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中路 幸之助

監修医師
中路 幸之助(医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター)

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1991年兵庫医科大学卒業。医療法人愛晋会中江病院内視鏡治療センター所属。米国内科学会上席会員 日本内科学会総合内科専門医。日本消化器内視鏡学会学術評議員・指導医・専門医。日本消化器病学会本部評議員・指導医・専門医。

水俣病の概要

水俣病は、化学工場から海や河川にメチル水銀を含む化合物が大量に排出されたことで起こったメチル水銀中毒です。体内にメチル水銀化合物を蓄積させた魚介類を日常的にたくさん食べることで発生します。
1956年熊本県水俣湾周辺を中心とした八代海沿岸において、中枢性の神経疾患の症状が出る患者さんが報告されたのが始まりです。
初めは原因不明の神経疾患とされていましたが、その後の調査でメチル水銀化合物による公害病と認定されました。初めて患者さんが出た場所が水俣だったことから、水俣病と名付けられたのが翌1957年のことです。
1965年には、新潟県阿賀野川流域でも発生しています。2022年11月末までに水俣病患者さんとして認定されている方は、熊本県・鹿児島県・新潟県を合わせて3,000名です。

水俣病の原因

水俣病の原因はメチル水銀化合物です。メチル水銀は化学物質、アセトアルデヒドを作るときに発生します。
メチル水銀は工場廃水に混じって海や河川に流されていたため、魚介類の体内に取り込まれていきました。その汚染された魚介類を長期に渡り摂取したことで、水俣病が発生したのです。

メチル水銀が人体に入り込んだ経路

海や河川に流れ込んだ大量のメチル水銀は、魚介類のエラや消化管から吸収され、高い濃度で蓄積されました。しかし、メチル水銀に汚染された魚介類は見た目にはまったく普通の魚介類と違いがありません。
そのため、地域に住む多くの方が汚染されていることに気づかず、口にしていました。アミノ酸のひとつであるシステインと結びつくことでメチル水銀は消化管から吸収され、体内のさまざまなところに入り込みます。
たとえば、脳内に侵入して神経細胞を侵したり、妊娠中の母親から胎盤を通して胎児の体内にまで入ったりすることもあります。

メチル水銀とは?

水銀は無機水銀と有機水銀に分けられます。
蛍光灯や体温計、乾電池などに使用されている金属水銀は無機水銀で、メチル水銀は有機水銀の一種です。私たちの生活に身近な金属水銀には気化しやすい特徴があり、そのガスを多量に吸ってしまうと脳や肺、腎臓が侵されてしまいます。
自然界に存在する水銀の多くは硫化水銀と呼ばれるものですが、通常は人体への影響はありません。しかし水俣病の原因であるメチル水銀は体内に入ると吸収されやすく、血液を経由して臓器や脳に運ばれ蓄積されます。
そして一定の濃度を超えると人体に大きな影響を与えるのです。メチル水銀は特に脳などの神経系に障害を起こし、さまざまな症状が現れます。重症の場合は、死に至ることもあります。

水俣病の前兆や初期症状について

水俣病の主な症状は次のとおりです。
水俣病指定地域周辺での居住や通勤経験があり、以下のような症状がある場合は、水俣病の診療経験がある医療機関で受診してください。近くに水俣病の診療経験がある医療機関がない場合は、まずは神経内科や内科などの受診をおすすめします。

  • 感覚障害
  • 運動障害
  • 言語障害
  • 視野狭窄
  • 聴力障害
  • 味覚障害

これらの症状が軽症の場合は、外見では健康な人と変わらないために、周囲の理解が得られずに苦しむ患者さんも少なくありません。

感覚障害

水俣病で始めに気付く症状として、手足のしびれやふるえ・触感の鈍さなどが見られます。
触感の鈍さとは、触れていることはわかってもその物の形や大きさがわからなかったり、ざらざらしているのかつるつるしているのかがわからなかったりするなどの症状です。
軽症の場合は症状が現れる頻度は少ないのですが、重症になる程症状を自覚する頻度が高くなります。また、感覚障害は、体の中心部よりも手足などの先端部分に現れやすいといわれています。

運動障害

50歳以下の患者さんでは、感覚障害よりも軽い運動障害の出る頻度が高くなることも少なくありません。
身体全体に現れる症状では、力が入りにくい・衣服の着脱が思うようにできない・筋肉がけいれんするなどです。下半身に見られる症状にはまっすぐ歩けない・簡単に転ぶなどで、上半身に運動障害が出た場合は箸や茶わんを落としてしまう・ボタンがうまくかけられないなどの症状が見られます。

