

監修医師:
前田 広太郎(医師)
遷延性意識障害の概要
遷延性意識障害とは、外傷や低酸素などによって起こった脳の重大な損傷により、長期間にわたって意識の回復が得られない状態を指します。代表的なものに遷延性植物状態(Persistent Vegetative State: PVS)、最小意識状態(Minimally Conscious State: MCS)、 昏睡状態(Coma)、閉じ込め症候群(Locked-in Syndrome)、無動無言(Akinetic Mutism) があります。医学的には「目を開いているか否か」「刺激に反応するか」「自己・他者を認識できているか」といった複数の観点から分類され、単なる昏睡とは異なる複雑な意識障害群です。遷延性植物状態の場合、目を開けることはありますが、意味のある発語や運動、外界への認識は見られません。この状態が外傷性であれば12か月以上、非外傷性であれば3か月以上続いた場合、「永続的(permanent)」と判断されます。遷延性意識障害は単なる昏睡状態とは異なり、多様な原因・類似状態が存在し、回復可能な例もあることが分かっています。中には1年以上意識が戻らなかった例でも治療によって回復した報告もあります。意識障害には「脳死」「植物状態」「てんかん」「無動無言」など、似て非なる状態が混在するため、診断には慎重な評価と多職種チームの連携が求められます。また、意識障害が遷延している場合には、非可逆性(治らない)と判断する前に、非痙攣性てんかんや水頭症、代謝性脳症などの「治療可能な状態」を慎重に除外する必要があります。
遷延性意識障害の原因
遷延性意識障害の主な原因は、脳の広範な機能障害です。具体的には外傷性脳損傷、低酸素性虚血性脳症、脳血管障害をはじめとした中枢神経の異常などが挙げられます。
外傷性脳損傷は交通事故や転落事故などによる脳の物理的損傷であり、若年者に多いです。
低酸素性虚血性脳症は心停止や窒息、溺水などで脳が酸素不足に陥ることによる障害で、高齢者や心疾患のある人に多いです。
脳血管障害は、脳出血や脳梗塞による広範な脳の損傷から意識障害をきたします。
特異的治療の余地がある遷延性意識障害の原因として、中枢神経系感染症は単純ヘルペスウイルス脳炎やサイトメガロウイルス感染、真菌感染などで脳が障害を起こします。非痙攣性てんかん重積状態(NCSE)は意識は低下するが明らかなけいれんがない状態で、脳波でしか確認できないため見逃されやすいです。代謝性・内分泌性脳症としては低ナトリウム血症(SIADHや中枢性塩類喪失症候群など)や甲状腺機能低下症などで意識障害をきたします。薬剤性(特に鎮静薬・抗てんかん薬の過量投与) としてはバルプロ酸ナトリウム、クロナゼパムなどが原因となることがあります。他にも慢性硬膜下血腫、水頭症、脳静脈洞閉塞、肥厚性脳硬膜炎 などもまれに原因になります。これらは、治療可能な場合があります。
遷延性意識障害の前兆や初期症状について
遷延性意識障害は通常、急性の脳損傷に続く意識障害が長引くことで明らかになります。経過として典型的なのは、昏睡状態から始まり、数日〜数週間で目が開くが反応が乏しい状態へと移行します。意識の回復がないまま植物状態または最小意識状態に移行します。具体的には、呼びかけに反応しない、痛みにも反応が薄い、意図のある運動がない、目を開けていても視線が合わない、自発的な発語がない、このような症状が1か月以上続くと「遷延性意識障害」として扱われます。
遷延性意識障害の検査・診断
意識レベルはGCS(Glasgow Coma Scale)やJCS(Japan Coma Scale)で評価します。目の開閉、痛みに対する反応、声かけへの反応を丁寧に観察します。脳波検査は非痙攣性てんかん重積状態の除外に重要です。低振幅または持続徐波は予後不良を示します。頭部画像(CT / MRI)は 脳の構造的損傷、出血、梗塞、水頭症、脳浮腫、硬膜下血腫などを確認できます。代謝・ホルモン・感染症スクリーニングとして血清ナトリウム、カルシウム、Ca、血糖、ビタミンB1、アンモニアなどを検査します。必要に応じて髄液検査も行います。SSEP(体性感覚誘発電位) で両側性消失は予後不良の強い予測因子とされます。PET/SPECT検査では脳代謝や血流の評価に用いることがあります。上記の検査を用いて、治療不可能な遷延性意識障害なのか、治療の余地がある遷延性意識障害なのか鑑別を行います。
遷延性意識障害の治療
遷延性意識障害の治療には「原因治療」「支持療法」「意識回復を促進する治療」の3つがあります。
治療可能な遷延性意識障害の場合、原因治療として、抗てんかん薬の投与(非痙攣性てんかん重積状態にはカルバマゼピンやフェニトインなど)、 抗ウイルス薬の投与(サイトメガロウイルスや単純ヘルペス脳炎ではガンシクロビル、アシクロビルなど)、水頭症には髄液シャント術、慢性硬膜下血腫には外科的ドレナージといった治療を検討します。
支持療法として、経管栄養や中心静脈栄養による栄養管理を行い、褥瘡・肺炎の予防、排尿・排便管理、理学療法・作業療法による廃用症候群予防を行います。
意識回復を促進する薬剤として、酒石酸プロチレリンが頭部外傷やくも膜下出血に伴う遷延性意識障害に対し、一部の症例で効果を示すという報告があり、アマンタジンは意識レベルの改善に効果があるという報告もあります。 その他、ブロモクリプチン、シチコリン、L-dopaなどが意識障害を改善したという報告例がありますが、遷延性意識障害に安定して効果を発揮するような薬剤は今のところありません。
遷延性意識障害になりやすい人・予防の方法
遷延性意識障害になりやすい人としては、心肺停止を経験した人(低酸素状態)、 重度の脳外傷、脳出血、脳梗塞、高齢者(脳の予備能が低く、回復力が乏しい)、持病で脳血管疾患や糖尿病を持っている人などが挙げられます。
直接的な予防は困難ですが、リスクを減らす方法として、心臓が止まってしまったときに心肺蘇生を素早く適切に実施すること、頭部外傷予防(転倒防止、ヘルメット着用)、 高血圧・糖尿病などの生活習慣病を普段から適切にコントロールしておくこと、ワクチン接種(特に小児のウイルス性脳炎予防)などが挙げられます。
参考文献
- The Multi-Society Task Force on PVS. Medical aspects of the persistent vegetative state. N Engl J Med 330:1499-1508, 1994
- Report of the Quality Standards Subcommittee of the American Academy of Neurology. Practice parameters;Assessment and management of patients in the persistent vegetative state. Neurology 45:1015-1018, 1995
- Up to date:Hypoxic-ischemic brain injury in adults: Evaluation and prognosis




