

監修医師:
佐伯 信一朗(医師)
分娩時骨折の概要
分娩時骨折とは、赤ちゃんが生まれるときに生じる骨折のことで、新生児期に起こる骨折の中では比較的よく見られるものです。最も頻度が高いのは鎖骨骨折で、分娩時骨折全体の約9割を占めます。これは赤ちゃんの肩が母体の骨盤に強く押し付けられることで起こりやすく、特に肩甲難産と呼ばれる分娩時のトラブルで多く発生します。その他に上腕骨、大腿骨、肋骨、頭蓋骨なども骨折することがあります。最近の産科医療の発展によって発生頻度はかなり低下しており、出生1000件あたり約2.9件程度と報告されていますが、特定の状況では発症リスクが高まります。
分娩時骨折の原因
赤ちゃんが産道を通過するとき、母体と赤ちゃんの身体的条件によってさまざまな圧力がかかります。分娩時骨折の主な原因はこの圧力や牽引力が過剰にかかった結果です。特に肩甲難産が重要な原因であり、胎児の前肩が母体の恥骨にひっかかることで鎖骨や肋骨に負担がかかります。また、吸引分娩によって牽引される力が加わることも骨折の要因となります。
母体側のリスク要因としては、身長が低い、肥満、過体重、35歳以上の高齢出産が挙げられます。胎児側では、出生体重が重い場合、特に3500グラム以上、さらに4500グラムを超えると骨折のリスクは一層高まります。胎児の頭囲が大きい場合も難産の原因となり、骨折リスクが上昇します。骨盤位(逆子)分娩や多胎妊娠、早産といった背景も骨折リスクに関連します。これらの条件が重なると分娩時に骨への負担が増し、骨折の発生確率が高くなるのです。
分娩時骨折の前兆や初期症状について
出生直後に骨折が判明することもあれば、退院後のフォローアップで見つかることもあります。鎖骨骨折では、赤ちゃんの片側の腕の動きが悪かったり、抱き上げたときに泣き出す、モロー反射が左右非対称になる、鎖骨部の腫れや骨が擦れるような軋轢音が聞かれることがあります。触診で鎖骨のずれを感じる場合もあります。
上腕骨や大腿骨が折れた場合は、腕や脚の動きが極端に少なくなり、不自然な角度で曲がっていることが特徴的です。肋骨骨折は症状が出にくいことが多く、呼吸状態の悪化やレントゲン検査で偶然発見されることもあります。頭蓋骨骨折は通常無症状であることが多いですが、重症例では陥没した部分が確認されたり、局所の腫れが出ることもあります。時には、出生時に骨折が見逃され、後に骨癒合の過程で形成される仮骨(新しい骨の盛り上がり)が見つかって判明するケースもあります。
分娩時骨折の検査・診断
骨折の診断では、まず妊娠・分娩経過の詳しい聞き取りが重要です。吸引分娩の有無、肩甲難産の有無、赤ちゃんの出生体重や分娩操作の詳細を把握します。診察では患部の腫れ、変形、圧痛、可動域制限の有無を丁寧に確認します。
鎖骨骨折は触診によって比較的容易に疑われますが、確認のため超音波検査や単純X線撮影を行うことがあります。超音波検査は放射線被曝がないため新生児に優しい検査法です。上腕骨、大腿骨、肋骨、頭蓋骨の骨折ではX線撮影が診断の中心となります。頭蓋骨骨折では必要に応じて3次元画像(CT)が行われることもあり、骨の陥没や骨折線をより詳細に評価するのに役立ちます。症状がはっきりしない場合や疑わしい場合でも、経過をみる中で仮骨形成が確認されることで骨折の存在が明らかになることもあります。
分娩時骨折の治療
分娩時骨折の大部分は自然治癒することが知られています。鎖骨骨折は多くの場合、治療を行わなくても2〜3週間で完全に治癒します。赤ちゃんの自然治癒力は非常に高く、骨の成長過程で形態も整っていきます。痛みが強いときは腕を胸の前で固定して安静に保つ処置がとられます。
上腕骨や大腿骨の骨折でも、適切に整復して固定すれば通常良好に治癒します。柔らかい素材のギプスや包帯で固定されることが多く、数週間の固定期間の後には自然な形で骨がくっつきます。骨折部位の変形や成長障害を残すことは極めて稀です。肋骨骨折は特別な治療を必要としないことがほとんどで、主に呼吸状態の観察を続けます。頭蓋骨骨折も大半は保存的に経過を見ますが、陥没が著しい場合や神経症状を伴う場合は整復手術が検討されることもあります。
分娩時骨折になりやすい人・予防の方法
分娩時骨折は母体側・胎児側双方の要因が絡み合って発症します。母体が小柄で骨盤が狭い場合や、肥満がある場合には産道通過に困難をきたしやすくなります。胎児側では巨大児、骨盤位、双胎妊娠などで発生リスクが高まります。特に肩甲難産は鎖骨骨折の主な原因とされています。
予防のためには妊娠中の適切な体重管理と栄養指導が重要です。定期的な超音波検査で胎児の推定体重や頭囲の大きさを把握し、出産時のリスクを早期に評価することが望まれます。巨大児が予測される場合や、分娩時に難産が懸念される状況では、帝王切開の選択がリスク軽減に有効です。また、分娩時には適切な分娩介助技術が重要であり、産科医師や助産師の経験も大きく影響します。
出産後も注意深く赤ちゃんの全身状態を観察し、早期に異常を発見することが後遺症の予防につながります。適切に管理すれば、ほとんどの赤ちゃんは骨折による後遺症なく元気に成長していくことができます。
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