目次 -INDEX-

野球肩
岡田 智彰

監修医師
岡田 智彰(医師)

プロフィールをもっと見る
昭和大学医学部卒業。昭和大学医学整形外科学講座入局。救急外傷からプロアスリート診療まで研鑽を積む。2020年より現職。日本専門医機構認定整形外科専門医、日本整形外科学会認定整形外科指導医、日本整形外科学会認定スポーツ医、日本整形外科学会認定リハビリテーション医、日本整形外科学会認定リウマチ医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター。

野球肩の概要

野球肩は、投球動作によって肩に過剰な負担がかかり、痛みや障害が起こる状態を指します。

野球肩の原因

1. 投球動作による負担

投球数と投球強度
ピッチングの回数が多かったり、強い投球を繰り返すと、肩に大きな負担がかかります。特に速球は肩にかかるストレスが大きいとされています。

フォームの問題
不適切な投球フォームが肩に余計な負担をかけます。例えば、体幹のひねりが小さく手投げになったり、ボールリリースの際の腕の位置が不自然だったりすることで障害を引き起こしやすくなります。

2. 体のコンディション

柔軟性や筋力の低下
筋肉の柔軟性が低かったり、肩甲骨や周囲の筋力が不足していると、肩への負担が増えます。

成長期の影響
成長期の子どもは骨が発育途中のため、特に注意が必要です。

3. 肩の構造的な問題

関節や腱の損傷
関節の一部が傷ついたり、腱板(肩のインナーマッスル)が損傷すると、痛みや機能不全が起こります。
投球動作の中で、関節の内側で軟部組織同士の衝突(インピンジメント)が生じることが原因で痛みを感じることがあります。

4. 体全体の動きの問題

運動連鎖の不具合
ピッチングは全身を使った動作です。下半身や体幹(腹筋・背筋)の動きがうまく連動しないと、肩関節に過剰な負担がかかります。

肩甲骨の動きの問題
肋骨上を肩甲骨が滑らかに動かないと、投球動作時に肩関節に必要以上にストレスがかかることになり、障害を引き起こす可能性があります。

野球肩の前兆や初期症状について

肩の張りや不快感

特徴
野球肩の初期には、肩に張りを感じたり、投球前のウォーミングアップに時間がかかることがあります。特に、投球の準備段階(ワインドアップ期、コッキング期)や加速期に不快感を感じることがあります。

ポイント
この段階では、日常生活での痛みはほとんどないことが多いです。

肩後面の痛み

特徴
症状が進行すると、投球時、特に肩を大きく回す部分(後期コッキングから加速期)で、肩の後ろに痛みを感じることがあります。

ポイント
日常生活での痛みは少ないですが、投球中に不安定感を感じることがあります。

投球時の痛み

肩関節の痛み
投球動作中に肩のいろいろな場所で痛みを感じることがあります。

  • 肩峰下インピンジメント: ワインドアップ期から前期コッキング期に肩の前面に痛みが生じることがあります。
  • インターナルインピンジメント: 投球の途中で肩関節内部に痛みを感じることがあります。

可動域の制限

肩の可動域が制限される
肩の動きに制限がかかることがあります。特に、肩を内側に回す動作(内旋)が制限されることが多いです。これにより、滑らかな肩の動きができなくなります。

パフォーマンスの低下

球速やコントロール性の低下
肩の痛みが原因で、投げる際に十分な力が入らず、球速が落ちたり、コントロールが不正確になることがあります。
投球フォームの変化
痛みを避けようとするあまり、投球フォームが崩れてしまうことがあります。

これらの症状が現れた際は整形外科を受診していただきます。

野球肩の検査・診断

1. 問診

痛みの期間と状態を確認
痛みがいつから始まったか、どれくらいの期間全力投球ができていないかを問診します。

試合や目標の把握
学年、ポジション、チーム内での役割など、選手の背景を確認して、どのような治療が適しているかを判断します。

症状の進行状況
痛みが続いている場合は炎症の可能性を考え、安静や抗炎症処置を検討します。1ヶ月以上全力投球ができていない場合は、肩の機能低下が進んでいる可能性があります。

2. スクリーニングテスト(簡易評価)

診察室で1分程度で行えるテストで、保存療法(手術を伴わない治療)の効果が見込めるかを確認します。

ゴムボールを使った評価
ゴムボールを肩甲骨の間に挟んで肩の動きを調べ、痛みや可動域の変化をチェックします。

正座での評価
正座した状態で肩を動かし、姿勢の改善が肩に与える影響を確認します。

全身調整法(IBC)
体幹や下半身を調整して肩の痛みや動きを確認します。この方法で多くの選手の改善が見込めます。

3. リハビリテーションでの評価

全身的な評価
股関節や体幹、肩甲骨などの筋肉や関節のバランスを調べ、肩への影響を確認します。

肩の評価
肩そのものに問題がある場合は、炎症や組織損傷の可能性を考慮して詳しく調べます。

4. 画像検査

MRI検査
肩関節内の軟部組織損傷の詳しい状態を確認するために、MRI検査が行われます。造影剤や生理食塩水を関節内に注入して撮影する造影MRIは、肩関節内の細かい損傷をより正確に確認できます。

野球肩の治療

1. 保存療法(手術を伴わない治療)

