

監修医師:
江崎 聖美(医師)
目次 -INDEX-
顎骨骨折の概要
顎骨骨折は顔の骨折の中では頻度の高い骨折で、中でも下顎骨骨折は顔の骨折全体において、鼻骨骨折についで2番目に多い骨折といわれます。顎骨骨折が生じると、嚙み合わせ、顎関節の位置や顔の形と顎口腔機能の再建的治療を必要とします。また、ものを嚙むための咀嚼筋群と舌骨上筋群の動きは大変複雑です。顎関節は、下顎骨関節突起と側頭骨から構成されます。それらには、口の開閉運動にかかわる咀嚼筋群や舌骨上筋群に加え、顎顔面に付着する各種筋・靭帯が深く関与し、複雑な運動をします。そのため、骨折骨片の整復や固定が適切になされないと、咬むときの圧力や負担がかかるため治りが悪くなったり感染を起こしたり、歯が抜けたり慢性顎関節症状が出たりと、さまざまな合併症を引き起こします。
顎骨骨折の種類
顎骨は、上顎骨と下顎骨にわかれます。それぞれに分類があります。上顎骨骨折はLe Fort分類でわけられます。
- Le FortⅠ型骨折:上顎骨のほぼ下半分が骨折したもの
- Le Fort Ⅱ型骨折:上顎骨が鼻骨を含めて骨折したもの
- Le Fort Ⅲ型骨折:頬骨をも含め顔面中央部が全体として頭蓋骨と離れてしまう骨折
下顎骨骨折は、骨折部位により、オトガイ部、骨体部、下顎角部、下顎枝部、筋突起および関節突起部に分類されます。歯槽骨に限局する骨折は、歯槽骨骨折として別に分類されます。その中でも下顎骨関節突起骨折は顎顔面骨骨折の好発部位の1つです。顎顔面骨骨折の内、約20-50%を占めます。下顎骨において、関節突起部がもっとも弱い構造のため骨折が生じやすいのです。歯槽骨骨折は歯槽部と歯槽突起部に限局した骨折で、直接その部位に力が加わった際に起こります。多くは上下前歯部で数歯を含みブロック状に骨折し、軟組織の損傷や、出血を伴います。開放骨折にあたり、感染のリスクが上がります。
顎骨骨折の原因
下顎骨の骨折は下顎部に強力な外力が作用したときに起こり、原因は、おもに交通外傷や殴られる、バットで打たれるなどの鈍的外傷です。上顎骨の骨折は、顔の前面中央部に外力が作用したとき(高所からの転落や自動車衝突事故など)に鼻骨だけで外力を吸収できずに近くの骨(頬骨や上顎骨)に波及したことによって起こります。こぶしや武器などの鈍器で殴られて起こることもあります。
したがって全身のほかの箇所にも影響が及んでいる可能性があり、救急科、脳神経外科、胸・腹部外科、耳鼻咽喉科、形成外科、眼科などの複数の診療科で治療が必要な場合があります。「いつ、どこで、どんな状況」での受傷であるかといった来院時の情報は特に重要です。
顎骨骨折の前兆や初期症状について
顎骨骨折の原因が外傷であるとき、時に生命にかかわります。そのため、最初の治療は生命維持のため、頻度は低いものの致死的な気道閉塞、口腔・鼻腔からの多量出血に対して行われることがあります。呼吸や循環動態が安定した後には、頭蓋底骨折の有無や髄液が漏れていないかどうかを確認する必要があります。
顎骨骨折の初期症状
下顎骨骨折の最初の症状として、嚙み合わせの異常、口が開かない、口の開け閉めの際の痛み、骨折部を押したときの痛み、知覚神経障害、歯の動揺などがあります。下顎骨関節突起骨折の場合、それに加えて顎関節部に一致した腫脹や疼痛がでることがあります。上顎骨骨折の場合、顔面の著しい腫脹、噛み合わせの異常、知覚神経障害、骨折の型にもよりますが、物が二重に見える複視、眼がくぼむ、顔面の中央部が平らになるなどの症状が現れることがあります。また、髄液が鼻から漏れたり、嗅覚の異常を伴うことがあります。
顎骨骨折の合併症
下顎骨骨折では、外耳道損傷、下歯槽神経損傷、味覚障害、難聴、顔面神経麻痺、知覚障害、外傷性真珠種などがあります。上顎骨骨折では、頭蓋底に骨折が及ぶことがあります。
外傷を受けた際は救急科を受診してください。
顎骨骨折の検査・診断
外傷の初期診療としてのprimary survey(気道確保、出血に対する処置、ほかの損傷に対する評価と処置など)を行い、全身状態が安定したのちに詳しい検査にうつります。
顎骨骨折の問診
受傷時の状況を把握することで骨折部位や損傷の重症度を推測することができるので、できるだけ詳しく状況を説明するとよいでしょう。たとえば時刻、場所、原因、接触した物体、外力の作用部位・作用方向・強さ、意識障害の有無、出血の有無が必要な情報です。特に、受傷時と搬送中の意識喪失、頭痛、悪心嘔吐の有無は頭蓋内損傷の有無を知るうえで重要です。
