

監修医師:
大坂 貴史(医師)
薬剤耐性の概要
薬剤耐性とは、病原体や”がん”が、薬の効果を受けにくくなる現象のことを指します。細菌感染症に抗菌薬が効かなくなる例や、がん治療中に抗がん剤の効果が薄れて腫瘍が再び進行するケースなどがこれに該当します。細菌が耐性を獲得するメカニズムには、他の菌から耐性遺伝子を受け取る場合や、薬に強い菌だけが生き残って増殖する場合などがあります。
薬剤耐性の獲得は、適切な治療にもかかわらず想定外に症状が長引いたり、治療に反応しなくなったりすることで疑われます。診断のための検査には、細菌の薬剤感受性検査や、がんであれば画像検査・腫瘍マーカーの推移が用いられます。
薬剤耐性への対応として、薬剤の種類を変更したり、がんでは遺伝子検査を活用して新たな選択肢を探る方法があります。風邪への抗菌薬の乱用は耐性菌の原因となるため注意が必要で、HIVのようなウイルス感染症でも、複数薬剤の併用や服薬継続が耐性予防に不可欠です。
薬剤耐性の原因
薬剤耐性とは、病原体やがん細胞が薬剤の効果を受けにくくなる現象を指します。「細菌感染症に対して抗菌薬を使用していたら、薬の効かない細菌が広がってしまった」「抗がん剤治療をしていたら、はじめは効果があったものの、途中から腫瘍が大きくなってしまった」という現象を薬剤耐性と呼びます。
細菌が抗菌薬に対して耐性を獲得する原因は様々な説がありますが、もともと耐性のある違う種類の菌から薬に強くなる遺伝子が伝搬してしまう説や、治療対象の細菌のなかでも使用されている薬剤に耐性をもった集団が生き残って増殖する説が有名です。
がん治療における薬剤耐性も治療上問題となることが多いです。治療の過程で一部のがん細胞が抗がん剤に耐える性質を獲得すると、その性質をもったがん細胞が増殖して、腫瘍抑制効果が弱くなってしまうといわれています。
薬剤耐性の前兆や初期症状について
薬剤耐性そのものには特有の自覚症状があるわけではありません。しかし、感染症に対して適切な抗菌薬を使用しても症状が改善しない、あるいは再燃を繰り返すといった経過は、薬剤耐性菌によって感染症が引き起こされていることを示唆します。たとえば、尿路感染症に対して抗菌薬で治療をしても何度も再発を繰り返す、肺炎が通常よりも長引くなどのケースです。
がん治療でも同様に、治療初期にはよく効いていた抗がん剤が次第に効かなくなり、腫瘍が再び大きくなったり、他の臓器へ転移することがあります。がん薬物療法中は定期的に検査をして腫瘍を適切にコントロールできているかを確かめます。画像検査の結果、腫瘍が大きくなっていたり、新しい転移巣が確認されたとき、血液検査で腫瘍マーカーの数値が上昇してきたりするときには、耐性獲得を考えます。
一般の方が「薬剤耐性かも」と考える機会は少ないかと思いますが、適切な抗菌薬・抗ウイルス薬の使用にもかかわらず症状が長引く場合には、かかりつけの医療機関を受診してください。
薬剤耐性の検査・診断
細菌感染症の治療中に薬剤耐性を疑った時には、培養検査や薬剤感受性検査を行います。この感受性検査では、病気の原因になっている細菌に対して、どの種類の抗菌薬が効きやすいのか分析します。その結果、もともと使用していた抗菌薬への感受性低下が確認されれば「薬剤耐性を獲得した」と判断します。
ウイルス性疾患の薬剤耐性獲得は、検査結果から判断したり、インフルエンザなどの流行性疾患では医療機関からの情報提供をもとに「このシーズンのインフルエンザは○○に対して薬耐性がある」と疑われることがあります。
がん治療においては、定期的な画像検査や血液検査の結果、「この薬の効きが悪くなってきたな」と判断される際に、薬剤耐性を獲得したと判断します。
薬剤耐性の治療
感染症における薬剤耐性に対しては、使用する抗菌薬や抗ウイルス薬を変更して対応します。作用メカニズムの異なる薬剤へ変更したり、似た作用メカニズムのなかでも薬剤耐性に強い薬剤がある場合があります。
がん治療でも基本的な考え方は同じです。使用する薬剤を変えて腫瘍抑制効果が出るか経過観察します。
がん治療では、耐性獲得を繰り返した結果、一般的に用いられる薬剤ではコントロールしきれないという状況に陥ることがあります。近年、そのような治療が難しい症例で「がん遺伝子パネル検査」を行うことが増えてきました。がん遺伝子パネル検査は、腫瘍組織内でどのような変化が起こっているのかを詳細に分析し、患者個人個人にあった治療法を探るものです。治療を担当する診療科のみならず、病理診断科や放射線科など多くの専門家が集まって話し合う「エキスパートパネル」を開催し、使える薬剤がないかを議論します。がん遺伝子パネル検査をした症例のうち、約 10% で新しく使える薬剤が見つかり、結果に基づいて治療が開始されます (参考文献 1) 。
薬剤耐性になりやすい人・予防の方法
感染症に対して抗菌薬や抗ウイルス薬の使用中の方、がん化学療法中の方は、使用している薬剤に対する耐性が問題になるリスクがあります。
一般の方ができる薬剤耐性の予防法は少ないですが、「風邪に対する抗菌薬」の使用は耐性菌ができてしまうリスクを高めるため、問題になっています。そもそも風邪の原因のほとんどはウイルス性であり、ウイルス性疾患に対する抗菌薬の使用は無意味です。
ウイルス性疾患でも耐性が問題になることがあります。HIV感染症は多くの種類の薬剤を毎日服用しなければならないとされていますが、これは多くの増殖メカニズムを同時に阻害して、徹底的にHIV増殖を抑えることが、疾患のコントロールと耐性獲得の予防になるためです。一種類の薬剤のみでHIVを治療している時代もありましたが、HIVが薬剤耐性を獲得して使える製剤がなくなってしまうことが問題になっていました。HIVは毎日忘れず服薬することも薬剤耐性獲得の防止になります。
そのほかの疾患でも、薬剤耐性の防止には医師に処方された薬剤は、用法用量を守って使い切ってください。
参考文献




