腰痛症
林 良典

監修医師
林 良典(医師)

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名古屋市立大学卒業。東京医療センター総合内科、西伊豆健育会病院内科、東京高輪病院感染症内科、順天堂大学総合診療科を経て現職。診療科目は総合診療科、老年科、感染症、緩和医療、消化器内科、呼吸器内科、皮膚科、整形外科、眼科、循環器内科、脳神経内科、精神科、膠原病内科。医学博士。公認心理師。日本専門医機構総合診療特任指導医、日本老年医学会老年科専門医、禁煙サポーター。

腰痛症の概要

腰痛症は、腰部に痛みを伴う状態を指し、筋肉や靭帯、神経、椎間板、関節といった腰部のさまざまな組織が関与する症状です。
この症状は、急激に発症する一時的な腰痛(急性腰痛)から、長期間続く慢性腰痛まで多岐にわたる形で現れます。腰痛は単独の疾患ではなく、さまざまな原因によって引き起こされる複合的な症状であるため、個々の患者さんに適した診断と治療が求められます。

日本国内では腰痛は一般的な症状で、厚生労働省の調査では、成人の約80%が生涯のうちに少なくとも一度は腰痛を経験するとされています。特に30代から50代の働き盛りの世代に多く見られますが、高齢になるにつれてその発生頻度が増加し、日常生活の質を大きく損なう原因ともなります。さらに、女性では妊娠や出産に伴うホルモンの変化や体重増加が影響し、腰痛を引き起こすことが多いとされています。

腰痛症の原因

腰痛を引き起こす原因はさまざまであり、特異的な原因によるものと、原因が明確ではない非特異的な腰痛に分類されます。特異的腰痛には、脊柱や椎間板に関連する疾患や外傷が含まれます。一方、非特異的腰痛では、姿勢や生活習慣、心理的な要因などが複雑に絡み合っています。

特異的腰痛の代表的な原因としては、椎間板ヘルニアが挙げられます。椎間板は、背骨の間にあるクッションの役割を果たす構造ですが、過度な負担や加齢による変性が進むと、内部のゼリー状の物質が外に押し出され、周囲の神経を圧迫することで痛みを引き起こします。また、脊柱管狭窄症は、加齢に伴う骨や靭帯の変性によって脊柱管が狭くなり、神経が圧迫される疾患で、主に高齢者に多く見られます。骨粗鬆症による圧迫骨折も高齢者の腰痛の一因です。骨密度が低下した状態では、軽微な外傷でも骨折が発生しやすくなります。

一方、非特異的腰痛は、明確な病変が確認されない場合に診断されることが多く、腰痛全体の約85%を占めるとされています。長時間の座位や不適切な姿勢、筋肉や靭帯の過負荷、運動不足、肥満、さらには心理的なストレスが関与していると考えられています。特にデスクワークが多い現代社会では、長時間同じ姿勢を保つことが腰痛の主な原因となっています。

腰痛症の前兆や初期症状について

腰痛は多くの場合、突然発症するのではなく、徐々に現れることが一般的です。最初は腰部に鈍い痛みや違和感を感じる程度であることが多く、日常生活にはさほど影響しません。しかし、この段階で適切な対策を取らないと、痛みが強まり、慢性化する可能性があります。

初期症状としては、長時間座った後に立ち上がった際や、物を持ち上げる動作の際に痛みを感じることがあります。さらに、腰部のこわばりや違和感が日常的に続く場合もあります。症状が進行すると、腰部だけでなく、足のしびれや筋力低下といった神経症状を伴うことがあります。これらは椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症と関連する場合が多く、早期診断が必要です。

また、夜間に痛みが強まる場合や、体重減少、発熱を伴う場合は、腫瘍や感染症の可能性が考えられます。このような症状がある場合、早急に整形外科や内科の専門医を受診することが推奨されます。

腰痛症の検査・診断

腰痛の診断では、問診身体診察が基本となります。問診では、痛みの部位、強さ、持続時間、きっかけとなった動作、過去の病歴などを詳細に確認します。身体診察では、腰部の可動域や筋力、腱反射の異常を調べます。

さらに、画像診断は診断を確定するために使用されます。X線検査は骨折や骨変形を評価する際に有用であり、骨粗鬆症による変化も確認できます。一方、MRIは椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症の詳細な評価に優れています。MRIでは、神経の圧迫状況や炎症の有無を鮮明に確認することが可能です。CTスキャンは骨構造の詳細を調べるのに適しており、特定の病変をより正確に評価するために使用されます。