保存療法は、野球肩の大多数は保存治療が選択されます。リハビリテーションを中心に、以下のような方法が行われます。

理学療法

運動療法
肩甲骨や胸郭(肋骨周り)、股関節の動きを改善し、肩への負担を軽減します。
筋力強化や柔軟性向上を目的としたエクササイズを行います。
投球フォームの改善も行います。

全身の調整
肩だけでなく、全身の筋肉や関節の動きを調整し、肩への負担を軽減します。

安静と炎症の管理

痛みや炎症が強い場合には、肩を安静に保ちます。必要に応じて、消炎鎮痛剤の内服や注射を使用します。

患部の機能回復

肩の機能低下(廃用性変化)がある場合は、積極的にリハビリを行い、肩の動きを回復させます。

2. 手術療法

保存療法で改善が見られない場合や、画像検査で肩の損傷が確認された場合には、手術を検討します。

手術の適応

  • 保存療法を3ヶ月以上実施しても改善しない場合
  • 肩の損傷が競技復帰に支障をきたしている場合

主な手術の種類

関節唇損傷(SLAP病変)
損傷することで肩関節が不安定となります。関節鏡手術で縫合処置を行います。

腱板損傷
損傷が軽い場合は不要な部分を除去(デブリドマン)する手術を行い、重症の場合は縫合を検討します。

骨棘(Bennett骨棘)の除去
投球によって肩甲骨にできる骨の突起です。これが痛みの原因の場合は切除術を行います。

その他
炎症や癒着によって組織が傷んでいる場合には郭清(クリーニング)を実施します。インターナルインピンジメントの場合は熱凝固で組織を縮めて衝突しないように形成します。

野球肩になりやすい人・予防の方法

野球肩になりやすい人の特徴

1. 投球過多

特徴
投球数が多かったり、シーズンを通してエースとして投げる選手に見られます。
注意点
投球数を制限していても、フォームや身体の状態が悪ければ発症することがあります

2. 不適切な投球フォーム

フォームの問題

  • 肘が下がったフォーム
  • 下半身の動きと上半身の連動が不十分

影響
肩関節に余計な負担がかかり、障害のリスクが高まります。

3. 身体的な問題

柔軟性の低下
特に肩後方の硬さが、肩の動きを制限し負担を増加させます。

肩甲骨機能不全
肩甲骨の動きが悪いと肩関節に余分な力がかかります。

筋力不足
肩や体幹、股関節周りの筋肉が弱いと、投球動作が不安定になります。

体幹や股関節の機能低下
下半身や体幹の力が肩に伝わらず、負担が集中します。

4. 成長段階の選手

特徴
成長期の選手は骨や関節が未成熟で、かつ骨端線という成長軟骨板が存在するため、過度な負担に耐えられないことがあります。

注意点
身長が急激に伸びる時期は、運動感覚の変化への適応が難しくなります。

5. コンディション不良

疲労の蓄積
練習や試合で疲れがたまり、肩が回復しないまま投げ続けることでリスクが高まります。

過去の怪我や日常生活の習慣
怪我の履歴や不適切な姿勢が影響することがあります。

野球肩の予防法

1. 投球数の管理

投球数の制限
1日の投球数週単位での投球量を適切に管理する大切さが提言されています。

休息の確保
投球間に十分な休息を取り、肩の疲労を回復させます。

2. 正しい投球フォームの習得

専門家の指導
コーチやトレーナーのアドバイスを受けてフォームを改善します。

フォームの修正
肘の位置や体のひねり、肩甲骨の動きをチェックして負担を軽減します。ボールのリリース時、リリース後の手の向きなどにも注意を払いましょう。

体全体を使うフォーム
下半身や体幹の力を肩に効率よく伝えるフォームを身につけます。

3. 身体機能の向上

ストレッチ
肩や肩甲骨周囲の柔軟性を高めるストレッチを習慣化します。特に、肩後方の柔軟性を向上させます。

筋力トレーニング
肩だけでなく、体幹や股関節周りの筋力をバランスよく鍛えます。

肩甲骨の可動性改善
肩甲骨の動きをスムーズにするエクササイズを行います。

4. コンディショニング

疲労管理
練習後や試合後にクーリングやストレッチングなどの肩のケアを行い、疲労をためないようにします。

十分な睡眠と栄養
体をしっかり回復させるための睡眠と食事を心がけます。

5. 成長段階に応じた練習

無理をさせない
成長期の選手には、身体の発達に合わせて練習量を調整します。

徐々に負荷を増やす
急激に練習強度を上げるのではなく、段階的に負荷を増やします。

6. メディカルチェック

定期的な診断
肩の状態を定期的にチェックし、異常を感じた場合には早めに受診することをお勧めします。

関連する病気

  • 肩腱板損傷
  • 肩関節周囲炎
  • 上腕二頭筋腱炎

参考文献

  • 伊藤博一, 眞瀬垣啓, 河崎尚史、 ほか. 年代別肩・肘有痛部位と真 下投げ VAS 評価の詳細-野球選手 10,957 名のフィールド調査か ら-. 日臨スポーツ医会誌 2009;17:362-72.
  • 福井 勉:スポーツ動作と理学療法. スポーツ傷害の理学療法. 福井 勉 編集. 東京:三輪書店;2001. pp.13-21.

この記事の監修医師