がん悪液質
伊藤 喜介

監修医師
伊藤 喜介(医師)

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名古屋卒業後、総合病院、大学病院で経験を積む。現在は外科医をしながら、地域医療に従事もしている。診療科目は消化器外科、消化器内科。日本外科学会専門医、日本消化器外科学会専門医・消化器がん外科治療認定医、日本消化器病学会専門医、日本腹部救急医学会認定医、がん治療認定医。

がん悪液質の概要

がん悪液質とは「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無を問わない)を特徴とする多因子性の症候群」と定義されています。つまり、がんの進行によって栄養を摂っているにも関わらず筋肉が分解され、体重減少をはじめとして、総じてQOL(生活の質)の低下を引き起こす病態となります。
進行がんを持つ患者さんの約80%にみられ、各種症状だけでなく、化学療法の効果減弱、副作用の頻度の増加、生命予後に影響する病態であり、対応が必要と考えられます。

がん悪液質の原因

がん悪液質はその名の通り「がん」が原因となります。がんの種類によっても発生率は異なりますが、胃がん、膵臓がん、食道がん、頭頚部がん(咽頭がん、喉頭がんなど)、肺がんの多くの患者さんでは治療の経過中にがん悪液質が起こっています。
がん悪液質の原因はがんから分泌される物質(炎症性サイトカイン)が引き起こす全身性の炎症です。サイトカインが、脳や筋肉、肝臓や脂肪細胞に作用することで、食欲の抑制、骨格筋の減少、肝代謝異常、脂肪の分解が起こります。

がん悪液質の前兆や初期症状について

がん悪液質は全身の炎症に伴いさまざまな症状が見られます。以下に代表的な症状を示していきます。

体重減少

もっとも重要な症状となります。がん悪液質の患者さんは「食べられないから痩せる」ということに加えて、「食べていても痩せる」という状態となります。全身性炎症に伴って骨格筋の減少や脂肪の分解がすすむことが原因となります。

食欲不振

がん悪液質の患者さんは「食べたくても少ししか食べられない」という症状がよく見られます。これは、脂肪細胞からレプチンというホルモンが分泌され食欲を抑制するように働くことが原因となります。また、胃から分泌される食欲を亢進させるホルモンであるグレリンの分泌が悪くなるため、さらに食欲が低下していきます。

サルコペニア

サルコペニアとはさまざまなことが原因で筋肉の量が低下していく症状の総称となります。がん悪液質の患者さんでは全身性炎症に伴い骨格筋の減少が起こります。筋肉量が低下することで、日常生活がうまく送れない状態を引き起こしていきます。

その他の症状

そのほかにも、疲労感、痛み、悪心・嘔吐、抑うつ症状、不安感、味覚異常、嗅覚異常などといった、身体的・精神的なさまざまな症状がみられます。

がん悪液質の検査・診断

がん悪液質の検査

がん悪液質を疑う患者さんに対しては下記のような検査を行うことがあります。

身体(体重)測定
体重減少及びBMIの低下はがん悪液質の診断に重要な要素となります。経時的、定期的な体重の推移を把握することはがん悪液質の診断だけでなく早期発見につながるため重要です。

採血
ヘモグロビンやアルブミン値を測定し、栄養状態を把握します。また、CRP値を測定することで、がん悪液質の病態に重要な全身性炎症の評価を行うことができます。

レントゲン/CT検査
レントゲンやCT検査では骨密度や骨格筋量を推測することができます。これらはサルコペニアの診断に重要な要素となります。

その他の検査
ほかにも筋力低下の程度を確認するために、握力測定や歩行スピードの確認、椅子からの立ち上がり能力を確認することがあります。

がん悪液質の診断

がん悪液質の診断には、欧州緩和ケア共同研究(European Palliative Care Research Collaborative:EPCRC)ががん悪液質の定義と診断基準を示しており、世界の診断基準の基本となります。
診断基準は、がん患者において、経口摂取不良および全身性炎症を伴うことに加えて、①過去6か月間に5%以上の体重減少がある、②BMIが20未満かつ過去6か月間に2%以上の体重減少がある、③サルコペニアかつ過去6か月間に2%以上の体重減少がある、のいずれかを満たすことで診断されます。
しかしながら、がん悪液質は徐々に進行してくる病態であり、進行した場合には治療が困難となるため、診断基準をみたすよりも早期からの治療介入が重要と考えられています。

がん悪液質の治療

がん悪液質は全身性炎症を背景として、さまざまな組織が症状の原因となります。そのため、がん悪液質の治療には薬物療法だけでなく、栄養療法、運動療法、心理的介入など多方面からの治療介入が必要と考えられますが、科学的に効果が証明されている治療は少なく、残念ながら標準治療は確立していません

がん悪液質に対する薬物療法

アナモレリン(エドミルズ®)はがん悪液質に対する唯一の薬剤となります。アナモレリンは、グレリンと似た働きをする薬であり、食欲の増進体重増加筋肉量の増加が期待できます。
また、十分な効果が得られるわけではありませんが、症状をやわらげる目的で、抗炎症薬(ロキソプロフェン、セレコキシブなど)やステロイドなどの薬剤を利用することがあります。

がん悪液質に対する栄養療法

吐き気や食思不振を伴うため十分な栄養を摂取することは難しくなります。栄養バランスのよい食事を摂取することが理想的ではありますが、食べやすいもの、食べたいものを中心としてエネルギーを補充していくことが重要です。また、栄養補助食品も活用しながらでも、口から栄養を摂取することが何よりも重要となります。

がん悪液質に対する運動療法

がん悪液質の患者さんでは筋肉量を維持することが日常生活を維持するためにも重要となります。ウォーキングや水泳、自転車、ランニングのような有酸素運動に加えて、可能であれば筋力トレーニングを行い、筋力低下を防いでいきます。
また、全身状態が悪化して歩行が困難となった場合でも、理学療法士さんなどと一緒にベッド上でリハビリを受けることは悪化を緩やかにする効果があると思われます。

がん悪液質になりやすい人・予防の方法

がん悪液質は担がん患者では避けては通れない病態となります。先にも示している通り、早期に発見して治療介入を行っていくことは重要となります。
悪化する前、がんと診断された後や化学療法を行なっている間も栄養療法、運動療法を始めていくことはがん悪液質の予防に重要な要素となります。「病気だから安静に」という意識ではなく、無理をしない範囲で積極的、継続的に行なっていきましょう。


関連する病気

  • 非小細胞肺がん
  • 消化器系がん

参考文献

  • がん診療レジデントマニュアル
  • 日本がんサポーティブケア学会 がん悪液質ハンドブック
  • Cancer Net Japan もっと知ってほしいがん悪液質の予防と改善のこと

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