

監修医師:
上田 莉子(医師)
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関西医科大学卒業。滋賀医科大学医学部付属病院研修医修了。滋賀医科大学医学部付属病院糖尿病内分泌内科専修医、 京都岡本記念病院糖尿病内分泌内科医員、関西医科大学付属病院糖尿病科病院助教などを経て現職。日本糖尿病学会専門医、 日本内分泌学会内分泌代謝科専門医、日本内科学会総合内科専門医、日本医師会認定産業医、日本専門医機構認定内分泌代謝・糖尿病内科領域 専門研修指導医、内科臨床研修指導医
目次 -INDEX-
α1-アンチトリプシン欠乏症の概要
α1-アンチトリプシン欠乏症とは、体内のタンパク質分解酵素を抑える働きを持つα1-アンチトリプシン(AAT)という血液中のタンパク質が生まれつき不足している遺伝性の病気です。 AATが不足すると酵素の働きが抑えられないため肺の組織(特に肺胞)が壊れやすくなり、若いうちから肺気腫を発症します。その結果、息切れや慢性的な咳や痰などの症状が現れ、COPD(慢性閉塞性肺疾患)と呼ばれる肺の病気を引き起こすことがあります。 また、この病気は肺だけでなく肝炎・肝硬変など肝臓の病気や、まれに皮下組織の炎症で皮膚の下に痛みのあるしこりができる病気(皮下脂肪織炎)を合併することもあります。α1-アンチトリプシン欠乏症は遺伝性の希少疾患です。欧米では約5,000人に1人の頻度で見られますが、日本では極めてまれで、ある調査では1,000万人あたり2人程度(約500万人に1人)という報告もあります。日本人での患者報告は少なく、指定難病にも定められています。α1-アンチトリプシン欠乏症の原因
主な原因は遺伝子の変異です。α1-アンチトリプシンを作る遺伝子(SERPINA1遺伝子)の異常により、肝臓で作られるAATの量が極端に低下したり、正常に働かなくなったりします。その結果、肺を守るAATが不足し、白血球から分泌されるエラスターゼなどのタンパク質分解酵素の作用が強まって肺胞の構造蛋白(エラスチンなど)が壊され、肺気腫へとつながると考えられています。 この病気は常染色体劣性遺伝で起こるとされています。人は通常AATの遺伝子を両親から1つずつ計2つ持っていますが、両方に変異があるとAATが十分に作れず欠乏症を発症します。一方、片方の遺伝子だけ変異がある場合はキャリア(保因者)と呼ばれ、血中AAT値がやや低くなることはありますが通常は症状を生じません。遺伝子変異の型によってAATの不足の程度が異なり、症状の重さにも差があります。 また、喫煙や大気汚染への曝露など環境要因も症状の現れ方に影響します。実際、この欠乏症を発症した方の多くは喫煙者であり、タバコを吸うことで肺の障害が出やすく悪化しやすいことがわかっています。つまり、生まれつきAATが少なくても、タバコを吸わない方では症状が出にくかったり遅かったりする一方、喫煙習慣があると若いうちから深刻な肺の病気を引き起こすリスクが高まります。α1-アンチトリプシン欠乏症の前兆や初期症状について
α1-アンチトリプシン欠乏症の症状は、現れる時期や臓器によって異なります。肺の病変による症状は通常20〜50歳くらいまでの間に徐々に現れることが多く、肝臓の病変による症状は乳幼児期に見られる場合と、成人期以降にゆっくり進行して現れる場合があります。 肺の症状はしばしば喘息と間違われやすく、診断が遅れることがあります。 主な初期症状として、例えば呼吸器症状、肝臓の症状などがあります。 呼吸症状は階段を上る、運動をするといった労作時に息切れするなどです。また、長引く咳や痰がみられ、風邪を引きやすかったり胸部の違和感が続いたりします。 肝臓への障害は、新生児期の黄疸や肝酵素の上昇として現れることがあります。また、成人になってからは原因不明の肝硬変や慢性肝炎を発症する場合もあり、お腹の膨らみや足のむくみ、皮膚や目の黄染など肝不全の徴候が初めての症状となることもあります。 こうした症状が見られた場合には早めに医療機関を受診することが大切です。特に、まだ若いのに慢性的な呼吸困難や咳が続く場合、あるいは乳児の黄疸が長引く場合は注意が必要です。呼吸器の症状が中心であれば呼吸器内科を、肝臓の症状が疑われる場合は消化器内科、乳幼児であれば小児科を受診しましょう。α1-アンチトリプシン欠乏症の検査・診断
α1-アンチトリプシン欠乏症の診断には、血液検査によるタンパク質量の測定や遺伝子検査など、いくつかの検査を行います。医師は臨床症状や家族歴からこの病気を疑った場合、以下のような検査を組み合わせて診断を進めます。これらの検査結果を総合的に判断して診断します。血液中のAAT濃度が低く遺伝子検査で変異が確認されれば確定診断となります。血液検査
