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シンナー中毒
稲葉 龍之介

監修医師
稲葉 龍之介(医師)

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福井大学医学部医学科卒業。福井県済生会病院 臨床研修医、浜松医科大学医学部付属病院 内科専攻医、聖隷三方原病院 呼吸器センター内科 医員、磐田市立総合病院 呼吸器内科 医長などで経験を積む。現在は、聖隷三方原病院 呼吸器センター内科 医員。日本内科学会 総合内科専門医、日本呼吸器学会 呼吸器専門医、日本感染症学会 感染症専門医 、日本呼吸器内視鏡学会 気管支鏡専門医。日本内科学会認定内科救急・ICLS講習会(JMECC)修了。多数傷病者への対応標準化トレーニングコース(標準コース)修了。がん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会修了。身体障害者福祉法第15条第1項に規定する診断医師。

シンナー中毒の概要

有機溶剤とは、ほかの物質を溶かす性質をもつ有機化合物の総称であり、塗装、洗浄、印刷など、さまざまな作業現場で溶剤として広く使用されています。
有機溶剤には、揮発性脂溶性という2つの重要な性質があります。
有機溶剤は常温では液体ですが、一般に揮発性が高く、蒸気となって呼吸を通じて体内に取り込まれやすい性質があります。さらに、油脂に溶けやすい(脂溶性である)ため、皮膚からも吸収されます。

シンナーは、塗料や接着剤などを薄めるための有機溶剤の一種です。その多くは複数の有機化合物からなる混合溶剤であり、成分や比率は目的や用途によって異なります。一般的には、主成分としてトルエンが使用され、ほかにメチルアルコール、キシレン、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸メチルなどが含まれます。
平成29年度厚生労働科学研究『2017年の薬物使用に関する全国住民調査』によると、有機溶剤の使用経験率は2017年時点で1.1%であり、1995年以降の1.7%から徐々に低下傾向がみられます。
ただし、シンナーをはじめとする有機溶剤による中毒は、進行すると呼吸困難や不整脈など生命に関わる症状を引き起こすことがあり、引き続き注意が必要です。

シンナー中毒の原因

シンナー中毒は、シンナーに含まれる中毒性のある有機化合物が体内に取り込まれることで生じます。主成分のトルエンによる症状が代表的ですが、メチルアルコールや酢酸メチルなど、ほかの成分による中毒症状も報告されています。

中毒の原因としてまず挙げられるのが、作業現場における換気不良による吸入(職業性の曝露)です。特に、塗装や接着作業で長時間使用する際、適切な換気が確保されていないと、蒸気を大量に吸い込んでしまうおそれがあります。
また、誤って飲み込んでしまう不慮の誤飲や、いわゆるシンナー遊びと呼ばれる乱用を繰り返すことで、やめたくてもやめられない状態(嗜癖)にいたることもあります。
高濃度の蒸気を吸入した場合には、急性に(吸入してすぐに)急性中毒を引き起こす可能性があります。
一方で、低濃度の蒸気を長期間にわたって吸入することで慢性中毒にいたることもあります。なお、症状の現れ方には個人差もあります。

シンナー中毒の前兆や初期症状について

一般に、シンナー中毒は、急性中毒と慢性中毒に分けられ、それぞれ異なる症状を示します。ここでは、主成分であるトルエンによる症状を中心に紹介しますが、ほかの成分に関する知見にも一部ふれます。

急性シンナー(トルエン)中毒の症状

高濃度のシンナーを吸引すると、中枢神経系に対する麻酔作用により、まず興奮状態がみられます。
この時期には、多幸感や誇大感、焦燥感などの精神症状が現れ、ふらつき(運動失調)、頭痛、嘔吐などを伴うこともあります。
重症になると、幻覚や意識障害をきたす場合があり、さらに呼吸中枢が抑制されて呼吸不全となると、生命に関わるおそれもあります。
なお、急性中毒の主な原因とされるトルエンは、尿細管傷害や代謝産物の蓄積によって代謝性アシドーシスを引き起こし、急性腎不全にいたるケースも報告されています。

