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慢性砒素中毒
五藤 良将

監修医師
五藤 良将(医師)

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防衛医科大学校医学部卒業。その後、自衛隊中央病院、防衛医科大学校病院、千葉中央メディカルセンターなどに勤務。2019年より「竹内内科小児科医院」の院長。専門領域は呼吸器外科、呼吸器内科。日本美容内科学会評議員、日本抗加齢医学会専門医、日本内科学会認定医、日本旅行医学会認定医。

慢性砒素中毒の概要

慢性砒素中毒(まんせいひそちゅうどく)は、第33番元素である砒素(ヒ素)を、「比較的微量」かつ「長期間」体内に摂取した際にみられる中毒症状のことです。

砒素や砒素化合物の多くは強い生物毒性を持つことで知られ、農薬、殺虫剤や木材の腐食防止剤などに利用されるほか、医薬品や半導体の原料にも利用されています。

砒素は、水や土壌などの自然界の環境中に、低濃度ではあるものの広く分布しています。ただし、その毒性の強さから、世界的に環境中への人為的放出や食品への残留量などが厳しく制限されています。日本国内でも「水道法」「水質汚濁防止法」等の規制対象となる物質です。

砒素や砒素化合物を摂取した場合の中毒症状には、急性のものと慢性のものがあり、それぞれ症状などが異なるため、区別して扱われることが多いです。

慢性砒素中毒の症状は、色素沈着などの皮膚症状が特徴的とされ、進行すると呼吸器、神経、内臓など全身にさまざまな障害を生じます。重篤な例では皮膚がんや肺がん、腎臓がんなどのがん、および肝障害や末梢血管障害を併発しやすいことが知られています。

現在のところ、慢性砒素中毒に対する治療手段は限られており、患者の状態や各症状に合わせた対症療法が主におこなわれています。

慢性砒素中毒の原因

慢性砒素中毒の主な原因は、数年から数十年単位での長期間、微量の砒素を継続的に摂取することです。 主に地下水や井戸水などの飲料水の汚染が広く知られ、日本国内でも過去に鉱山地域周辺で公害問題となりました。他に精錬作業者などが職業上の曝露(ばくろ)を受けて発症するケースもあります。

また、過去の急性砒素中毒から数十年が経過して、慢性砒素中毒の症状が出る例も報告されています。

慢性砒素中毒の詳しい発症メカニズムは明らかになっていないものの、砒素は細胞のエネルギー産生に関わる酵素を阻害する毒性があります。体内に取り込まれ排出できなかった砒素の影響により、細胞死を引き起こすことで、全身にさまざまな症状が現れると考えられています。

日本人の食習慣から、魚介類や海藻類に多く含まれることがある「有機砒素化合物」の摂取について懸念する意見が一部にありますが、水質汚染で問題となる「無機砒素化合物」とは安全性の評価が異なるとの見解もあります。砒素が人間の健康に及ぼす影響についての研究は、今も続けられています。

慢性砒素中毒の前兆や初期症状について

慢性砒素中毒は、多くの場合、慢性的に起きる健康被害として発生するため、明確な前兆を捉えることは難しいと言えます。 ごく初期の症状としては、唇や口腔内に色素沈着がみられることがあるとされていますが、これらも明確なものではありません。

一般的に、慢性砒素中毒の初期症状は皮膚や粘膜に現れやすいのが特徴とされています。多くのケースで、皮膚の色素沈着、白斑、角化(盛り上がって硬くなる)などが見られます。

症状が進むと、皮膚や粘膜の機能障害、末梢神経や脳神経、あるいは呼吸器の障害など、さまざまな症状が出ます。さらに皮膚がん、肝臓がん、肺がんなどのがんの原因となることもあります。

慢性砒素中毒の検査・診断

慢性砒素中毒は、各症状の臨床的所見から総合的に診断されます。尿や血液、髪の毛や爪などを分析し、砒素の摂取量や体内への蓄積を検査することもあります。

皮膚や各臓器の機能に異常がないかの検査、あるいはがんの発症リスクなどを評価するための検査として、各種の画像検査も活用されます。がんの疑いがある場合は病理検査を実施することもあります。

慢性砒素中毒の治療

現在のところ、慢性砒素中毒に対する根本的な治療法はありません。急性砒素中毒と同様に、キレート剤を用いた治療がおこなわれることもありますが、慢性砒素中毒の症状に対する有効性は限定的であると考えられています。

したがって、慢性砒素中毒の治療では、患者の状態や各症状に合わせた対症療法が主におこなわれています。

また、慢性砒素中毒において治療と並んで重要とされるのが「汚染源の特定」です。 どこで発生した砒素が、どのように体内に入ったのかを詳しく調査し、可能であれば汚染源そのものを除去するか、あるいは汚染源から遠ざけて、新たな砒素を体内に蓄積させないことが重要になります。

慢性砒素中毒になりやすい人・予防の方法

慢性砒素中毒になりやすい人は、飲み水などの生活環境が砒素の汚染を受けている人です。

世界には今もなお、技術的あるいは経済的な理由から、飲み水についてじゅうぶんな安全確保が難しい地域が多く残っています。そうした地域の中には、砒素を多く含む地層を通る井戸水などがそのまま飲み水として利用されるケースが見られます。

日本国内においては水道法や水質汚濁防止法により水質の基準値が設けられ、水道水に含まれる砒素およびその化合物は厳しく制限されているため、通常の生活では慢性砒素中毒の発症を心配するようなことはほとんどないと言えます。しかし、井戸水から基準値を超える砒素が検出される事例などがまれにみられます。

慢性砒素中毒を確実に予防する手段はありませんが、飲み水や食品などの安全性に気を配ることが、慢性砒素中毒のリスク低減につながるといえるでしょう。

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