

監修医師:
山田 克彦(佐世保中央病院)
目次 -INDEX-
被虐待児症候群の概要
被虐待児症候群とは、親などの保護者から虐待を受けた結果、子どもの体や心に深刻な影響が出る状態を指します。
被虐待児症候群の原因は、主に家庭内での虐待です。 虐待が起こるリスク要因として、保護者、子ども、養育環境の3つが挙げられます。 保護者の側では、精神的な不調や依存症などが影響することがあります。 子どもに育てにくさを感じさせる特徴がある場合も、虐待のリスクが高まります。 さらに、経済的に苦しい状況や地域とのつながりの薄さなど、養育環境の問題も関係しています。
被虐待児症候群は体と心の両方にさまざまな症状が見られます。 不自然な外傷や栄養不足などの身体的な症状のほか、多動や愛着障害、異常行動などの不適切な行動や心理的な症状が現れます。
診断には、問診や診察に加えて、検体検査、画像検査が用いられ、虐待の有無をさまざまな角度から確認します。
治療は、身体のケガや不調に対する処置とともに、子どもの生活環境への介入と心のケアもおこなわれます。 必要に応じて、子どもを一時的に安全な場所で保護することも必要です。
被虐待児症候群の原因
被虐待児症候群の主な原因は、家庭内で起こる虐待です。 虐待が発生しやすくなる要因は、大きく分けて「保護者」「子ども」「養育環境」の3つに分類できます。これらの要素が複雑に絡み合うことで、被虐待児症候群が起こると考えられています。
保護者のリスク要因
保護者に関するリスク要因としては、妊娠・出産・育児をきっかけに生じるものや、もともとの性格、精神疾患の既往などが挙げられます。 例えば、望まない妊娠や若年の出産によって、親になることへの心の準備が整わないまま子育てが始まると、子どもに愛情を注ぎにくくなることがあります。 赤ちゃんが生まれた後に長期間入院した場合、親子のふれあいが少なくなり、子どもへの愛着がうまく育たないこともあります。
さらに、母親がマタニティブルーズや産後うつなどの精神的に不安定な状態に陥っているケースもあります。 保護者の性格が攻撃的であったり、精神障害や知的障害があったり、アルコールや薬物に依存していたりすることも、虐待のリスクを高める要因です。
また、保護者自身が子どものころに虐待を受けて育った経験がある場合も、自分の子どもに同じように虐待を繰り返してしまうことがあります。 保護者の強迫観念に基づく厳しいしつけや、子どもの発達を無視した過度な期待を受けていた背景もリスク要因として挙げられます。
子どものリスク要因
子どものリスク要因として、保護者が育てにくいと感じるような特徴を持つ子どもが該当します。 例えば、生まれたばかりの乳児や未熟児、障害をもっている子どもなどは、世話に時間と労力がかかるため、保護者がストレスを感じやすくなります。
養育環境のリスク要因
養育環境のリスク要因としては、家庭の経済的な困窮や周囲とのつながりがない孤立した生活環境が挙げられます。 具体的には、生計者の失業、夫婦間の不仲、家庭内での暴力、ひとり親家庭で十分な支援が得られない状況などです。 これらの要因が保護者の子育てに対する負担を大きくし、虐待を起こす可能性を高めます。
被虐待児症候群の前兆や初期症状について
被虐待児症候群の症状は、体に現れる症状と心に現れる症状に分けられます。
身体的な症状
身体的虐待の症状としては、打撲や火傷、骨折、頭蓋内出血、栄養不足などが見られます。 外傷は、体幹や耳、首、性器まわり、おしりなど自然外傷とは考えにくい場所に見られることが多いです。
タバコの痕や、バット・コードでできたと思われる特定の形のあざ、噛まれたようなあと、手の形がくっきりと残るようなあざなど、パターン痕と呼ばれる特徴的な傷が見られる場合もあります。
これらの傷は繰り返し現れること、古い傷と新しい傷が混ざっていることが特徴です。 栄養不足の場合、体重が増えなかったり、身長の伸びが止まったりなど、成長に影響が生じます。
お風呂に入れてもらえないために、体に垢がたまる、臭いが強い、服が汚れているなどの清潔さが保たれていない様子も見られる場合があります。
不適切な行動や心理的な症状
不適切な行動や心理的な症状として、多動や衝動性、愛着行動の不自然さ、過敏性、過食や異食、習癖行動、非行が現れます。
