

監修医師:
井林雄太(井林眼科・内科クリニック/福岡ハートネット病院)
目次 -INDEX-
葉酸欠乏症の概要
葉酸欠乏症とは「葉酸」と呼ばれるビタミンが不足している状態のことです。
葉酸はビタミンB9とも呼ばれる水溶性ビタミンです。ビタミンB12とともに赤血球などの血液細胞が作られるのを助ける役割があります。また、体を作るのに必要なタンパク質や体の設計図であるDNAなどの核酸が作られるのを促進します。さまざまな細胞の産生に欠かせない栄養素で、全ての年代の人にとって必要です。
葉酸が欠乏すると赤血球が作られなくなり、貧血をきたします。葉酸が不足した場合の貧血は「巨赤芽球性貧血」と呼ばれています。葉酸欠乏により、細胞の中でDNAの合成がうまくいかないため、赤血球のもととなる赤芽球は正しく成長できません。赤芽球の核は未熟なまま、細胞の外側のみが大きく育ってしまうのです。この巨大な赤芽球は、多くが成長する前に壊れてしまうため、血液を作る効率が悪くなります。そのため赤血球が足りなくなってしまうのです。
また、妊娠を希望する女性は特に葉酸欠乏には注意が必要です。妊娠初期の女性が葉酸欠乏症となると、「神経管閉鎖障害」が起こるリスクが高くなることがわかっています。神経管閉鎖障害とは胎児の脳や脊髄の元になる「神経管」がうまく作られない先天異常の一つです。
さらに、葉酸が足りない状態が続くと、動脈硬化が起こりやすくなる可能性も示唆されています。
葉酸欠乏症の原因
葉酸は体内に貯蔵できる量が数ヶ月分程度といわれています。そのためさまざまな要因で不足しやすいビタミンです。代表的な原因は次のようなものです。
摂取量の不足
食事摂取量の不足や偏った食事などにより、必要な量の葉酸が摂取できなければ葉酸欠乏となります。無理なダイエットや極端な偏食をしている場合は注意が必要です。
吸収不良や代謝の阻害
葉酸は小腸で吸収される栄養素です。栄養の吸収不良が起こる疾患や小腸の切除後には葉酸が充分に吸収できません。また、一部の抗てんかん薬や抗リウマチ薬などの薬物の中には葉酸の吸収や代謝を妨げるものがあります。
葉酸需要の増加
通常よりも葉酸を多く必要とする状況のことです。成長期、妊娠中や授乳中、炎症性疾患の方や悪性腫瘍がある場合などがこれにあたります。この場合は通常の食事のみでは葉酸が不足してしまいます。
葉酸欠乏症の前兆や初期症状について
葉酸はさまざまな細胞が作られるのに必要な栄養素ですが、とくに血液細胞など回転の早いものへの影響が出やすいです。
代表的なのは貧血です。顔色が青白くなり、息切れ・立ちくらみ・疲労感などの症状が起こることがあります。
赤血球以外の血液細胞の産生も妨げられるため、外敵から体を守る白血球や出血を止める血小板も一緒に減少することがあるのです。血液細胞全般が減ってしまうことを「汎血球減少」と呼びます。白血球が減ると感染症にかかりやすくなりますし、血小板が減ると血が止まりにくくなります。
粘膜の細胞も入れ替わりのサイクルが早いため、影響を受けやすいです。口の粘膜が荒れて口内炎ができやすくなったり胃粘膜が荒れたりすることもあります。
これらの症状が気になる場合は、まずは内科を受診して検査を受けましょう。
葉酸欠乏症の検査・診断
葉酸欠乏症の代表的な症候である貧血は、血液検査でわかります。貧血の判定は主に赤血球の中にある「ヘモグロビン」という酸素を運ぶ物質の量で判定します。
貧血と判断された場合、次に見るのは赤血球の大きさです。葉酸が不足している場合は、巨赤芽球性貧血をきたすため、赤血球が大きい「大球性貧血」となります。大球性貧血かどうかは平均的な赤血球の体積をあらわすMCVという数値で判定できます。ヘマトクリット値(血液中の赤血球の割合)と赤血球数で算出されるMCV値が大きければ大球性貧血です。
MCV値から巨赤芽球性貧血が疑われた場合は、血中の葉酸値を測定して欠乏があるかを判断します。
なお、巨赤芽球性貧血はビタミンB12欠乏でも起こります。さらに葉酸欠乏の方はビタミンB12欠乏を同時にきたしていることが多くあります。この時に葉酸だけを補充してしまうと、ビタミンB12欠乏による神経の障害が悪化してしまうことがあるのです。したがって大球性貧血の場合は血中の葉酸だけでなく、ビタミンB12も同時に調べる必要があります。
葉酸欠乏症の治療
葉酸欠乏症の治療は、基本的には葉酸の内服をすることです。また、葉酸欠乏症をきたした原因を探してその対処をします。
