目次 -INDEX-

PCB中毒
前田 広太郎

監修医師
前田 広太郎(医師)

プロフィールをもっと見る
2017年大阪医科大学医学部を卒業後、神戸市立医療センター中央市民病院で初期研修を行い、兵庫県立尼崎総合医療センターに内科専攻医として勤務し、その後複数の市中急性期病院で内科医として従事。日本内科学会内科専門医、日本腎臓学会腎臓専門医、日本透析医学会透析専門医、日本医師会認定産業医。

PCB中毒の概要

PCB中毒(ポリ塩化ビフェニル中毒)とは、ポリ塩化ビフェニル(PCB)という1940~1970年代に広く使われた合成有機化合物による中毒です。かつて潤滑剤、切削油、建材や機械の電気絶縁体、工業用冷却液、プラスチックの可塑剤、紙用インクとして使用されていました。色は無色または淡黄色、液体から固体まで多様です。非常に化学的に安定で、自然界では分解されにくく、長期間環境中に残存します。これらは、流出、機器からの漏れ、不適切な廃棄や保管を通じて環境中に放出されました。アメリカでは1978年に、世界的には2004年に使用が禁止されました。しかし、PCBは土壌や堆積物に強く結合する性質を持つため、依然として環境中に長く残存しています。主な汚染源は、古い変圧器やキャパシタ、蛍光灯器具、塗料、シーリング材などです。廃棄や漏出により土壌や水に広く拡散し、魚類や動物に濃縮されます。最も一般的な曝露経路は食品を通じたものとされます。PCBは脂溶性のため、魚介類や家畜の脂肪組織に蓄積しやすい性質があります。そのため、高い血中PCB濃度が維持されている場合、これが月経周期の延長や、妊娠までの期間の延長と関連していると報告されています。

PCB中毒の原因

PCB中毒の原因として、飲食物からの摂取が挙げられます。PCBは食物連鎖を通じて濃縮し、特に魚、肉、乳製品に高濃度で蓄積します。一般成人では食事が主な曝露経路です 。 また、呼吸や室内環境からの吸入もあり、PCBは室内空気やホコリにも含まれ、吸入や誤飲、皮膚接触による曝露も見られます。特に建築材料に使用された箇所では高濃度空気中PCBが存在します。また、職業曝露としてPCBが使用された機器の修理・解体、PCB含有器具の事故や火災などで作業者が高濃度に曝露する場合があります。その場合は呼吸・皮膚接触が主な侵入経路です 。

日本確認された最初のPCB中毒の患者は、にきび様の発疹を呈した3歳の女児で、1968年6月に九州大学病院の外来を受診、8月末までに、4家族の間で合計13人の患者が、同様の症状を訴えて同じ外来に紹介されたことがきっかけでした。この症状は家族内で集団的に発生しており、にきび様の皮疹、皮膚の色素沈着、目やにの増加を特徴とし、市販の米ぬか油の摂取が原因とされ「油症」と命名されました。さらに加熱処理によりダイオキシン類を不純物として含んでいたことも明らかになっており、カネミ油症事件と呼ばれています。その他の集団PCB中毒の例としては、台湾・油症事件(1979年)があり、同様の臨床像が報告されました。

PCB中毒の前兆や初期症状について

初期症状として、顔面・体幹に「クロロアクネ」と呼ばれるニキビ様の皮疹、眼・口唾液腺の色素沈着、目ヤニの増加を伴う結膜炎などの皮膚・粘膜障害が典型的とされます。頭痛、倦怠感、咳、嘔吐、呼吸障害などの全身症状も伴うことがあります。

慢性期や低線量曝露の場合、無症状であることも多いとされます。皮膚症状は年々軽症化するとされます。一部では肝機能障害(AST/ALT上昇)、慢性肝炎、脂肪肝、黄疸、体重減少、倦怠感、浮腫、頭痛などが報告されています。PCBは内分泌攪乱物質でもあり、甲状腺ホルモン異常、発育障害、性ホルモンや神経発達への影響も報告されています。油症の発生から40年以上経過した後でも、全身倦怠感、神経障害、関節痛といった症状に苦しんでいることが報告されています。

