肘関節靭帯損傷

監修医師：
林 良典（医師）

肘関節靭帯損傷の概要

肘の関節を安定させる役割を持つ靭帯が、過度な負荷や外傷によって損傷を受ける状態のことを肘関節靭帯損傷といいます。
肘関節は、肩から肘までの骨である上腕骨、肘から手の平までの親指側の骨の橈骨と小指側の骨の尺骨の3つの骨から構成されています。
これらの骨を結びつける肘の靭帯で関節の安定性を保っています。そのなかでも、肘関節の内側に存在する内側側副靭帯（UCL）と、外側に存在する外側側副靭帯（LCL）は、肘の安定性にとって重要な役割があります。

肘関節靭帯損傷は、野球のピッチャーやテニス選手などのように、繰り返しの投球動作や衝撃で靭帯に負担をかけた結果引き起こされます。それ以外にも、転倒時に手をついた際などの外傷によっても発症する場合もあります。

治療法は、損傷の程度や患者さんの活動レベルによって異なりますが、保存療法、手術療法のどちらかが適用されます。
肘関節靭帯損傷は、痛みや腫れ、関節の不安定感などの症状を引き起こし、そのままの状態にしておくと慢性的な痛みや機能障害につながる可能性があります。そのため、早期の診断と適切な治療が、機能改善を促進し、再発を防ぐために重要です。

肘関節靭帯損傷の原因

以下のように、肘に過度な負荷やストレスがかかることで発症しやすいといわれています。

過度の負担

スポーツ活動において、繰り返し動作を行うことによって発生します。
例えば、野球のピッチャーなど、繰り返しの投球動作は、内側側副靭帯に大きな負担をかけ、損傷のリスクを高めます。また、テニスやバドミントン時の、サーブやスマッシュなどの強力なスイング動作は、外側側副靭帯に負担を与える可能性があります。

外傷によるもの

転倒や衝突などで、手をついて肘を伸ばした状態で地面に衝撃を受けると、靭帯が引き伸ばされて損傷する場合があります。
特に、スポーツ中の接触や事故などによって急激な力が加わると、靭帯が損傷する危険性が高くなります。

加齢

年齢とともに靭帯の弾力性や強度が低下することで、靭帯を損傷する可能性が高くなります。特に中高年層では、靭帯の強度が低下し、弱い外力でも損傷を受けやすくなるため、注意が必要です。

肘関節靭帯損傷の前兆や初期症状について

肘関節靭帯損傷の前兆や初期症状は、以下のようなものがあります。

痛み

肘関節靭帯損傷の一般的な初期症状は、肘の内側または外側に感じる痛みです。この痛みは、投球やラケットを振る動作など、肘を使うスポーツ中に痛みが増すことがあります。この痛みは、運動後に強くなることが多く、安静時には軽減する傾向とされています。
しかし、症状が悪化すると、運動時だけでなく、安静時にも痛みを感じるようになります。

腫れや熱感

炎症反応によって、損傷した靭帯周辺の組織が腫れたり、損傷部分に熱感を持ったりする場合があります。

関節の不安定感

肘関節の不安定感も、初期症状として現れる場合があります。特に、肘に力を入れたときや、肘を使った動作中にぐらつく感じや、関節が外れるような感覚になる場合があります。

可動域の制限

肘を曲げたり伸ばしたりする際に痛みを感じたり、関節が硬く感じ、スムーズに動かせなかったりなど、完全に肘を伸ばしたり曲げたりすることが難しくなる場合があります。

筋力低下

痛みや不安定感などによる動作の制限で、肘関節周辺の筋力が低下することがあります。

これらの症状を感じた場合は、すぐに整形外科を受診しましょう。整形外科を受診して、整形外科テストや画像診断などを行うことで、詳細な評価が可能です。その後それぞれの症状に対して適切な治療計画を併せて行うことができます。
肘関節靭帯損傷は、早期の診断と治療を開始することで回復を早めることができます。肘の内側や外側に少し痛みがあるなど、症状が軽い場合でも、医療機関を受診して医師の診察を受けましょう。