血清中のα1-アンチトリプシン(AAT)の濃度を測定します。AATの値が正常よりも低ければ、本症の可能性が高まります。遺伝子検査
確定診断のために遺伝子異常の有無を調べます。血液などを用いてSERPINA1遺伝子の変異を解析することで、この病気かどうかを最終的に確認します。肺機能・画像検査
肺への障害の程度を評価するため、呼吸機能検査で肺活量や空気の流れを調べたり、胸部X線写真やCT検査で肺疾患の有無を確認します。若年で肺気腫を発症した方では、これらの検査所見からAAT欠乏症が疑われ追加の血液・遺伝子検査に進むことがあります。肝機能検査
肝臓への影響を確認するため、肝機能検査(ALTやAST、ビリルビン値など)や腹部超音波検査(エコー)を行う場合もあります。α1-アンチトリプシン欠乏症の治療
残念ながらα1-アンチトリプシン欠乏症を根本的に治す治療法は現時点ではありません。しかし、適切な治療によって肺の損傷の進行を抑え、症状を和らげることが可能です。本章では、α1-アンチトリプシン欠乏症に対して行われる治療について解説します。薬物療法(内科的治療)
肺の症状に対しては、COPDに準じた治療が行われます。具体的には、気管支を拡げる気管支拡張薬(吸入薬など)や吸入ステロイド薬による症状コントロール、気道感染を起こしたときの抗菌薬の使用などがあります。症状や肺機能の程度に応じてこれらを組み合わせ、呼吸を楽にしたり肺の炎症を抑えたりします。補充療法(AAT補充療法)
α1-アンチトリプシンそのものを補う特殊な治療法として、補充療法があります。これは、健康なドナーから提供された血漿由来のα1-アンチトリプシン製剤を定期的に点滴注射し、血中のAAT濃度を維持する治療です。この補充療法により不足しているタンパクを補い、肺の破壊を遅らせる効果が期待できます。 アメリカでは1987年に初めて承認されて以来、多くの国で実施されてきましたが、日本でも2021年7月から保険適用となり、重症のAAT欠乏症患者さんに対してこの治療が可能になりました。補充療法は根本治療ではありませんが、肺機能の低下スピードを抑えることができる唯一の方法とされています。副作用はまれで、発熱や頭痛、めまいなど軽度の症状が報告される程度です。外科的治療
病気が進行し薬物療法では十分に改善しない場合、外科的な治療も検討されます。肺に関しては、重症の肺気腫に対して肺移植が選択肢となります。肺移植により新しい肺を提供してもらうことで、呼吸不全の状態から大きな改善が期待できます。また肝臓に重篤な障害がある場合には、肝移植が行われることもあります。肝移植は根本的な治療となり、新しい肝臓から正常なAATが分泌されるため体内のAAT欠乏は解消されます。 ただし、移植は患者さんの全身状態やドナーの確保などさまざまな条件を満たす必要があり、また移植後の拒絶反応対策など課題も伴います。現実には限られた重症例でのみ適応となりますが、肺・肝ともに移植医療は本症の予後を改善しうる重要な治療です。α1-アンチトリプシン欠乏症になりやすい人・予防の方法
α1-アンチトリプシン欠乏症になりやすい方は、先述のとおり遺伝的な要因を持つ方です。両親から変異遺伝子を受け継いだ場合に発症するため、家族にAAT欠乏症の患者さんがいる場合や、両親ともにキャリア(保因者)である場合には子どもが本症を発症するリスクが高くなります。 また、遺伝的素因に加えて喫煙歴や大気汚染曝露の有無が症状発現のリスクに関与します。例えば同じ遺伝子異常を持つ場合でも、喫煙者の方が非喫煙者よりも早く重い肺疾患を発症しやすいことが知られています。 予防の方法についてですが、α1-アンチトリプシン欠乏症そのものを完全に予防することはできません。この病気は遺伝的に決まり、胎児の段階で遺伝子が決まった後に発症を止める方法はないからです。現時点で、出生前診断でこの疾患の有無を知ることは技術的に可能ですが、仮にわかっても出生後の症状の出現有無や重症度を正確に予測することはできません。しかし、本症の合併症や症状の悪化を防ぐことは可能です。予防のポイントは前述した生活習慣の改善と重なりますが、特に下記が重要となります。- 禁煙
- 大気汚染対策(マスクの着用や空気清浄機など)
- 感染症の予防
- 定期的な経過観察
- 運動・栄養など健康管理
- 禁酒あるいは節酒
関連する病気
- 肺気腫(特に若年性)
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
- 肝疾患
- 皮膚疾患(パンヌルーリス pustular panniculitis)
- 血管炎(まれ)
参考文献