慢性シンナー(トルエン)中毒の症状

長期間にわたってシンナーの蒸気にさらされることで、易疲労感(疲れやすさ)、倦怠感、頭痛、めまい、嘔気(吐き気)、嘔吐などの症状がみられます。
また、電解質異常がみられる場合や、肝臓、腎臓などの臓器に障害が生じる可能性も知られています。
さらに、手のふるえ、歩行困難、目のかすみ、呂律が回らないといった持続的な神経症状がみられる場合もあります。
これらの臓器障害や、神経障害は進行性となることもあり注意が必要です。
トルエン以外については、例えばメチルアルコールや酢酸メチルによる慢性中毒では、視力低下をきたすケースも報告されています。

このように、シンナーにさらされた状況があり、頭痛、倦怠感、吐き気などの症状が出ている場合には、すぐに救急外来を受診してください
また、意識状態の変化や、激しい嘔吐がみられるなど重症が疑われる場合は、救急車による受診も考慮されます。

シンナー中毒の検査・診断

シンナー中毒は、進行すると命に関わる障害を引き起こすこともあるため、早期の診断と対応が重要です。そのために、まず問診で有機溶剤への曝露歴を確認することが大切です。
患者さんの呼気にシンナー特有の刺激臭がみられる場合、それが診断の手がかりになります。
また、シンナーの代表的な主成分であるトルエンの代謝産物である馬尿酸は、尿検査で測定が可能です。

血液検査では、肝機能、腎機能、電解質に異常がないか確認します。加えて、代謝性アシドーシスの評価には、動脈血ガス分析が用いられます。
不整脈や肺炎の合併が疑われる際には、心電図や胸部X線検査も行われます。
中枢神経系への影響が疑われる際には、神経学的診察に加えて、必要に応じて脳波検査が実施されます。

慢性中毒が疑われるケースでは、脳の広範な萎縮がみられることがあり、これに対しては頭部CTやMRIによる画像検査が検討されます。
特にMRIでは、広範な脳萎縮に加え、T2強調画像において、大脳(深部白質、内包後脚)、脳幹(橋腹側部、中小脳脚)、小脳などに高信号域が確認される場合があるため、脳損傷の評価には有用です。

シンナー中毒の治療

シンナー中毒(トルエン中毒)の治療は、症状の程度や影響を受けた臓器によって異なります。
メチルアルコールなど、成分によっては解毒薬の投与など異なる対応が必要な場合もありますが、一般的には出現した症状に応じた治療(対症療法)が中心です。

まずは十分な換気環境を確保し、呼気からの排出を図ることが大切です。また、シンナーによる衣服の汚染が疑われる場合には、衣服を交換し、皮膚への再曝露を防ぐ必要があります。
さらに、必要に応じて点滴による補液や電解質の補正が行われます。加えて、意識障害や呼吸状態の悪化などを伴う重症例では、まず全身状態を安定させるための集中治療が必要になります。
また、重度の腎障害が認められる場合には、血液濾過透析が必要となる場合もあります。

慢性的な中毒が背景にある場合には、精神的・社会的な側面にも目を向けた支援が求められます。再発防止のためのカウンセリングや環境調整、専門機関との連携などが重要となります。
回復後も、職場環境の見直しや定期的な健康管理を行うことで、再発を防ぐことが重要です。

シンナー中毒になりやすい人・予防の方法

塗装や接着など、シンナーを使用する作業に従事する方は、適切な防護と良好な換気環境が重要です。
作業時には、有機ガス用防毒マスクや手袋、ゴーグルなどの保護具を使用し、換気の悪い場所での長時間作業は避けるようにしましょう。有機溶剤の使用環境によっては、送気マスクの着用が必要となる場合もあります。
また、定められた健康診断は必ず受けるようにしましょう。

加えて、シンナーを快感を得る目的で吸引する行為は大変危険で、命に関わる重大なリスクを伴います。決して安易に吸引しないよう注意が必要です。
かつて日本では、若年層によるシンナー遊びが社会問題となった時期がありました。現在ではその件数は減少傾向にありますが、危険性が十分に認識されていないこともあり、引き続き注意が必要です。特に思春期の若者に対しては、家庭や学校など身近な場で、正しい知識を伝えることが再発防止につながります。

また、誤って目や皮膚に付着した場合は、すぐに流水で十分に洗い流してください。
誤飲した場合には、無理に吐かせようとすると誤嚥を引き起こし、肺炎などのリスクが高まるため、速やかに医療機関を受診しましょう。

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