

監修医師:
岡田 智彰(医師)
目次 -INDEX-
上腕骨骨幹部骨折の概要
上腕骨骨幹部骨折は、肩関節と肘関節をつなぐ上腕骨の中間部付近が骨折する疾患です。上腕骨は上肢の中でも主要な骨の1つであるため、骨折を発症すると日常生活や運動などの場面で大きな影響を与える場合もあります。
一般的には、自転車事故や転倒の際に手や肘をついたときや、転落して直接上腕の中央に強い力が加わった場合など、外的な力が加わることによって引き起こされます。そのほかにも、腕相撲などのように上腕骨が捻じれるような力が加わった際にも発症する場合があります。
上腕骨骨幹部骨折は、肩・肘関節などの関節部から遠いため、骨折の治療後の可動域制限は少ないといわれています。しかし、上腕の中央部付近には橈骨神経が走行しており、出血や筋肉の腫れによる圧迫、骨片による牽引の作用で麻痺の合併症が生じる場合があります。この神経損傷は、骨折の10%以上の割合でみられますが、経過観察によって70%程度が自然回復するといわれています。
骨折の治療には、保存療法と手術療法があり、症状の程度や患者さんの状態によって最適な治療法が選択されます。
上腕骨骨幹部骨折の原因
年齢や生活環境などによって、発症する原因は異なりますが、主に以下のような状況で、外部からの強い衝撃や過度の力が加わることで発生するのが特徴です。
交通事故
側面から車両に衝突されドアに打ち付けてしまう例やバイク事故での転倒による外力が骨折を引き起こすことが多くみられます。若年層では交通事故での発症が主要な原因となります。
転倒
転倒した際に、手を付いたり、肩を強打したりすることも上腕骨骨幹部骨折の原因の1つです。特に、高齢者の場合は、骨密度が低下しているため、わずかな転倒でも骨折する危険性が高くなります。
スポーツ中の外傷
腕相撲などによって生じる、急激な捻転力が原因で骨幹部の骨折がみられる場合があります。腕の筋力が強い人が骨折してしまう傾向にあります。
スポーツによる繰り返しのストレス
急激な力が加わるだけでなく、急激な動作や不適切なフォームでの投球動作を繰り返して行うことで、上腕骨の骨幹部にストレスがかかった結果、骨折を引き起こす場合があります。
上腕骨骨幹部骨折の前兆や初期症状について
外的な力が加わることによって骨折を発症するため、以下のような前兆や初期症状が発生直後から現れることが多い傾向です。
上腕部の激しい痛み
最も一般的な症状は患部への強い痛みです。特に、腕を動かしたり、圧力をかけたりすると痛みが増し、場合によっては腕を動かすことが難しい場合もあります。
この痛みは、骨折した直後から急激に現れるのが特徴です。
腫れと内出血
骨折が発生すると、周囲の組織が損傷を受けるため、骨折した部位の腫れや内出血が見られる場合があります。腫れの程度は骨折した範囲や衝撃の強さによって異なりますが、時間の経過とともに悪化する傾向です。
腕の変形
骨の位置関係が大きくずれることがあり、腕が外から見てもわかるような不自然な形に変形する場合があります。
関節の動かしにくさ
骨折によって、肩や肘の動きが制限される場合があります。
しびれや感覚の低下
神経が圧迫されると手や指にしびれや異常な感覚を覚える場合があります。上腕骨骨幹部骨折では、橈骨神経が損傷を受ける場合があり、この神経が損傷されると、手首や指の背側の感覚が鈍くなったり、手首が下に垂れ下がる下垂手と呼ばれる症状になります。
下垂手になると、手首を背側に起こしたり、指を伸ばしたりすることが難しくなるのが特徴です。
上記のような症状がみられた場合は、上腕骨骨幹部骨折を発症している可能性があります。気になる症状があった場合は、整形外科を受診しましょう。
上腕骨骨幹部骨折の検査・診断
上腕骨骨幹部骨折の診断は、症状や外見などからある程度は可能ですが、正確な評価と治療計画のために、以下のような詳細な検査が必要です。
身体診察
医師が患者さんから転倒、交通事故などの受傷機転や、発症時の状況などの情報を聞き取ります。また合わせて、痛みの部位や強さ、しびれなどの感覚異常の有無も確認します。
視診では、骨折部の腫れ、変形、内出血の有無や、腕の可動域や動かした際の痛みの程度を評価します。その際に、橈骨神経麻痺による下垂手がみられていないかを確認することが重要です。
画像検査
骨折の正確な診断や、詳細な評価を目的に以下の画像検査が行われます。
①X線検査(レントゲン)