血液検査は、感染症や炎症性疾患を疑う場合に実施されます。例えば、血液中の白血球数やCRP(C反応性タンパク)値の上昇は、炎症や感染症の存在を示唆します。リウマチ性疾患や腫瘍マーカーの検査も、鑑別診断の一環として行われます。

腰痛症の治療

腰痛の治療は、患者さんの症状の程度や原因に応じてさまざまな方法が選択されます。治療は保存的治療と手術療法に大別されますが、多くの患者さんはまず保存的治療が行われます。これは体への負担が少なく、効果的な場合が多いためです。

保存的治療には、薬物療法、理学療法、生活習慣の改善が含まれます。薬物療法では、鎮痛薬(痛みを和らげる薬)や抗炎症薬(炎症を抑える薬)が一般的に使用されます。たとえば、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、痛みを感じる物質の生成を抑えることで、痛みと炎症の両方を軽減する効果があります。また、筋肉が緊張している場合には、筋弛緩薬が処方されることもあります。これらの薬は、症状を軽減するのに役立ちますが、長期間の使用は副作用のリスクがあるため、医師の指導のもとで適切に使用する必要があります。

理学療法も腰痛の治療において重要な役割を果たします。専門の理学療法士が指導するストレッチや筋力トレーニングは、腰部の柔軟性を高め、周囲の筋肉を強化することで、腰への負担を軽減します。たとえば、ハムストリングス(太ももの後ろの筋肉)のストレッチや、体幹筋を鍛えるプランクなどのエクササイズは、腰痛の予防と治療の両方に効果的です。さらに、温熱療法(温めることで血行を促進し筋肉をリラックスさせる)や低周波治療器を使用した電気療法なども取り入れられることがあります。

また、生活習慣の改善も腰痛の治療には欠かせません。不良姿勢が腰痛の大きな要因となるため、正しい姿勢を保つよう心がけることが重要です。たとえば、椅子に座る際には、背中をまっすぐにして腰をサポートするクッションを使用するとよいでしょう。また、長時間の座位や立位を避け、定期的に体を動かすことが推奨されます。仕事中に1時間ごとに立ち上がり、軽く体を動かすだけでも腰への負担を大幅に軽減できます。さらに、適度な運動を日常生活に取り入れることで、腰部周辺の筋肉を鍛え、痛みの発生を防ぐことができます。ウォーキングやスイミングなど、関節に負担をかけにくい有酸素運動が特に効果的です。

一方で、保存的治療で効果が見られない場合や、神経症状(下肢のしびれや筋力低下)が重篤な場合には、手術療法が検討されます。たとえば、椎間板ヘルニアが原因で神経が強く圧迫されている場合、椎間板摘出術が行われることがあります。この手術では、突出した椎間板の一部を取り除き、神経への圧迫を解消します。また、脊柱管狭窄症に対しては、脊柱管内の圧迫を軽減するための除圧術が行われます。

腰痛症になりやすい人・予防の方法

腰痛は特定の生活習慣や身体的特徴を持つ人に発生しやすいことが知られています。たとえば、長時間座ったままの姿勢を取るデスクワークを日常的に行う人は、腰に負担が集中するため腰痛を発症しやすい傾向があります。また、運動不足の人は、腰部を支える筋肉が弱くなり、腰痛リスクが高まります。肥満もまた重要な要因であり、体重が増えることで腰椎にかかる負荷が増大し、慢性的な痛みを引き起こすことがあります。さらに、ストレスや不眠などの心理的要因も、腰痛に影響を与える可能性があります。ストレスが増えると筋肉が緊張し、痛みを感じやすくなるためです。

腰痛の予防には、いくつかの有効な方法があります。まず、適度な運動を生活に取り入れることが重要です。ウォーキングやスイミング、ヨガといった運動は、腰部の筋肉を強化し、血流を促進することで腰痛を防ぎます。特に、体幹を鍛えるエクササイズは、腰椎への負担を軽減する効果があります。プランクやサイドプランクといった体幹トレーニングは、腰を支える筋力を効率的に向上させます。また、適切な体重管理を心がけることで、腰椎への負担を軽減することが可能です。

さらに、姿勢を改善することも腰痛予防において重要です。椅子に深く座り、腰を背もたれに密着させるようにすると、腰への負担を軽減できます。さらに、長時間の座位を避け、定期的に立ち上がって軽いストレッチを行うことが推奨されます。デスクワーク中には、背中を丸めず、モニターの高さを目線に合わせるといった工夫が有効です。また、睡眠環境も見直す必要があります。柔らかすぎるマットレスは腰を不自然な角度に曲げる原因となるため、適度な硬さのあるマットレスや、体圧を分散する機能を持つ寝具を選ぶことが大切です。


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