監修医師:
大坂 貴史(医師)
亜鉛欠乏症の概要
亜鉛欠乏症は、鉄、ヨウ素、ビタミン A と並んで、世界的に最も重要な微量栄養素欠乏症の 1 つです (参考文献1)。 亜鉛は骨、筋肉、皮膚、肝臓など体内に広く存在します (参考文献2)。亜鉛は100種類以上の酵素の構成成分として重要な役割を果たしており、DNA合成、蛋白合成、ホルモンの合成や分泌、免疫反応の調節などに作用し、身体の成長と維持に必要な栄養素です。
そのため、亜鉛が欠乏すると、味覚異常、皮膚炎、脱毛、貧血、口内炎、性機能異常、易感染性、骨粗しょう症などの症状が出現します。小児では発育障害も呈します。なお、肝硬変、糖尿病、慢性炎症性腸疾患、慢性腎臓病の患者の多くでは、血清亜鉛値が低下しており、亜鉛欠乏状態であることが知られます (参考文献3)。
亜鉛欠乏症の原因
亜鉛欠乏の原因には亜鉛の摂取不足、吸収不全、需要増大、排泄増加などがあります (表2) (参考文献3)。低出生体重児、妊婦、高齢者は亜鉛欠乏になりやすく、また慢性肝障害、短腸症候群、糖尿病、慢性腎疾患等の疾患、キレート作用を有する薬剤の長期服用、亜鉛補充が不十分な静脈栄養・ 経管栄養も亜鉛欠乏の原因になります。
亜鉛欠乏症の前兆や初期症状について
亜鉛欠乏症の症状は多岐にわたりますが、初期症状としては食欲の減退、乳児小児においては成長発達の遅れが挙げられます。また皮膚障害も生じやすく、皮膚炎、口内炎、まだら状の脱毛、水疱、褥瘡潰瘍などがみられます。味覚障害、嗅覚障害、倦怠感、イライラ、情緒不安定を認めることもあります。男性の場合には、性腺機能低下、精子の産生低下、勃起不全を認めます。免疫システムが弱くなることもあり、病原体に感染しやすくなったり、傷の治癒が遅くなることがあります。 なお、妊婦が亜鉛欠乏症になると、胎児に先天異常が生じたり、出生時の体重が予定より少なくなることがあります。
こういった初期症状がある場合は内科を受診しましょう。
亜鉛欠乏症の検査・診断
亜鉛欠乏症は、亜鉛欠乏の臨床症状および血清亜鉛値によって診断されます(参考文献1)。亜鉛欠乏症の診断基準は下記の通りです (参考文献3)。
1.下記の症状/検査所見のうち1項目以上を満たす
- 臨床症状・所見 (皮膚炎、口内炎、脱毛症、褥瘡 (難治性)、食欲低下、発育障害 (小児で体重増加不良、低身長)、性腺機能不全、易感染性、味覚障害、貧血、不妊症
- 検査所見 (血清アルカリホスファターゼ活性 (ALP) 低値)
2. 上記症状の原因となる他の疾患が否定される
3. 血清亜鉛値 (3-1) 60μg/dL未満:亜鉛欠乏症
(3-2) 60-80μg/dL未満:潜在性亜鉛欠乏症
※血清亜鉛は早朝空腹時に測定することが望ましい
4. 亜鉛を補充することにより症状が改善する
※確定診断: 上記項目の1,2, 3-1,4をすべて満たす場合を亜鉛欠乏症と診断する。上記項目の1,2, 3-2, 4をすべて満たす場合を潜在性亜鉛欠乏症と診断する。亜鉛補充前に1.2.3.を満たすものは亜鉛補充の適応になる。
亜鉛欠乏症の症状があり、血清亜鉛値が亜鉛欠乏 (血清亜鉛値 60μg/dL未) または潜在性亜鉛欠乏 (60-80μg/dL) であれば、亜鉛を投与して症状の改善を確認することが推奨されます。なお、炎症が高い状態では血清亜鉛値が低下することが知られ、アルカリホスファターゼ活性 (ALP) も亜鉛の状態を示すマーカーとして機能します。
亜鉛欠乏症の治療
- 食事療法:血清亜鉛値が低下している場合、まずは亜鉛含有量の多い食品を積極的に摂取するよう推奨します (参考文献2) (「亜鉛欠乏症になりやすい人・予防の方法」を参照 )。 しかし食事療法だけでは改善しないこともあり、亜鉛欠乏症の症状が見られる場合には亜鉛補充療法が必要となることも多いです。
- 亜鉛補充療法:亜鉛欠乏症の診断基準を満たした場合、亜鉛補充療法の適応になります (参考文献2)。 亜鉛補充療法のリスクは少ないですが、消化器症状 (嘔気、腹痛)、血清膵酵素 (アミラーゼ、リパーゼ)上昇はよく見られる副作用です。ただこれらの症状はいずれも軽度で、服薬中止に至ることはほとんどありません。
亜鉛欠乏症になりやすい人・予防の方法
慢性肝疾患、糖尿病、慢性炎症性腸疾患、慢性腎臓病では、しばしば血清亜鉛値が低値であることが知られています (参考文献3)。これら疾患では、血清亜鉛値が低値の場合、亜鉛欠乏症状が認められなくても、亜鉛補充を考慮してもよいとされています。
- ・慢性肝疾患: 肝硬変への進行とともに血清亜鉛値の低下が認められました。
- ・糖尿病: 糖尿病患者に対し亜鉛を投与したところ、空腹時および食後血糖、インスリン分泌能の改善を認めました。
- ・慢性炎症性腸疾患: クローン病、潰瘍性大腸炎患者に対し亜鉛を投与したところ、免疫に関与する血中サイムリン値の増加、NK 細胞活性の低下、腸管透過性の正常化が見られました。
慢性腎臓病:腎不全、透析患者に対し、亜鉛50mg/日を投与し、血清亜鉛値の増加、栄養不良の改善、血清ホモシステイン値の有意な減少がみられました。
予防の方法としては食事療法および亜鉛製剤が挙げられます。亜鉛は肉・魚介・種実・穀類など多くの食品に含まれています。 特に多いものとしては牡蠣、あわび、かに、するめ、豚レバー、牛肉、卵、チーズ、高野豆腐、納豆、えんどう豆、切干大根、アーモンド、落花生などが挙げられます。 偏食や極端なダイエットを避け、一汁三菜に近い食事を摂ると、亜鉛は十分量摂取できます。
参考文献
- 1.UpTo Date. Overview of dietary trace elements.
- 2.食品安全委員会. 亜鉛.
- 3.日本臨床栄養学会. 亜鉛欠乏症の診療指針2018.