監修医師:
山田 克彦(佐世保中央病院)
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1p36欠失症候群の概要
1p36欠失症候群は1番染色体の短腕(2つにわかれた染色体の短い部分)の末端である「1p36」という領域の欠失が生じることで発症する先天性の染色体異常です。
主な特徴として、精神発達遅滞や成長障害、てんかん発作、特徴的な顔立ちが挙げられます。
国内では2万5千人〜4万人に1人の頻度で発症し、男女比は3:7で女児に多く見られると報告されています。
(出典:難病情報センター「1p36欠失症候群(指定難病197)」)
新生児期から筋緊張の低下や哺乳不良などの症状が現れ、ほとんどの患者で精神運動発達遅滞が観察されます。精神運動発達遅滞の重症度は染色体欠失の範囲によって異なり、全患者の約80%で中等度から重度の遅滞がある一方で、一部の軽症例では、早期診断と適切な介入によって、日常生活動作や会話が可能になることもあります。
1p36欠失症候群ではてんかん発作や先天性心疾患、肥満、口腔外科疾患、甲状腺機能低下症などの合併症が生じることもあります。
診断は臨床所見と遺伝子学的検査によっておこなわれ、特徴的な顔貌(まっすぐな眉毛や顔面中部後退など)や筋緊張の低下、短い手指や足などが重要な手がかりとなります。
現在のところ、1p36欠失症候群に対する根本的な治療法は確立されておらず、症状に対する対症療法が中心になります。
早期診断と個別のリハビリテーションにより、運動発達や認知機能、コミュニケーション、社会的スキルの改善を図ることが重要です。
てんかん発作や先天性心疾患に対する治療薬の使用など、さまざまな症状に応じた管理もおこなわれます。
1p36欠失症候群の原因
1p36欠失症候群は、1番染色体の1p36領域の欠失によって引き起こされます。
1p36領域の欠如は主に2つの経路で発生します。
一つは生殖細胞の形成時や胎児の発育初期に突然変異として孤発的に起こる場合で、大半の症例の原因になっています。
もう一つは、親のどちらかが均衡転座(無症状のまま染色体の一部が入れ替わること)を持っている場合で、子どもへの遺伝の際に不均衡な形で伝わることで発症します。
しかし、1p36欠失症候群に関連する具体的な遺伝子や発症メカニズムの詳細はまだ解明されておらず、さらなる研究が必要とされています。
1p36欠失症候群の前兆や初期症状について
1p36欠失症候群の初期症状は、出生時から顕著に現れます。
特徴的な顔貌として、まっすぐな眉毛や落ちくぼんだ眼、眼間狭小、尖った顎、広い鼻先、顔面中部後退などが認められます。
また、手足の筋緊張低下や哺乳障害によって、成長障害につながることもあります。
先天性心疾患や難聴が伴うケースもあります。
成長に伴い、精神運動発達遅滞が明らかになってきます。
精神運動発達遅滞の重症度は個人差が大きく、最終的に歩行や会話が可能になる例もありますが、重度の知的障害を呈する場合の方が多いです。
てんかん発作は全患者の4〜5割で見られ、特に乳幼児期に発症することが多いです。
その他の症状として、斜視や肥満、白内障、甲状腺機能低下症、神経芽細胞腫なども報告されています。
また、脳構造や視機能、骨格、外性器、腎臓などの異常も見られることがあります。
(出典:GENEReviews Japan「1p36欠失症候群」)
1p36欠失症候群の検査・診断
1p36欠失症候群の診断は、特徴的な臨床所見の確認と遺伝子検査の組み合わせによっておこなわれます。
臨床所見では特徴的な顔貌、新生児期の筋緊張低下、けいれん、先天性心疾患が含まれ、これらが併存する場合には1p36欠失症候群を含む染色体異常などの遺伝性疾患が疑われます。
確定診断には遺伝子検査が不可欠で、「Gバンド法」「FISH検査」「マイクロアレイ染色体検査」という方法のどれかが選択されます。
これらの遺伝子検査により、1番染色体の1p36領域の欠失を確認することで診断が確定します。遺伝子異常、特に均衡転座に伴う異常では、リスク評価のために遺伝子カウンセリングが重要です。
1p36欠失症候群の治療
1p36欠失症候群に対する根本的な治療法はありません。症状と時期に応じた対症療法や療育を行う包括的なアプローチが必要です。
新生児期の栄養管理、呼吸器管理、けいれんに対する抗てんかん薬治療、心疾患に対する治療に加え、運動発達や認知機能、社会生活技能の発達を目的として、理学療法や作業療法、療育プログラムが実施されます。コミュニケーション能力向上のための療育も試みられます。
発達の遅れや手足の筋緊張低下に関しては、乳幼児期早期からアプローチすることで、症状の緩和が得られる可能性があります。
てんかん発作に対しては、抗てんかん薬がしばしば複数用いられ、点頭てんかんに対しては副腎皮質刺激ホルモンの筋肉注射も試みられます。
適切な治療によって次第に寛解が得られるケースもあれば、生涯にわたって持続するケースもあります。
摂食困難がある場合は、言語療法による特別な摂食技術の提供や、胃ろうチューブの使用などが検討されます。
その他、心疾患や甲状腺機能低下症、視覚や骨格、聴力、腎臓などの異常に対してもそれぞれ標準的なケアが提供されます。
1p36欠失症候群になりやすい人・予防の方法
1p36欠失症候群は、両親のどちらかが1番染色体の均衡転座を持っている場合に発生する可能性があります。
しかし、ほとんどの症例は生殖細胞形成時や胎児の発育初期に突然変異として発生する孤発例です。
現在のところ、1p36欠失症候群を予防する方法は確立されていません。
しかし、遺伝カウンセリングを受けることで、出生前にリスクの評価や適切な情報を得ることができます。
1p36欠失症候群を持つ子どもがいる家族や、どちらかの親が1p36を含む染色体再配列の保因者と知られている家族に対しては、出生前診断が可能です。
出生前診断により、早期からの治療介入や出生後の適切な環境整備が可能となります。生前診断には、母体血胎児染色体検査が有用で、低侵襲で高精度の結果を得ることが可能です。ただし、検査の適応と結果の倫理的扱いについて十分な配慮が必要です。