

監修医師:
伊藤 規絵(医師)
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ウェルドニッヒホフマン病の概要
ウェルドニッヒホフマン病(Werdnig-Hoffmann病)は、脊髄性筋萎縮症(Spinal Muscle Atrophy:SMA)の重症なI型に分類される遺伝性疾患です。
この病気は、運動神経(運動ニューロン)を司る脊髄前角細胞が障害されることで全身の筋力が低下し、特に乳児期早期に発症します。
原因は、SMN1遺伝子の変異や欠失によって引き起こされます。この遺伝子は運動神経の生存に重要な役割を果たしており、その異常が脊髄前角細胞の機能不全をもたらします。遺伝形式は常染色体潜性(劣性)遺伝です。
この病気は、生後6ヶ月までに発症し、手足や体幹の筋力低下、哺乳障害、嚥下障害、呼吸困難などが見られます。特有の「フロッグレッグ肢位」や奇異呼吸(吸気時に腹部が膨らみ胸部が陥凹する)が診断の手がかりとなります。
知的発達には影響しないものの、運動発達が著しく遅れます。治療が行われない場合、多くは乳幼児期早期に呼吸不全で死亡します。
診断には遺伝子検査が用いられ、SMN1遺伝子の異常を確認します。また、筋電図や筋病理検査も補助的に行われます。
治療には対症療法と新薬による根本治療があります。人工呼吸管理や栄養サポート(胃瘻など)が必要となる場合があります。2017年以降、日本ではヌシネルセンナトリウム(スピンラザ®:核酸医薬品)、オナセムノゲン アベパルボベク(ゾルゲンスマ®:遺伝子治療薬)、リスジプラム(エブリスディ®:経口投与可能なSMN2遺伝子修飾薬)が使用可能となり、この薬剤はSMN2遺伝子の働きを補強し、病状進行を抑制します。
進行性で重篤な疾患ですが、新しい治療法の導入により予後改善が期待されています。
ウェルドニッヒホフマン病の原因
原因は、SMN1遺伝子の変異または欠失にあります。この遺伝子は(Survival Motor Neuron)SMNタンパク質を生成し、脊髄前角細胞を含む運動ニューロンの生存と機能維持に重要な役割を果たします。SMN1遺伝子が正常に機能しない場合、運動ニューロンが障害され、筋力低下や運動発達の遅れが生じます。
この疾患は常染色体潜性(劣性)遺伝形式で遺伝します。両親が保因者である場合、子どもが発症する確率は25%とされています2)。また、SMN1遺伝子の近傍に存在するNAIPやSERF1などの修飾遺伝子も病態に影響を与える可能性があります2)。
特に乳児期早期に発症し、呼吸筋や体幹筋の重度の筋力低下を引き起こす進行性疾患です。
ウェルドニッヒホフマン病の前兆や初期症状について
生後0〜6ヶ月の乳児期に現れます。この病気の特徴は、筋力低下と運動発達の遅れです。出生直後は一見健康そうに見えることもありますが、次第に次のような症状が現れます。
筋力低下
手足や体幹の筋肉が弱く、赤ちゃんが動かなくなる「ぐったりした状態」が見られます。
泣き声や咳の弱さ
泣き声がか細く、咳をする力も弱くなります。
哺乳障害
母乳やミルクを吸う力が弱く、飲み込みも困難になるため、誤嚥(ごえん)や肺炎のリスクが高まります。
呼吸障害
肋間筋の筋力低下により、吸気時に胸がへこみ腹部が膨らむ「奇異呼吸」が見られることがあります。
特徴的な姿勢
仰向けで両膝を曲げ、足を開いた「フロッグポジション(カエルのポーズ)」や、手を下げたまま動かさない「ジャグハンドルポジション(水差しの取っ手のポーズ)」が診断の手がかりとなります。
これらの症状は進行性であり、早期発見と治療が重要です。特に呼吸や嚥下機能の低下は生命予後に大きく影響するため注意が必要です。
ウェルドニッヒホフマン病の病院探し
小児科や脳神経内科(または神経内科)の診療科がある病院やクリニックを受診して頂きます。
ウェルドニッヒホフマン病の検査・診断
主に遺伝学的検査を中心に行われますが、臨床症状や補助的な検査も重要な役割を果たします。
1)問診と神経所見