その他の症状

感覚障害と運動障害は、多くの水俣病患者さんに見られる症状です。より重症となってくると、言葉がうまく話せない・言葉が不明瞭であるなどの言語障害やにおいや味がわかりにくくなる・視野が狭くなる・聞こえにくくなるなどの症状が現れてきます。
水俣病が発生した初期の頃は、症状が大変重く発病から1ヵ月以内に亡くなる患者さんもいました。

水俣病の検査・診断

水俣病については情報が限定的であるため、水俣病の診療経験がある医療機関で受診するか、『水俣病に関する診断書作成手順』と『水俣病診断総論』を読んだ医師による診断を要します。
水俣病は初期の頃は急性発症例が少なくありませんでしたが、現在は経過が大変ゆるやかで多彩な症状が見られます。そのため、どの医師でも同じ手法で判断ができるような手順書が作成されました。
水俣病かどうかは、病歴と診察によって診断されます。

水俣病の症状は各患者さんが置かれた環境により異なることからも、以下のような項目を確認し、診断が下されています。

  • 居住歴/職歴
  • 魚介類摂取状況/家族歴
  • 既往症
  • 現病歴の概略

現在の水俣病救済条件では、1968年末(熊本県・鹿児島県では1968年12月31日、新潟県では1965年12月31日以前)までに行政の指定地域の居住歴のあることが条件になっていますが、それ以降もメチル水銀汚染が持続していたと考えられています。
そのため、行政の条件に当てはまらない方についても汚染地域との関わりをより詳しく確認しなければなりません。地域外から当該地域へ通勤している場合も考えられるため、職歴も確認します。
また、暴露を受けたという根拠を強めるために、家族の病歴や職歴も調べます。しかし、現在水俣病だと正式に認定されていない患者さんのなかにも水俣病患者さんがいるため必須条件ではありません。

診察

診察では、一般的な神経診察が行われます。四肢末梢優位の感覚障害や全身性の感覚障害は特に重要です。
四肢末梢優位は、手足の末端付近の症状が強く胴体部分に近づくにつれ症状が弱くなる状態をいいます。このほかにも医師による感覚検査が行われます。
具体的には、痛覚検査や運動機能検査・反射反応チェック・筋力低下チェック・不随意運動の有無などの検査です。これらにより、水俣病の重症度の診断が行われます。

水俣病の治療

現在のところ水俣病を完治させる治療法はありません。メチル水銀中毒で失われた脳神経細胞は再生しないからです。
しかし症状が軽い場合はリハビリテーションや薬物治療によりある程度の症状軽減が期待できます。
水俣病を発症した場合の治療法は、以下のとおりです。

初期治療

水俣病の症状が現れたときには、まずは体内に入ったメチル水銀の排泄を促進します。
方法としては、水銀と結合して体外に排泄する働きのあるキレート剤やメチル水銀と親和性が高いSH基の経口投与による再吸収予防などです。そのほか、血液透析や交換輸血などの治療法があります。

抗酸化剤の投与

現在は研究段階ですが、活性酸素を増加させて細胞障害を引き起こすメチル水銀に対して、水銀排泄と抗酸化剤(ビタミンEなど)の投与を並行して行う治療方法が期待されています。

対症療法

水俣病を完治させる治療方法はまだ発見されていないため、慢性期の水俣病に対しては症状に応じた対症療法が主流です。
具体的には機能回復のための理学療法や疼痛・ふるえ改善としての磁気刺激治療・脊髄刺激療法・脳深部刺激療法などです。また、不随意運動や筋肉の異常緊張を和らげるボツリヌス療法やバクロフェン髄注療法などの薬物療法もあります。
歩行障害に対してはリハビリテーションなどが行われています。

治療費について

水俣病と認定された場合、医療費は全額補償です。また一時金や各種手当などの支給も行われています。

水俣病になりやすい人・予防の方法

水俣病はメチル水銀を含む汚染水が原因となった公害病です。そのため主に行政で指定された地域に居住し、汚染された魚介類を食べた経験のある方に症状が現れやすい病気です。
現在水俣湾やその他の水俣病被害地域では、国の基準を超える水銀濃度を持った魚介類はいなくなりましたので、新たな水俣病は発生していません。


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