監修医師:
井林雄太(田川市立病院)
ウェルナー症候群の概要
ウェルナー症候群は大変珍しい遺伝性の病気です。ドイツの医師オットー・ウェルナーが1904年に初めて報告したことからこの名前がついています。
思春期以降に、白髪や白内障、手足の筋肉や皮膚の衰えなどのさまざまな老化現象がみられ、実年齢より老けてみえる早老症の一つで、指定難病に認定されています。
かつては合併症のがんや心筋梗塞などにより40歳半ばで亡くなる方がほとんどでした。現在では、医療の進歩により寿命が延び、50〜60歳代の方もいらっしゃいます。
日本のウェルナー症候群の患者数は約2,000名で、病気になる確率は大体5〜6万人に1人と推定されています。また、世界の中でも特に日本人に多い病気で、患者数は日本人が6割です。
ウェルナー症候群の原因となる遺伝子は分かっていますが、どのようにして発症し、なぜ老化が早く進むのかはいまだ解明されていません。そのため、根本的な治療も分かっておらず、多くの患者さんが難治性皮膚潰瘍に伴う足の切断や、がん、糖尿病などを患い、重篤な後遺症や生命の危機に苦しんでいます。
ウェルナー症候群の原因
ウェルナー症候群は両親から遺伝したWPNという遺伝子の異常が原因で起こる病気です。この章では、ウェルナー症候群の遺伝的メカニズムと患者さんの家族における発症リスクについて、具体的に解説します。
WPN遺伝子
ウェルナー症候群は遺伝性の病気であり、WPNと呼ばれる遺伝子の異常が原因と考えられています。
WPN遺伝子は自分のDNAが傷ついたときに修復する働きがある遺伝子です。ヒト1人に対し2つある遺伝子で、両親から1つずつ遺伝します。遺伝した2つのWPN遺伝子の両方に異常があるときにウェルナー症候群を発症するのです。
以前は血縁が濃くなる近親婚の多い地域で報告されていましたが、最近では近親婚でない患者さんも増加傾向にあります。
また、食べ物や運動などの生活習慣は、ウェルナー症候群の原因とは関係がないと考えられています。
家族が発症するリスク
患者さんの両親はそれぞれ1つだけ原因となる遺伝子を持っていますが、1つなので発症しないことがほとんどです。また、患者さんの兄弟姉妹で発病する確率は、約4人に1人です。そのほか、患者さんの子どもが発症する確率は200〜400人に1人以下であり、可能性としてはとても少ないとされています。
ウェルナー症候群の前兆や初期症状について
ウェルナー症候群は白髪や脱毛、白内障などの老化現象が症状として特徴的です。また、合併症には糖尿病や、死因の要因となりやすいがんや動脈硬化症などがみられます。具体的には次の通りです。
前兆や症状
ウェルナー症候群では20歳以降に、白髪や脱毛などの髪の毛の変化や白内障、かん高いかすれた声などの症状がみられます。ほかにも、手足の筋肉や皮膚が痩せて硬くなったり、足先や肘などに深い傷ができて治りにくくなったりする症状(難治性皮膚潰瘍)がみられます。これらの症状を繰り返すことで、足の切断が必要となる方も少なくありません。
そのほかの症状として、低身長であるケースも多いとされています。
合併症
ウェルナー症候群にみられやすい合併症には、糖尿病や動脈硬化症、がん、性腺機能低下症などがあります。とくに動脈硬化症やがんは命の危険に関わってくる可能性があるため、注意が必要でしょう。
ウェルナー症候群を相談できる施設や診療科
ウェルナー症候群はとてもめずらしい病気であるため、実際に診療経験のある医師や医療機関は限られています。
現在、遺伝子検査を含めた詳しい診断や診療を行っているのは千葉大学の糖尿病・代謝・内分泌内科です。そのほか千葉大学が連携している名古屋大学、奈良県立医科大学、東京都健康長寿医療センターなどが診療実績があります。
また、千葉大学のホームページには2023年時点でのウェルナー症候群の診療経験がある医療機関のリストが掲載されています。
ウェルナー症候群の検査・診断
ウェルナー症候群の検査ではレントゲン検査や遺伝子検査を行います。また、ウェルナー症候群は症状をもとにした診断基準があります。必要であれば鑑別診断も行っており、これらの具体的な詳細は以下の通りです。
検査所見
ウェルナー症候群ではレントゲン検査でアキレス腱の石灰化が特徴としてみられます。石灰化とはカルシウムが蓄積している状態です。石灰化はアキレス腱だけでなく、手や足、膝や肘などさまざまな場所でみとめられるケースもあります。また、石灰化が起こるメカニズムについては今のところ解明されていません。
また、ウェルナー症候群の治療に詳しい施設では、WRN遺伝子の異常を発見するために遺伝子検査を実施することもあります。
診断基準
ウェルナー症候群には診断基準があります。
10歳から40歳までに現れた主要兆候の全てが当てはまった場合、もしくは3つ以上が当てはまり、遺伝子検査でWRN遺伝子の異常があることが分かった場合に確定診断されます。
主要兆候は以下の通りです。
- 白髪や脱毛などの早老性毛髪変化
- 両目の白内障
- 皮膚の萎縮・硬化、潰瘍形成
- 軟部組織の石灰化(アキレス腱等)
- 鳥様の顔立ち
また、早老性毛髪変化と白内障に加えて、ほかの主要兆候や以下の兆候から2つ以上が当てはまった場合は、ウェルナー症候群の疑いと診断されます。
- 音声の異常(かん高いしわがれ声)
- 糖、脂質代謝異常
- 骨の変形などの異常(骨粗鬆症など)
- 非上皮生腫瘍または甲状腺がん
- 血族結婚
- 早期に現れる動脈硬化(狭心症、心筋梗塞など)
- 原発性性腺機能低下
- 低身長および低体重
鑑別診断
同じ早老症で指定難病でもあるハッチンソン・ギルフォード症候群やロースムンド・トムスン症候群との鑑別診断も行われます。どちらも日本での発症がまれな病気で、一般的にウェルナー症候群より早く、若い世代で発症することが特徴です。
ウェルナー症候群の治療
残念ながらウェルナー症候群の根本的な治療はいまだ確立されていません。また、白髪や脱毛、皮膚の硬化などの外見上の老化現象に対する治療や予防法もみつかっていません。
病気の進行を止めることは難しいですが、それぞれの症状を和らげ、生活の質を維持・向上させることを目指して治療を行います。
例えば、白内障では通常手術を行い、糖尿病に対しては効果が得られやすいチアゾリジン誘導体という薬を使用します。
また、動脈硬化症の危険因子である高脂血症にはスタチンという治療が有効です。ほかにも、難治性皮膚潰瘍が重症な場合、皮膚の移植を検討することもあります。
ウェルナー症候群になりやすい人・予防の方法
ウェルナー症候群は日本人に多い病気ですが、日本人に多い原因は明らかになっていません。
ただし、近親婚が発症の要因になっていることが推測されています。実際に30年前の研究では、近親婚により誕生したウェルナー症候群の患者さんが多い状況でした。しかし、近年では近親婚とは関係なく誕生した患者さんが多いため、近親婚以外の要因が発症に影響していることが伺えるでしょう。
また、根本的な治療法や予防方法は見つかっていませんが、合併症や皮膚トラブルへの対症療法を行い、日常生活への支障を軽減させることは重要です。例えば、難治性皮膚潰瘍になる前に靴ずれを起こさないなどの配慮を行うことは、生活の質を落とさないための予防につながるでしょう。