

監修医師:
前田 広太郎(医師)
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酸性リパーゼ欠損症の概要
酸性リパーゼ欠損症は、細胞内小器官であるライソゾーム内に存在する酵素「ライソゾーム酸性リパーゼ」の活性が低下または消失することにより、細胞内で脂質(特にコレステロールエステルとトリグリセリド)が適切に分解されず、肝臓や副腎、血管、腸などさまざまな臓器に脂質が蓄積する、非常にまれな常染色体劣性遺伝疾患です。この病気は臨床的に、重症型であるウォルマン病(乳幼児発症型)と、比較的緩徐に進行するコレステロールエステル蓄積症(小児〜成人発症型:CESD)に大別されます。ウォルマン病では生後数ヶ月以内に症状が現れ、急速に進行して1歳未満で死亡することが多い一方、コレステロールエステル蓄積症は軽症例もあり発見が遅れることもあります。近年はセベリパーゼアルファの静注で酵素補充療法を行うことにより生命予後が改善しました。
酸性リパーゼ欠損症の原因
酸性リパーゼ欠損症は、LIPA遺伝子の変異によって発症します。この遺伝子は、ライソソーム酸性リパーゼをコードしており、変異があることで酵素活性が消失または大幅に低下します。常染色体劣性遺伝形式であり、両親が保因者である場合、子どもが患者となる確率は25%です。罹患者の兄弟姉妹は25%の確率で罹患者となり、50%の確率で無症候性、25%の確率で罹患者でもキャリアでもないということになります。重症型であるウォルマン病は、酵素活性がほとんどゼロであるケースが多く、軽症型のコレステロールエステル蓄積症では部分的に酵素活性が残存している(残存活性2~11%)場合が一般的です。特定の民族集団で特定の変異が高頻度でみられることもあります。
酸性リパーゼ欠損症の前兆や初期症状について
ウォルマン病(乳幼児発症型)は、生後数週から数ヶ月で、嘔吐、下痢、発育不良、脂肪便、腹部膨満、肝脾腫が目立ちます。
コレステロールエステル蓄積症(小児〜成人発症型:CESD)は、小児期から肝酵素の軽度上昇、脂質異常(高LDLコレステロール、低HDLコレステロール、高トリグリセリド)で見つかることが多いです。肝脾腫がみられ、進行すると脂肪肝、線維化、肝硬変、さらには肝細胞癌に至ることもあります。動脈硬化や心血管系の疾患を早期に発症することもあります。コレステロールエステル蓄積症は重症度によっては無症状で、普通の生活を送っていることもあります。
酸性リパーゼ欠損症の検査・診断
血液生化学検査では血清脂質の脂質(LDLコレステロールやトリグリセリドの上昇、HDLコレステロールの低下)、肝機能(AST、ALTの軽度〜中等度上昇)をみとめます。酵素活性測定(末梢血白血球または乾燥血点を用いたライソゾーム産生リパーゼ活性の測定)を行います。遺伝子解析として、LIPA遺伝子の塩基配列を解析し、病原性変異が同定されれば確定診断となります。
画像診断としては、腹部超音波やCTにより肝脾腫、副腎の石灰化を確認します。必要に応じて肝生検を行います。腸管壁の脂肪沈着、黄色板症など脂肪蓄積を疑う所見もみられます。成人型のコレステロールエステル蓄積症は脂質異常症や脂肪肝との鑑別が重要です。他の鑑別疾患としては、酸性スフィンゴミエリナーゼ欠損症、ゴーシェ病、家族性高コレステロール血症、特発性肝硬変、非アルコール性脂肪性肝疾患などがあります。
酸性リパーゼ欠損症の治療
ウォルマン病(乳幼児発症型)は、重度の栄養不良や副腎不全を合併し、通常は1歳未満で死亡する例が多いです。 造血幹細胞移植による治療が奏功しない場合、ウォルマン病患児は1歳過ぎまで生存することはないとされてきました。しかし、近年酵素補充療法として、セベリパーゼアルファが承認され、2週間に1回静注することで予後が改善傾向です。 ウォルマン病(乳幼児発症型)では酵素補充療法により劇的な生存期間延長が示されました。1年生存率は67~90%、2年生存率は56~80%程度、5年生存率は68%程度で、治療を早期に開始すればするほど予後が良好であることがわかっています。コレステロールエステル蓄積症(小児〜成人発症型:CESD)では酵素補充療法により肝酵素・脂質異常の改善が認められています。その他の支持療法として、副腎不全へのホルモン補充、栄養療法(脂質制限・経腸・経静脈栄養) 、肝硬変や肝不全を合併した場合は肝移植が考慮されることもあります。コレステロールエステル蓄積症に対してはスタチンなどの脂質異常症治療薬の投与が行われますが、根本的な改善には酵素補充療法が必要です。コレステロールエステル蓄積症では、小児では成長と栄養状態を注意深く観察し、空腹時の脂質レベルや血小板、間酵素の測定を6ヶ月毎に行うことが推奨されます。成人では疾患の重症度に応じて6~12ヶ月毎に栄養状態や血液検査での評価を行います。
酸性リパーゼ欠損症では肝脾腫や重症肝障害を認める場合は食道静脈瘤の評価のため上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)を3年に1度程度行うことが推奨されます。食道静脈瘤を合併している場合、非選択的β遮断薬を投与することにより出血のリスクが低くなるとされます。非ステロイド性抗炎症薬(解熱鎮痛薬の一種)は出血のリスクが高まることから投薬は避けた方が良いとされます。
酸性リパーゼ欠損症になりやすい人・予防の方法
酸性リパーゼ欠損症は遺伝形式が常染色体劣性遺伝であるため、兄弟姉妹や親族に対する保因者診断、出生前診断、遺伝カウンセリングが推奨されます。新生児スクリーニングは現時点では実施されていませんが、将来的に導入される可能性があります。
世界的には稀な疾患ですが、診断技術の進歩により報告数は増加傾向にあります。海外における推定ではウォルマン病は35万人に1人、コレステロールエステル蓄積症は30万~5万人に1人とされます。いずれも日本では非常に稀とされますが、コレステロールエステル蓄積症は発見されていない場合も含め実際にはもっと多く罹患している可能性もあります。予防の方法はなく、早期発見による早期治療が予後改善に重要です。
参考文献
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