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人工流産
佐伯 信一朗

監修医師
佐伯 信一朗(医師)

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兵庫医科大学卒業。兵庫医科大学病院産婦人科、兵庫医科大学ささやま医療センター、千船病院などで研鑽を積む。兵庫医科大学病院産婦人科 外来医長などを経て2024年3月より英ウィメンズクリニックに勤務。医学博士。日本産科婦人科学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、母体保護法指定医。

人工流産の概要

人工流産は、日本では1948年以来、母体保護法(以前の優生保護法)のもとで、約70年以上にわたり合法的かつ安全に実施されてきた医療行為です。諸外国では1970年代半ばになってようやく合法化が進んだのに対し、日本は比較的早くから母体の健康を守る観点から法整備が行われてきました。現在は妊娠22週未満までが実施可能で、1990年に当時の24週から引き下げられました。これは、新生児医療の進歩により、母体外での生存可能な時期が変化したことによるものです。2023年から経口薬による方法も導入され、医療の選択肢が広がっています。

人工流産の原因

本来、人工流産は母体の生命や健康を守るために法律で認められた医療行為です。当初は深刻な医学的理由に限られていましたが、1949年からは経済的な理由も認められるようになりました。現在の実施件数は、1955年の約117万件をピークに減少傾向が続いており、2022年度では約12万件となっています。その内訳を見ると、妊娠12週以降の処置は7千件以上、妊娠9週までの初期の処置は10万件程度と推定されます。この減少傾向は、性教育の充実や避妊に関する知識の普及などが影響していると考えられています。

人工流産の前兆や初期症状について

人工流産は計画的な医療処置であり、前兆や初期症状という概念はありませんが、実施にあたって重要な確認事項があります。特に、正確な妊娠週数の確認が不可欠です。これは妊娠12週を境に処置方法が大きく異なるためです。また、12週1日以降は法律上、死産として扱われ、出産育児一時金の給付対象となるなど、社会的な扱いも変わってきます。医師による詳しい説明と検査が行われ、処置に関する十分な理解を得ることが必要です。

人工流産の検査・診断

実施前には、医師による診察と検査が行われます。処置方法の選択に直接関わる妊娠週数の確認のほか、全身状態の評価も重要です。世界保健機関(WHO)のガイドラインでは、初期の人工流産に関して、吸引法もしくは薬剤による方法を推奨しています。近年、欧米では吸引法の方が掻爬法より合併症の発生率が低いことが報告されていますが、日本では長年の実績により、安全に実施できる体制が整っています。医師は検査結果に基づき、各患者さんに最も適した方法を選択します。

人工流産の治療

治療方法は妊娠週数によって大きく二つに分かれます。妊娠12週までの初期人工流産では、2023年から導入された経口薬による方法が新たな選択肢となっています。ただし、この方法は入院可能な医療機関でのみ実施可能です。現在は様々な制約がありますが、特に妊娠初期の症例や、手術によるリスクが高い場合に効果を発揮すると考えられています。 妊娠12週1日から21週6日までの中期人工流産では、1984年から導入されたゲメプロストという薬剤により、安全性が向上しました。この方法では、頸管を徐々に広げた後、薬剤を3時間ごとに投与して行います。十分な時間をかけて慎重に実施することが重要で、必要に応じて翌日まで経過を見ながら行います。緊急時の対応が可能な医療機関で実施されることが望ましく、最近では周産期センターなどの高次医療機関での実施が推奨される傾向にあります。

人工流産を受ける可能性のある人・予防の方法

2022年度の統計によると、20-24歳が約3万件、25-29歳が約2.6万件、30-34歳が約2.2万件と、20代から30代前半での実施が多くなっています。予防の観点からは、性教育の充実と適切な避妊の実践が重要です。また、医療機関へのアクセスのしやすさも大切な要素となります。初期の段階での処置は、身体的な負担が比較的少なく、合併症のリスクも低くなります。そのため、処置が必要となった場合は、できるだけ早期に医療機関を受診することが推奨されます。処置は母体保護法指定医師によって行われ、適切な説明と同意のもとで実施されます。特に中期の処置を行う場合は、合併症のリスクを考慮し、輸血や緊急手術にも対応できる医療機関で行うことが望ましいとされています。また、処置後の避妊指導も重要な要素となります。将来的には、性教育のさらなる充実により予期せぬ妊娠の減少が期待されます。一方で、必要な場合には安全で適切な医療を受けられる体制を維持することも重要です。現在、年間12万件程度ある人工流産は、少子化や性教育の充実により今後も減少していくと予想されますが、医療機関には安全で適切な医療の提供が求められています。

関連する病気

参考文献

  • 厚生労働省:令和4年度衛生行政報告例の概況. 5.母体保護関係.
  • Kim CR, et al: Abortion Care Guideline Development Group: Enabling access to quality abortion care: WHO's Abortion Care guideline. Lancet Glob Health 2022; 10: e467-e468.
  • 石谷 健:人工妊娠中絶~今,何が問題になっているのか?人工妊娠中絶で医療事故を起こさない・巻き込まれないためには?日本産科婦人科学会雑誌2018; 70: 2491-2496.
  • 石谷 健,他:最近の人工妊娠中絶に関する話題.産婦人科の実際2022; 71: 1233-1238.
  • 石谷 健:ゲメプロスト処方等における運用実態と注意点.日本産科婦人科学会雑誌2021; 73: 1740-1745.

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