最初の画像検査は、X線検査が行われるのが一般的です。X線検査は、前後像と側面像の2方向から撮影して、骨折の有無、骨のズレだけでなく、骨折の形態や転位の程度も評価します。
②CTスキャン
X線での評価が不十分な場合や、複雑な骨折が疑われる場合は、CTスキャンを行って、骨折部位を評価します。
また、CTスキャンは立体的な状態の評価もできるため、手術を行う場合には、手術計画の参考としても効果的です。
③MRI検査
骨だけでなく、神経や筋肉、靭帯など、軟部組織への影響を確認するためにMRI検査を行う場合があります。特に、骨折によって神経損傷や血管損傷が疑われる場合のMRI検査は有用です。
④超音波検査
MRI検査と同じように血管や神経の状態を評価する際に行います。特に超音波検査は、血流状態の確認に有用な検査です。
上腕骨骨幹部骨折の治療
骨折の部位や骨片のずれの程度、患者さんの年齢、活動レベルや、神経や血管への影響の有無に応じて、保存療法と手術療法に分けられます。
保存療法
骨のズレが少ない場合や神経や血管に損傷がない場合は、保存療法が選ばれます。上腕骨骨幹部骨折の特徴として、軟部組織による血流が豊富で骨癒合も良好なことが多いため、保存療法がよく選択されます。ファンクショナルブレースという装具を約6-8週間装着します。
保存療法の場合は、定期的にX線検査を行い、骨癒合の進行を確認します。
手術療法
骨のズレが大きかったり、神経や血管の損傷がある場合、あるいは保存療法では症状の改善が難しい場合には、手術療法を選択します。上腕骨骨幹部骨折に対する手術療法は大きく以下のように分かれます。
①プレート固定
骨の表面に金属製のプレートを取り付けて、スクリューで骨を固定します。この方法は、骨のズレが大きい場合や複雑な骨折、合併症がある場合に選択されます。
②髄内釘
骨の内部に金属の棒である髄内釘を挿入して固定する方法です。この方法は、侵襲が少なく、手術時間が短縮されるため、骨折部を安定させるとともに、早期の運動が可能であることが多い傾向です。
保存療法・手術療法のどちらでも、状態が安定すれば、関節の可動域改善や筋力向上だけなく、食事や着替えなどの日常生活動作の練習などを目的にリハビリテーションを行います。
上腕骨骨幹部骨折になりやすい人・予防の方法
上腕骨骨幹部骨折は、日常生活やスポーツ中の転倒、交通事故などさまざまな場面で発生するため、以下の条件に該当する場合は注意が必要です。
高齢者
高齢者になると、骨密度の低下や筋力の衰えがみられるため、転倒による骨折のリスクが高まります。
スポーツ選手
コンタクトスポーツや、アームレスリングなどのように力を使うスポーツ選手、正しくないフォームで投球している野球選手などは、外的な衝撃や転倒によって発症する危険性が高い傾向にあります。
骨粗鬆症のある人
骨密度が低下していると、少しの外力が加わるだけでも骨折する危険性があるため、注意が必要です。骨粗鬆症は高齢者だけでなく、閉経後の女性は、ホルモンバランスの変化で骨密度が低下しやすくなるため注意しましょう。
交通事故の危険性が高い人
車やバイク、自転車をよく利用する場合は、交通事故などによる骨折の可能性が高くなります。
これらの条件に該当する方は、上腕骨骨幹部骨折を発症しやすいため、予防することが重要です。
具体的には、高齢者の転倒に対しては、滑りやすい床には滑り止めマットを設置する、十分な明るさを確保して見えにくい場所を減らすなどしましょう。
また、骨の強度を保つために、カルシウムやビタミンDの摂取、適度な運動を定期的に行うことで、骨の強度を保つだけでなく、転倒する危険性も減らすことができるはずです。
関連する病気
- 腕神経叢損傷
- 肩関節脱臼
- 血管損傷
参考文献
- 一般社団法人 日本整形外傷学会「上腕骨骨幹部骨折」
- 整形外科と災害外科「橈骨神経麻痺を伴う上腕骨骨幹部骨折に対し早期展開を行った一例」
- BMJ Military Health「Humeral shaft fracture and radial nerve palsy in Korean soldiers: focus on arm wrestling related injury」
- The American Journal of Sports Medicine「Humeral torque in professional baseball pitchers」
- 公益社団法人 日本整形外科学会「橈骨神経麻痺」