落ち着きなく室内を動き回ったり、感情をコントロールできずに暴言を吐いたり、暴力をふるったりすることがあります。 初対面の人に対してやたらと体をくっつけてきたり、反対に触られることをひどく嫌がったりするなど、人との関わり方に問題が出ることもあります。
また、大きな音や声に過度におびえる様子が見られたり、食べ物をむさぼるように食べたり、食に対して異常な執着を認めたりします。 チック(まばたきや体の一部が無意識に動く状態)や爪を噛むクセが出たり、万引きなどの非行に走ったりすることもあります。
被虐待児症候群の検査・診断
被虐待児症候群の診断には、虐待を受けた事実を証明すること、児童の症状が虐待を受けたことによる症状であるを確認する目的で、問診や身体診察、検体検査、画像検査がおこなわれます。
まず、保護者に対して問診をおこないます。 子どもがけがをした状況などを聞き取り、けがの状態や場所が保護者の説明と一致するかを慎重に確認します。 子どもが話せる年齢であれば、保護者が同席していない状況で、子ども自身に話を聞くこともあります。
身体診察では、子どもの身長や体重を測り、全身の皮膚にあざや火傷のあとがないかを丁寧に見ていきます。 子どもの精神状態や発達の遅れ、眼底出血などの有無も確認します。
検体検査では、血液検査のほかに薬物検査、性感染症の検査などをおこないます。 薬物検査は、子どもが意識障害やけいれんを起こしている場合に、薬物が原因で生じていないか確かめるためにおこないます。 また、性虐待が疑われる思春期前後の子どもに対しては、淋菌やクラミジアなどの性感染症の検査がおこなわれることもあります。
身体的虐待の可能性がある場合は、画像検査もおこないます。 単純X線検査やCT検査を用いて、骨折や出血などの有無を調べます。 外傷や腹部膨満などから腹部臓器損傷を疑う場合は、超音波検査をおこなうこともあります。
これらの結果を総合的に判断して、子どもが本当に虐待を受けているのか、慎重に診断していきます。
なお、被虐待児の診療は医師一人で対応するのではなく、関係各科の医師、看護師、医療ソーシャルワーカーなど多職種で対応することが望ましいため、可能ならあらかじめ院内に養育支援チームや児童虐待防止委員会等を設置しておき、定期的に職員研修を実施します。児童虐待を疑った場合には、児童福祉法第 25 条により、担当行政機関への通告の義務があります。
被虐待児症候群の治療
被虐待児症候群の治療は、体のけがや病気を治す「身体的な治療」と、主に行政機関による生活環境への介入による虐待の停止、さらに心の傷を癒す心の傷を癒す「心理的なケア」をおこないます。
まず、けがや栄養不良などの身体的な症状がある場合には、それぞれの症状に応じた適切な医療処置をおこないます。 具体的には、骨折があればギプスで固定し、火傷があれば塗り薬などで治療します。 外傷の程度によっては、入院して治療をおこなうこともあります。
心理的な治療としては、カウンセリングや心理療法が中心となります。 虐待を受けた子どもは、不安定な気持ちや人との関係がうまく築けないなど、心に深い傷を負っていることがあります。 心理士や精神科医などの専門家が、子どもの問題行動や情緒不安定な状態の改善に向けサポートしていきます。
これらのサポートは通常は、児童相談所などの行政機関との協働や助言・指導のもとでおこなわれ、家庭に戻ることが難しい場合は一時保護をする場合があり、体調と準備が整うまでの間、保護者との隔離の目的で入院が利用されることもあります。
被虐待児症候群になりやすい人・予防の方法
児童虐待自体は子どもの疾患ではなく、虐待をおこなう養育者の問題行動なので、被虐待児症候群になりやすい子どもというわけではありませんが、乳児、未熟児、障害児などは虐待を受けるリスクが上がります。 何らかの要因で育てにくいと感じられる子どもも、保護者が育児にストレスを感じやすく、虐待につながるリスクが高いと考えられています。
被虐待児症候群を防ぐためには、保護者への支援が大切です。 育児に悩んだときに相談できる相手を作ることや、地域の子育て支援サービス(ショートステイ、一時預かり、子育て支援センター)を活用することで、保護者の孤立化を防げます。
また、周囲の大人が子どもや保護者の様子から虐待を疑った場合には、ためらわずに児童相談所や専門機関に相談することも重要です。
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参考文献




