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コフィン・ローリー症候群
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

コフィン・ローリー症候群の概要

コフィン・ローリー(Coffin-Lowry)症候群は、1966年にコフィン(Coffin)医師が初めて報告し、その後ローリー(Lowry)医師が家族内発症例を報告したことで名前がついた、まれな先天性疾患です。特徴としては、知的発達の遅れ、骨格の異常、顔の特徴的な形があります。X染色体に関連する遺伝性疾患であるため、男の子に多く、女の子は軽い症状で済むことが多いですが、発症することもあります。

コフィン・ローリー症候群の原因

この疾患の原因は、RPS6KA3(RSK2)という遺伝子の変化によって起こります。この遺伝子はX染色体上にあり、特に胎児期から新生児期の脳の発達に重要な役割を担っています。RSK2は神経細胞の活動や記憶、学習に関わるCREBというタンパク質やヒストンH3などのタンパク質を活性化することで、脳の発達や遺伝子の働きをコントロールしています。これらの働きに異常が生じることで、コフィン・ローリー症候群の多様な症状が現れます。

また、この疾患のほとんどは新たに発生した遺伝子変異(de novo変異)によるもので、家族歴がない場合が多いとされています。ただし、性腺モザイクと呼ばれる状態があると、親から子どもへの遺伝の可能性もあります。

コフィン・ローリー症候群の前兆や初期症状について

コフィン・ローリー症候群は乳児期には症状がはっきりしないこともあり、診断が難しい場合がありますが、成長とともに特徴的な症状が明らかになってきます。顔の特徴としては、額が広く、目が離れていて、まぶたが垂れており、鼻は丸く広がって球根状、口や唇が大きく厚く、舌に深い溝があるといった特徴が挙げられます。歯並びが悪く、歯の本数が少なかったり、歯が小さかったりすることもあります。

四肢の特徴としては、手足が大きく柔らかく、指が太くて先が細くなる「カエデの葉」のような形をしていることがあります。関節が過度に柔らかく、骨の発達が遅れ、骨年齢も実年齢より遅れることが多いです。筋力が弱く、歩行時にふらつきがあったり、前かがみの姿勢を取る傾向もみられます。皮膚は柔らかく、赤ちゃんの頃には大理石模様の皮膚や多汗、チアノーゼ(手足が青白くなる)などがみられることもあります。

神経発達面では、知的障害は中等度から重度で、IQは通常50以下とされています。言葉の発達が著しく遅れ、発語がほとんどない場合もあります。てんかんの発作がみられることもあり、特に「刺激誘発性転倒発作(SIDE)」という、音や振動などの刺激によって突然倒れてしまう症状が約15〜20%の患者に認められます。このSIDEは学齢期前後に現れることが多く、生活に大きな支障をきたすことがあります。

コフィン・ローリー症候群の検査・診断

コフィン・ローリー症候群の診断は、特徴的な見た目や発達の様子などの臨床的特徴に加えて、遺伝子検査によって行われます。RSK2遺伝子の異常は、現在までに200人以上の患者で報告されており、多くの症例でミスセンス変異、ナンセンス変異、スプライス変異、欠失・挿入などが確認されています。男性患者ではヘミ接合性の変異を認めれば診断が確定し、女性ではヘテロ接合性変異に加えて、X染色体の不活化パターンなどの解析が必要とされることがあります。

診断のための検査手段には、エクソーム解析、遺伝子パネル検査、MLPA法(遺伝子のコピー数変化を調べる方法)などが用いられます。これにより、塩基配列異常が約85〜90%、コピー数異常が10〜15%の割合で検出されるとされています。

コフィン・ローリー症候群の治療

コフィン・ローリー症候群には根本的な治療法はありませんが、それぞれの症状に合わせた対症療法が行われます。赤ちゃんの頃は呼吸器感染症を繰り返すことが多く、そのたびに抗菌薬などの治療が必要です。てんかん発作やSIDEがみられる場合には、バルプロ酸、クロナゼパム、ラモトリギンなどの抗てんかん薬が使用されます。また、SIDEが頻繁に起こる場合には転倒による頭部外傷を防ぐためにヘルメットの装着が勧められることもあります。

筋力低下や姿勢の異常、脊椎の側弯症(背骨が曲がる病気)は整形外科的な対応が必要で、重症例では外科的治療が検討されることもあります。また、心臓に関しては、三尖弁逆流や心筋症といった異常が報告されており、定期的な心臓超音波検査によるフォローが必要です。

コフィン・ローリー症候群になりやすい人・予防の方法

コフィン・ローリー症候群はX連鎖性遺伝形式をとるため、男の子に重い症状が出やすく、女の子は保因者でも軽症の場合が多いとされています。しかし、最近では女の子にも発症例が確認されており、軽度の知的障害や骨格異常がみられることもあります。

コフィン・ローリー症候群の多くはde novo変異であり、家族内に同じ病気の人がいないことがほとんどです。ただし、性腺モザイクや家族性の症例では、次に生まれる子どもへのリスクが高くなる可能性があるため、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングを受けることが強く勧められます。

コフィン・ローリー症候群を完全に予防する方法は現在のところありませんが、遺伝子診断により将来的なリスク評価を行うことで、妊娠・出産の計画に役立てることができます。

参考文献

  • Coffin GS. Am J Dis Child. 1966;112:205-213.
  • Lowry RB. Am J Dis Child. 1971;121:496-500.
  • Temtamy SA. J Pediatr. 1975;86:724-731.
  • Biancalana V. Genomics. 1994;22:617-625.
  • GeneReviews. Coffin-Lowry Syndrome.

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