同時に、葉酸を豊富に含む食品を積極的にとって、バランスの良い食生活を目指していくことも重要です。ほうれん草やブロッコリー、レバーなどは葉酸が豊富に含まれており、これらを毎日の食事に取り入れることが推奨されます。
なお、一般的な食品からの葉酸摂取は過剰になることはありません。一方、サプリメント・栄養補助食品などに含まれる葉酸は生合成されたものであり、体内での利用効率が良いことがわかっています。過剰摂取すると、一緒に欠乏しやすいビタミンB12による神経障害の発見が遅れる可能性もあります。サプリメントなどは適正量を守って使用しましょう。
葉酸欠乏症になりやすい人・予防の方法
特に次のような人は葉酸欠乏症に注意する必要があります。
お酒を多く飲む人
アルコールは葉酸が吸収されるのを邪魔したり、体外に排出される量を増やしたり、肝臓で代謝されるのを防いだりする働きがあります。さらに、お酒を多く飲む人には食事をしっかりとらない方が多いです。そのため、大量にお酒を飲む方は葉酸欠乏症となる可能性が高いです。葉酸欠乏症にならないためには、飲酒量も含めた食生活の見直しが重要です。
成長期の子ども
体を大きくするためにより多くの葉酸が必要になるため、葉酸が足りなくなりやすいです。食事が偏っていると、葉酸以外にも健康を維持したり成長を助けたりするさまざまな栄養素が不足する恐れがあります。好き嫌いしたり無理なダイエットをしたりせず、バランスの良い食事を3食しっかりととりましょう。
妊娠・授乳中の人
妊娠中から授乳期まで葉酸の必要量は通常よりも多くなるため葉酸の不足に特に注意するべき時期です。
特に注意が必要なのは妊娠初期です。この時期は胎児のさまざまな器官が急速に発達する段階で、多くの葉酸が消費されます。そのため、母体に必要な葉酸が不足しやすくなるのです。つわりによる食事の偏りや食欲不振も葉酸不足を引き起こす原因になります。
葉酸欠乏症の予防のためには、葉酸が豊富な食品を積極的に摂ることが大切です。つわりなどできちんと食事がとれない時は、少量ずつ小分けにするなど工夫をしましょう。葉酸のサプリメントの活用も有効です。
なお、神経管閉鎖障害のリスクを減らすために葉酸摂取が役立つことがわかっています。子どもを産みたいという希望がある方は、妊娠前からサプリメントで1日あたり400μgの葉酸を取ることが推奨されています。ただし、神経管閉鎖障害の発症にはほかにもさまざまな要因があるため「葉酸をとっていれば絶対に起こらない」というわけではありません。
なお、抗てんかん薬を内服中で妊娠を希望する場合・妊娠をした場合に、葉酸欠乏症を恐れて自己判断で薬を減らすのは危険です。薬剤調整や葉酸の補充については必ずてんかんを治療している主治医と相談しましょう。
関節リウマチ治療中の人
抗リウマチ薬の中には葉酸の吸収や代謝を阻害するものがあります。必要に応じて葉酸の補充のための薬剤が一緒に処方されることもあります。定期的に血液検査を受けて貧血などがないかを確認するとともに、処方された薬は指示通りに内服しましょう。
関連する病気
- 巨赤芽球性貧血
- 神経管閉鎖障害
- 抑うつ症状
参考文献
- https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_sanka_2023.pdf
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspnm/57/1/57_8/_pdf/-char/ja
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/vso/92/1/92_1/_pdf
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/95/10/95_10_2010/_pdf/-char/ja
- https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/eiyouso/vitamin-yousan-biotin.html
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/cra/35/4/35_214/_pdf/-char/ja
- https://amcor.asahikawa-med.ac.jp/modules/xoonips/download.php/アルコールによる造血障害 肝外症状の診断と治療 ―アルコールによる造血障害―.pdf?file_id=3218