顎骨骨折の診察
診察では口の中と外を診察します。外からの診察で、顔面の変形・左右の非対称、腫脹、軟組織損傷、出血、眼部の異常、開口障害、顎運動異常などの有無について観察します。次に口の中を、口腔内出血、軟組織損傷、歯の損傷、咬合異常などの有無について観察します。続いて触診、知覚障害の診察で骨折部位を推定します。顎骨骨折により眼や頬にも影響が出る可能性があります。
- 上顎〜頬骨部
上顎の動揺、嚙み合わせの異常の有無を診察します。眼球運動障害や複視、頬部の知覚異常を確認します。 - 下顎部
顎運動時の痛み、嚙み合わせの異常と開口障害、顎運動の異常の有無を確認します。下唇の感覚が鈍くなっている場合、下顎の骨の中の下顎管の損傷を伴う骨折があることが推察されます。 - 口腔内
嚙み合わせの異常や粘膜の腫脹や損傷、損傷、出血、粘膜下出血、歯の損傷、咀嚼障害について診察します。
顎骨骨折の画像診断
- 単純X線写真撮影
骨折の有無、部位、骨片の偏位などを診断します。一方向の単純X線撮影のみでは骨折の正確な診断は難しいため、複数の撮影法により診断します。さらに、歯槽部、歯周、歯の損傷程度を診断するために、 デンタルX線写真も重要です。 - CT検査
顔面では薄い骨が立体的に複雑な構造を形成していることから単純X線写真では骨折の診断が難しいことがあります。そのような場合にはCT撮影が有用です。3次元CT画像(3DCT)では骨片の偏位の状態を立体的に把握できるため手術の検討、患者さんへの説明にも有用です。下顎骨骨折の診断感度としては、CT(またはCBCT)検査がパノラマX線写真の86%と比較して100%と優れており、現在では必須な画像検査と考えられています。 - 模型診査
顎骨骨折治療では嚙み合わせの整復が重要となるため、歯科的な模型の作成が有用な場合もあります。 - MRI
軟部組織の損傷状態、神経損傷の状態を評価するために有用です。近年、関節包内血腫に代表される顎関節構成体および周囲組織の外傷評価にMRIによる病態評価が有用との報告があります。
顎骨骨折の治療
外傷による顎骨骨折の初期治療では、止血や整復が重要です。その後の顎骨骨折治療の第一の目的は機能の回復です。したがって、治療法を選択するときには、局所の要素として骨折の位置、様態、異物の有無、歯が欠損しているかどうかや嚙み合わせの状態などに加え、ほかの顎顔面骨骨折部位の状態を考慮する必要があります。
また患者さんの全身的因子として、年齢(小児、成長期、成人)、全身状態、社会的背景などが深く関わります。特に子どもや成長期の患者さんの顎関節部、関節突起骨折では、後の顎関節や下顎をふくめた顎顔面骨と、歯列咬合への成長発育に大きく影響を及ぼすと考えられており、顔面非対称や、顎関節強直症、顎関節形態を含めた顎口腔機能への配慮と長期経過観察が重要です。したがって、小児をはじめとした成長期の骨折では、受傷直後からの治療の開始、急性期の一定期間の安静治療と、その後の積極的なリハビリテーションが必須であると考えられています。
顎骨骨折の非観血的治療
保存的治療、つまり手術以外を選択する場合には、徒手もしくは持続牽引により整復します。保存的治療は非観血的治療とも言います。顎骨骨折は、受傷後数日以内に整復できるかどうかで、その後の経過が左右されます。この期間に整復できない場合には、手術で整復することになります。
保存的治療が選択される条件として、変位がなく、単純骨折で、呼吸などの運動時の移動や骨髄炎、萎縮がなく、嚙み合わせに問題ない歯の状態であることがあげられます。また、患者さんの治療に対する十分な理解と協力が得られるなどの点が重要です。得られた整復位を維持するため、安静位を確保する必要があり、上と下の顎を固定する、顎間固定が使用されることもあります。
顎骨骨折の観血的治療
非観血的整復術で十分に整復できない場合、観血的整復術つまり手術の適応となります。全身麻酔下に、可能な限り骨折した骨をもとの位置に戻し、プレートとスクリューで固定します。顎骨骨折では手術後も必要に応じて前述した顎間固定を一定期間行うことがあります。
顎骨骨折になりやすい人・予防の方法
顎骨骨折を予防するためには、骨粗しょう症の予防や転倒の防止が有用です。
参考文献