また、小児・胎児への影響として、妊娠中の曝露で低体重出生、出生直後の行動異常(運動発達、短期記憶低下)、免疫機能低下が報告されています。母乳からの曝露により幼児期の神経発達に影響が出る可能性が示唆されていますが、一方で授乳自体のメリットを考慮すると過剰な心配は不要とされています。発がん性も指摘されており、肝癌、胆道癌、非ホジキンリンパ腫、乳癌などとの関連が疑われています。

PCB中毒の検査・診断

問診、および職歴・曝露歴を聴取します。PCBが使用されている機器の使用歴や、汚染魚の摂取歴、家庭内に同様の症状がみられるかどうか、二次曝露など詳細に調査します。身体所見として、皮膚のニキビ様皮疹がみられるか確認します。肝腫大や圧痛などがないかを確認します。血液検査で血中PCB濃度測定(環境・職業曝露の指標)、 肝機能や脂質異常症、甲状腺機能などを確認します。 画像診断として超音波検査で肝エコーやCTを撮像し肝腫大・脂肪肝などの評価を行います。心理発達検査(幼児期)も検討します。

PCB中毒の治療

特異的治療薬はなく、対症療法が中心になります。皮膚症状に関しては、外用・抗生物質などを使用しますが、改善まで数ヶ月〜数年要する場合があります。肝障害、内分泌異常、代謝異常に対しても、支持療法(肝保護、ホルモン補充、生活習慣改善など)が行われます。 神経発達異常・免疫機能低下に関しては脳神経内科、小児科などの専門的診察でフォローします。 曝露源がわかっている場合は汚染物や食材の摂取中止、曝露環境の改善など公衆衛生指導を必要とします。

PCB中毒になりやすい人・予防の方法

現在、PCBは世界的に禁止されており通常生活での曝露のリスクは高くありません。しかし、曝露されていると思われる食物(特に魚・乳製品)があれば摂取制限を行います。古い機器でPCBが使用されている疑いがあれば除去・封じ込め、換気、清掃(ホコリ対策)等を行い、PCB含有製品は法令に基づき処分します。確立された予防法はありません。

参考文献

  • 1)Yoshiyuki Kanagawa, et al. Association of clinical findings in Yusho patients with serum concentrations of polychlorinated biphenyls, polychlorinated quarterphenyls and 2,3,4,7,8-pentachlorodibenzofuran more than 30 years after the poisoning event. Environ Health . 2008 Oct 2;7:47.
  • 2)Takesumi Yoshimura, et al. Yusho in Japan. Ind Health . 2003 Jul;41(3):139-48.
  • 3)AGENCY FOR TOXIC SUBSTANCES AND DISEASE REGISTRY. CASE STUDIES IN ENVIRONMENTAL MEDICINE Polychlorinated Biphenyls (PCBs) Toxicity.
  • 4)Muktar H. Aliyu, et al. To Breastfeed or Not To Breastfeed: A Review of the Impact of Lactational Exposure to Polychlorinated Biphenyls(PCBs) on Infants. Journal of Environmental Health Vol. 73, No. 3 (October 2010), pp. 8-15
  • 5)Lindsay Ellsworth, et al. Lactational exposure to polychlorinated biphenyls is higher in overweight /obese women and associated with altered infant growth trajectory: A pilot study. Curr Res Toxicol . 2020 Oct 28:1:133-140.
  • 6)吹譯 紀子, 他:油症の現況. 臨床皮膚科 62巻 5号 pp. 143-145. 2008
  • 7)内 博史:油症の現状. 皮膚病診療 35巻 3号 pp. 224-229. 2013

この記事の監修医師