家族歴の有無は、重要な情報となります。
乳児期に現れる特徴的な症状(筋力低下、運動発達の遅れ、呼吸障害など)から疑われます。特に「フロッピーインファント(floppy infant)」と呼ばれる筋緊張低下や奇異呼吸が診断の手がかりとなります。
2)神経学的検査
筋電図や神経伝導検査が行われ、運動ニューロンの機能障害を示す神経原性所見((複合筋活動電位:CMAP)の高振幅電位や多相性電位)を確認します。これらの検査は、ほかの神経筋疾患との鑑別にも役立ちます。
3)遺伝学的検査
診断確定には遺伝子検査が必須です。採血によって得られたDNAを解析し、SMN1遺伝子の欠失または変異を確認します。SMN1遺伝子が両アレルで欠失している場合(0コピー)、ウェルドニッヒホフマン病と診断されます。また、軽症度に影響するSMN2遺伝子のコピー数も調べられます。
ウェルドニッヒホフマン病の診断基準は、下位運動ニューロン徴候(筋力低下・筋萎縮)を認め、上位運動ニューロン徴候(バビンスキー徴候などの病的反射や痙縮など)は認めず、症状が進行性であることです。また、鑑別すべき他疾患を除外することです。
早期診断と治療開始が患者さんの予後を大きく改善するため、迅速かつ正確な診断が求められます。
ウェルドニッヒホフマン病の治療
近年の医学的進歩により大きく前進しました。治療は主に疾患修飾薬を用いた根本治療と、症状管理を目的とした支持療法に分けられます。
(1)疾患修飾薬による治療
1)ヌシネルセン(スピンラザ®)
2017年に日本で承認された髄腔内投与の核酸医薬品です。SMN2遺伝子のスプライシングを調節し、SMNタンパク質の産生を増加させます。初期には4回の負荷投与を行い、その後は4〜6ヶ月ごとに定期投与します。乳児から成人まで適用可能で、運動機能の改善や進行抑制が期待されます2)。
2)オナセムノゲン アベパルボベク(ゾルゲンスマ®)
2020年に承認された遺伝子治療薬で、欠損しているSMN1遺伝子をアデノ随伴ウイルス9型(Adeno-Associated Virus serotype 9:AAV9)ベクターを用いて補充します。静脈内単回投与で効果が得られる画期的な治療法ですが、副作用管理が重要です。2歳未満の患者さんに適用され、早期投与が推奨されます2)。
3)リスジプラム(エブリスディ®)
経口投与可能な薬剤で、SMN2遺伝子のスプライシングを調節します。生後2ヶ月以上の患者さんに適用され、家庭での服用が可能なため利便性が高い治療法です2)。
(2)支持療法
1)呼吸管理
呼吸筋の弱さに対処するため、非侵襲的陽圧換気(NPPV)や気管切開による人工呼吸管理が必要となる場合があります。
2)栄養管理
哺乳や嚥下障害がある場合には経管栄養や胃瘻が行われます。
3)リハビリテーション
筋力維持や関節拘縮予防のため、理学療法士による運動訓練や装具の使用が推奨されます。
新生児スクリーニングによる早期発見と迅速な治療開始が、運動機能の維持や生命予後改善に直結します。
ウェルドニッヒホフマン病になりやすい人・予防の方法
SMN1遺伝子の変異による常染色体潜性(劣性)遺伝子疾患です。このため、発症リスクが高いのは、両親がともにSMN1遺伝子の変異を保有する「保因者」である場合です。保因者同士の子どもは、4分の1の確率で両方の変異遺伝子を受け継ぎ発症します1)。
現時点でウェルドニッヒホフマン病を完全に予防する方法はありません。しかし、遺伝カウンセリングを受けることにより、家族歴や保因者検査を通じて発症リスクを評価できます。また、出生前診断として妊娠中に胎児の遺伝子検査を行い、SMN1遺伝子の変異有無を確認できます。新生児スクリーニングは、生後早期に診断し、疾患修飾薬による治療を迅速に開始することで発症や進行を抑えることが可能です。これらの方法によって、発症リスクを把握し適切な対応を取ることが重要です。
関連する病気
- 脊髄性筋萎縮症
- クーゲルベルグ・ウェランダー病
- デュシェンヌ型筋ジストロフィー
参考文献