肘関節靭帯損傷の検査・診断

肘関節靭帯損傷の検査・診断は、主に以下の内容が行われます。

問診

医師は初期評価として、以下の内容を問診します。

• 痛みの部位
• 痛みの強さ
• 発症時期
• 受傷のきっかけとなった動作や状況
• 過去の肘の怪我
• スポーツ歴

身体検査

身体検査では、以下のような内容が行われます。

身体診察

視診や触診により、腫れや変形、熱感の有無を確認します。

整形外科テスト

整形外科テストを実施して、肘への痛みが誘発された場合は、肘関節靭帯損傷を疑います。
具体的には、肘内側側副靭帯の損傷が疑われる場合はムービングバルジストレステスト、肘外側側副靭帯の損傷が疑われる場合は肘関節外反不安定性（ストレステスト）などを行って評価します。

画像診断

肘の状態を詳細に評価するために、以下のような画像診断を行います。

X線検査

骨折や脱臼などの骨の異常を確認するために行います。ただし、靭帯自体の損傷はX線検査では直接確認できません。

MRI検査

靭帯や軟部組織の損傷を詳細に評価するために行われます。MRI検査は、靭帯の断裂や損傷の程度を確認するのに有効な検査です。

超音波検査（エコー）

動的な評価が可能で、靭帯や筋肉の状態をリアルタイムで観察できます。特にスポーツ医学において、よく使用されます。

肘関節靭帯損傷の治療

肘関節靭帯損傷の治療は、損傷の程度や患者さんの活動レベルに応じて保存療法、手術療法に分かれます。

保存療法

軽度から中程度の靭帯損傷で、日常生活に大きな支障がない場合は、以下のような保存療法が選択されます。

安静

痛みが生じる部位の安静を保ち、痛みを引き起こす動作やスポーツを一時的に休止し、靭帯の回復を行います。

物理療法

アイシングや、痛みや炎症を和らげるため、非ステロイド性抗炎症薬（NSAIDs）などが処方される場合もあります。

注射療法

患者さん自身の血液中に含まれる血小板を濃縮して、損傷した部位に注射するPRP（多血小板血漿）は靭帯の治癒を促進し、痛みを軽減する効果があるといわれています。

手術療法

保存的治療が効果を示さない場合や、完全断裂が確認された場合には、以下のような手術が検討されます。

靭帯再建術（トミージョン手術）

損傷した内側側副靭帯を、ほかの部位から採取した腱で置き換える手術です。一般的には、手首の腱を使用しますが、場合によっては膝の近くの腱などを使用する場合もあります。
一般の方でもこの手術を行う場合はありますが、野球など肘を使用するスポーツ選手の方が手術の頻度は高くなります。
なお、手術後は競技や仕事に完全復帰するまでには通常1年程度を要し、損傷の程度によっては2年近くかかる場合もあります。

関節鏡視下手術

関節鏡を用いた手術で、傷口が小さいため、術後の回復が早いとされています。

リハビリテーション

筋力強化や可動域向上を目的にリハビリテーションを行います。ただ、負荷量に関しては、損傷の程度や、患者さんの回復状況によって調整します。

肘関節靭帯損傷になりやすい人・予防の方法

以下の要因に該当する場合は、肘関節靭帯損傷を発症しやすい傾向とされています。

肘関節靭帯損傷になりやすい方の特徴

以下の要因に該当する場合は、肘関節靭帯損傷になりやすいので注意しましょう。

スポーツ選手

野球やテニスなど、肘に負担がかかりやすいスポーツを行っている場合は、肘関節靭帯損傷を発症する可能性が高くなります。
また、成長期の子どもや青少年は、筋肉や靭帯が未発達であるため、過度の負荷がかかると損傷しやすいため注意が必要です。

高齢者

加齢により筋力が低下すると、関節を支える力が弱くなります。そのため、転倒時などで手を付いた際に靭帯へ負担がかかり損傷する場合があります。

予防の方法

以下の方法を実践することで、肘関節靭帯損傷の発生を予防できる可能性があります。

適切なウォームアップとストレッチ

運動前に十分なウォームアップを行い、肘や肩の筋肉を柔軟に保つことで、肘にかかる負担を軽減できます。

筋力トレーニングと柔軟性の向上

高齢者の場合は、全身の筋力を強化して転倒を予防しましょう。また、肘周りの筋肉を強化することで、関節への負担軽減も期待できます。

休息の確保

同じ動作を繰り返すことによる疲労が蓄積すると、靭帯を損傷する可能性が高くなります。そのため、過度のトレーニングを避け、十分な休息を取ることが、靭帯の損傷を予防できます。