこります。拒絶反応が起きると、臓器がうまく機能しなくなる可能性があるため、臓器移植後は免疫のシステムを抑える免疫抑制剤の使用が必要です。
免疫抑制剤を使用するため、その結果としてPcPを発症することがあります。
ニューモシスチス肺炎の前兆や初期症状について
初期症状は徐々に現れることが多く、比較的非特異的です。
風邪や軽い呼吸器感染症と類似しており、痰のほとんど出ない乾いた咳、発熱、体動時に悪化する息切れなどです。疲労感や全身の倦怠感もみられることがあります。
呼吸困難が進行するにつれて、酸素不足に低酸素症やチアノーゼ(血液中の酸素不足で肌が青紫色になる状態)も見られます。
また、AIDS患者では数週間から1〜2ヶ月かけて進行することが一般的です。
一方、がんなどの免疫不全患者ではより急速に進行し、数日から1週間で悪化することがあるため注意が必要です。
ニューモシスチス肺炎の検査・診断
画像診断や血液検査が有用で、確定診断には生検による病理診断、遺伝子検査や塗抹検査が行われます。
CT検査
CT検査によって撮影された画像では、すりガラス状の陰影が特徴的な所見として現れます。両側の肺に見られることもPCPの可能性を示唆します。
血液検査
血液検査では、β-Dグルカン値が上昇している場合、診断に役立ちます。
β-Dグルカンは真菌感染のマーカーであり高い値を示すことが多く、特にHIV感染者では陽性率が高い傾向です。
さらに、LDH(乳酸脱水素酵素)値やKL-6(肺の炎症マーカー)値もPCP患者で上昇することが多く診断を補助します。
PCR検査
PCR検査は、確定診断を行うための重要な方法です。
患者から採取された喀痰や気管支肺胞洗浄液(気管支鏡を使用して肺の奥にある気管支や肺胞に生理食塩水を注入し、その液を吸引して回収したもの)を使用します。
喀痰や気管支肺胞洗浄液の中から原因菌であるPneumocystis jiroveciiの遺伝子を増幅し、検出します。特に、気管支鏡を使って気管から採取した検体を用いることで、より正確に病原体を特定することが可能です。
遺伝子検査(LAMP法など)
遺伝子検査の一種であるLAMP法は、PCRと同様に遺伝子を増幅して病原体を検出します。LAMP法は、PCRと比べて簡易であり、感度はPCR並に高いことが特徴です。
ただし、少しでも汚染があると病原体がいないのに陽性の結果が出てしまう「偽陽性」の危険性があるため、他の検査方法と組み合わせて使用することが推奨されています。
塗抹検査(Diff-Quik染色など)
塗抹検査は、PCPの診断において病原体を顕微鏡で直接確認するために使用される手法です。喀痰や気管支肺胞洗浄液をガラススライドに塗布し、Diff-Quik染色などの特別な染色液で染めた後、顕微鏡で観察します。染色によって、原因菌であるPneumocystis jiroveciiのシスト(休眠状態の胞子)や栄養体(活動状態の細胞)を確認することが可能です。
ただし、塗抹検査の感度はやや低いため、他の検査と組み合わせて使用されることが多く、補助的な検査として位置づけられています。
ニューモシスチス肺炎の治療
治療には、抗ニューモシスチス薬(抗生物質)であるST合剤(トリメトプリム・スルファメトキサゾール:TMP-SMX)が最も一般的です。ST合剤は、病原体の増殖を抑える効果があり、3週間程度の治療が必要となります。参考:国立研究開発法人 国立国際医療研究センターエイズ治療・研究開発センター/ニューモシスチス肺炎(PCP)
スルファメトキサゾールに対するアレルギーや、腎機能低下、骨髄抑制があってST合剤が使用できない場合はペンタミジンやアトバコンなどが代替として処方されます。
ペンタミジンは、真菌や原虫に対する抗感染薬で治療に有効です。
アトバコンは病原体であるPneumocystis jiroveciiのエネルギー生成を阻害し、細胞の機能を停止させることで感染を抑えます。
重症の場合には、対処療法として酸素療法やステロイド剤の使用も検討されます。
ニューモシスチス肺炎になりやすい人、予防の方法
PcP にかかりやすい人は、免疫抑制状態にある人々です。
特にHIV陽性者や臓器移植を受けた患者、化学療法を受けているがん患者が挙げられます。
予防としては、免疫抑制剤を使用している以下の条件を満たす患者には予防薬(ST合剤)を定期的に服用することが推奨されます。
- 50歳以上である
- プレドニゾロン換算で1.2mg/kg/日以上の投与を受けている
- 免疫抑制剤を併用し、プレドニゾロン換算で0.8mg/kg/日以上の投与を受けている
- リンパ球数が500/μL以下である
参考:厚生労働省 スルファメトキサゾール・トリメトプリムニューモシスチス肺炎の予防及び治療
参考:二ューモシスチス肺炎の予防基準の有用性に関する検討/日本臨床免疫学会会誌/32 巻 (2009) 4号/ p. 256-262
また、予防投与基準を満たさない場合でも、複数の危険因子が存在する場合には予防投与が検討されます。
参考文献
- 国立研究開発法人 国立国際医療研究センターエイズ治療・研究開発センター/ニューモシスチス肺炎(PCP)
- II. 注目の疾患/3. ニューモシスチス肺炎Pneumocystis jiroveci/日本内科学会雑誌/95 巻 (2006) 6 号/p.1019-1024
- ニューモシスチス肺炎(Pneumocystis pneumonia;PCP)の診断における遺伝子検査,塗抹検査,血清学的検査の比較検討/医学検査/68 巻 (2019) 3 号/ p.437-442
- 発熱,呼吸困難にて救急搬送となり,COVID -19 肺炎との鑑別が問題となったニューモシスチス肺炎の 1 例/日本病院総合診療医学会雑誌/17 巻 (2021) 5 号/p.575-577
- 二ューモシスチス肺炎の予防基準の有用性に関する検討/日本臨床免疫学会会誌/32 巻 (2009) 4号/ p. 256-262
- 気胸を呈したAIDS合併ニューモシスチス肺炎の一例/日本病院総合診療医学会雑誌/4 巻 (2013) 2 号/p. 45-49
- 悪性リンパ腫患者におけるニューモシスチス肺炎予防に対するST合剤投与開始時期の検討/医療薬学/39 巻 (2013) 8 号/p. 465-470
- 肺癌患者におけるニューモシスチス肺炎の臨床的検討/肺癌/49 巻 (2009) 3 号/p. 241-247
- 肺移植周術期の感染症/移植/53 巻 (2018) 4-5 号/p. 277-282




