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大坂 貴史

監修医師
大坂 貴史(医師)

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京都府立医科大学卒業。京都府立医科大学大学院医学研究科修了。現在は綾部市立病院 内分泌・糖尿病内科部長、京都府立医科大学大学院医学研究科 内分泌・糖尿病・代謝内科学講座 客員講師を務める。医学博士。日本内科学会総合内科専門医、日本糖尿病学会糖尿病専門医。

サリン中毒の概要

サリン中毒とは、神経ガスの一種であるサリンに触れることで起こる中毒症状のことを指します。サリンは無色無臭の液体や気体で、わずかな量でも人の体に深刻な影響を及ぼすほどの非常に強い毒性を持っています。サリン中毒になると、瞳孔が小さくなって視界が暗くなったり、筋肉がぴくぴくとけいれんしたりといった症状が現れる他、重症になると呼吸が苦しくなり最悪の場合死に至ります。日本ではこれまでに1994年の松本サリン事件、1995年の地下鉄サリン事件でサリンが使用され、多くの人が被害を受けました。治療としてはサリンをいち早く取り除くことと、解毒薬となるプラリドキシム(PAM)が重要です。(参考文献1)

サリン中毒の原因

サリン中毒の原因は、サリンが体内に入ることで起こります。サリンは「アセチルコリンエステラーゼ」という酵素の働きを妨害します。通常、この酵素は神経伝達物質であるアセチルコリンを分解する働きをもっており、神経伝達を調整する役割を果たしています。しかし、サリンが体内に入ると、この酵素が働かなくなり、神経の信号が過剰に伝わるようになります。その結果、筋肉が異常に収縮したり、呼吸ができなくなったりします。

サリンは直接触れたり飲んだりするだけでなく、皮膚に触れたり口から吸い込んだりすることでも体内に入り込みます。そのため、サリンは液体の状態でも危険ですが、気体になると周辺に居合わせただけの人たちでも一斉に発症する可能性があります。(参考文献1,2)

サリン中毒の前兆や初期症状について

サリン中毒の症状は、軽症、中等症、重症に分けられます。

軽症では、体のだるさを感じる、吐き気や嘔吐がある、涙や鼻水が止まらなくなる、発汗するといった症状が見られます。

中等症では、瞳孔が小さくなり、光を感じにくくなったり視界が暗くなったりすることがあります。他にも筋肉がピクピクとけいれんする、言葉が話しにくくなるなどの症状が見られます。

重症では意識混濁(わけがわからなくなる状態)や意識を失う昏睡状態、けいれん発作、呼吸停止などが起こる可能性があります。これらの重度の症状が現れると、迅速な治療を受けない限り命に関わります。

また、急性の中毒症状を乗り越えても、首や腕の筋肉の脱力や呼吸障害が長引くことがあります。中毒症状の発症から数週間後に運動するための筋肉が上手く動かせない症状が生じることもあります。こうした症状は後遺障害と言われます。(参考文献1)

サリン中毒の検査・診断

サリン中毒の診断は、症状の確認と血液検査を組み合わせて行われます。まず医師は、患者がサリンにさらされた可能性があるかどうかを詳しく聞きます。そして、瞳孔の変化や筋肉の状態を確認し、サリンの影響を判断します。

加えて、血液検査を行い、コリンエステラーゼの活性(働きの強さ)を調べます。コリンエステラーゼの活性が著しく低下している場合、サリン中毒が疑われます。

このように、症状や血液検査の結果を総合的に考えて診断されます。(参考文献1)

サリン中毒の治療

サリン中毒の治療では、まず最初に「体からサリンを取り除く」ことが重要です。そのためには、以下のような対応が必要になります。

現場での応急処置としては次のようなものがあります。

  • 新鮮な空気のある場所へ避難する: サリンが充満している場所から遠ざかります。
  • 汚染された衣服を脱ぐ: 皮膚に付着したサリンを減らすため、衣服をすぐに脱ぎます。
  • 皮膚を洗う: 石けんと大量の水で皮膚を洗い、サリンを取り除きます。

そして病院では、サリンの影響を抑えるために主に2種類の薬剤が使用されます。まず症状を抑えるためにアトロピンを使用します。アトロピンはサリンにより過剰になったアセチルコリンの作用を抑えます。次にプラリドキシム(PAM)を使用します。PAMはサリンによって働かなくなったアセチルコリンエステラーゼの働きを回復させる効果のある解毒薬です。

また、それぞれの症状に対して必要に応じて治療が行われます。例えば、もし意識障害があるようであれば人工呼吸と酸素投与が行われることがあります。また、けいれんに対してはジアゼパムという脳の活動を抑える薬が使われることもあります。(参考文献1)

サリン中毒になりやすい人・予防の方法

サリンは自然界には存在せず、人為的に作られた化学兵器です。そのため、サリン中毒は一般的な病気ではなく、主にテロや戦争などの特殊な状況で発生します。

日本ではオウム真理教による1994年の松本サリン事件、1995年の地下鉄サリン事件が大きな被害をもたらしました。松本サリン事件では長野県松本市北深志所在の駐車場でサリンが散布され、8人がサリン中毒で亡くなり、約140人がサリン中毒を発症しました。また、地下鉄サリン事件では東京都千代田区の営団地下鉄霞ヶ関駅に向かう日比谷線、千代田線及び丸ノ内線の各車両内にサリンが撒かれ、乗客13人がサリン中毒で亡くなり、5800人以上がサリン中毒症を発症しました。これらの事件をきっかけに、日本では化学兵器の取締りが強化され、再発防止のための対策が進められています。(参考文献2)

参考文献

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