

監修医師:
副島 裕太郎(横浜市立大学医学部血液・免疫・感染症内科)
目次 -INDEX-
血友病性関節症の概要
血友病性関節症は、繰り返す関節内出血により関節に慢性的な炎症と損傷が生じる病気です。関節軟骨の変性、滑膜の炎症、骨の変化が起こり、慢性的な痛み、関節の硬直、可動域の著しい制限を引き起こします。適切な理学療法を行わないと、筋力低下や拘縮を伴うこともよくあります。
重症例では関節変形、亜脱臼、関節弛緩、アライメント不良、自然癒合などが生じます。特に進行期では、身体活動と生活の質に深刻な影響を与えます。
血友病性関節症の原因
血友病性関節症の主な原因は、血友病による反復性の関節内出血です。血友病は、血液凝固因子VIII(血友病A)または因子IX(血友病B)の欠乏によって起こる、X連鎖劣性遺伝による病気です。血友病Aが血友病全体の約80〜85%を占めます。
凝固因子活性の欠如は、トロンビン生成の不足と出血傾向を引き起こします。重症の血友病患者さんでは、全出血イベントの70〜80%が関節に発生し、自然発生的に起こることもあれば、ストレスや外傷に反応して起こることもあります。関節以外の部位と比較して関節に出血しやすいのは、凝固カスケードのバランスが崩れていることが原因です。
血友病性関節症の前兆や初期症状について
血友病性関節症の初期症状としては、関節内のチクチクする感覚と張り感が挙げられます。その後、関節の急速な腫れ、可動域の減少、関節の痛み、関節上の皮膚の熱感が続きます。曲げると最も楽な姿勢になり、痛みを避けるために動かさずにいると、二次的な筋攣縮が起こることがあります。凝固因子補充後、痛みは急速に軽減し、8-24時間以内に関節機能は完全に回復します。
関節出血は、しばしば「遊走性」のパターンを示し、ある関節から別の関節へと移動します。
同時に重症血友病患者さんの約25%ではほかの関節と比較して出血を起こしやすい関節がみられ、「標的関節」といわれます(過去6ヶ月間に3回以上の関節出血を起こした関節と定義されています)。
かつては肘関節や膝関節が標的関節になりやすかったですが、予防的な凝固因子補充療法が行われていることが多い昨今では、標的関節は肘や膝ではなく足関節(足首)に多くみられるようになりました。
血友病性関節症の症状がある場合は、以下の診療科を受診することをおすすめします。
整形外科
整形外科は、骨、関節、筋肉などの運動器系の病気を専門とする診療科です。血友病性関節症は関節の病気を引き起こすため、整形外科を受診することで適切な診断と治療を受けることができます。
血液内科や小児科
血友病の専門医がいる血液内科を受診することで、血友病性関節症の根本原因である血友病に対する治療を受けることができます。
血友病性関節症の検査・診断
血友病性関節症の診断は、患者さんの症状、病歴、身体所見、およびさまざまな検査結果を総合的に判断して行われます。
問診と診察
患者さんの症状、血友病の重症度、過去の関節出血の回数、関節の痛みや腫れ、可動域制限などを詳しく確認します。
血液検査
血液凝固因子(第VIII因子、第IX因子)の活性測定を行い、血友病の種類と重症度を診断します。
画像検査
X線検査
関節の骨の破壊や変形、関節腔の狭小化、軟骨下嚢胞の形成、関節縁のびらん、関節面の不適合、関節変形などを確認します。
MRI検査
X線検査よりも感度が高く、ヘモジデリン沈着、滑膜肥厚、関節腔の狭小化を伴わない軽度の軟骨損傷などの小さな変化を可視化することができます。しかしアーチファクトの影響で正確な評価を得ることが難しいこともあります。MRI検査は、びらん、軟骨下嚢胞、軟骨破壊などの進行した変化についても、より詳細な情報を提供することができます。また、仮性腫瘍、滑膜炎、または腹部や腸腰筋などの深部区画における出血の診断と経過観察にも有用です。
超音波検査
関節液貯留、滑膜肥厚、骨軟骨面の異常、仮性腫瘍などを診断することができます。超音波検査で得られた所見は、関節症の有無にかかわらず、血友病性関節を評価する際のMRI、臨床所見、関節の機能状態とよく相関しています。超音波検査はMRIよりも安価で、容易に入手でき、幼児に鎮静を必要とせず、仮性腫瘍の血管評価などの動的な検査を可能にします。欠点としては、観察者間でのばらつき、画像解析の複雑さ、深部構造の変化を特定することの難しさがあります。
関節液検査
感染の疑いがある場合は、関節液を採取し、検査を行います。ただし、血友病性関節症では通常、感染は起こりません。
生検
確定診断のために、関節の滑膜や骨組織を採取し、病理検査を行うことがあります。
血友病性関節症の治療
血友病性関節症の治療は、病気の段階によって異なります。
急性関節出血の治療
急性関節出血に対する治療の主な目的は、凝固因子製剤を投与することで、できるだけ早く出血を止めることです。関節穿刺による関節内血液の排出や、ヒアルロン酸・ステロイドの関節内注射を行うこともあります。
その他の治療としては、以下があります。
安静
出血している関節を安静にすることで、さらなる出血を防ぎ、痛みが軽減されます。
冷却
患部を冷却することで、腫れや炎症を抑えることができます。
圧迫
弾性包帯などで患部を圧迫することで、出血を抑えることができます。
挙上
患部を高く挙げることで、腫れを軽減することができます。
鎮痛薬
痛みを軽減するために、アセトアミノフェンなどの鎮痛薬を使用します。
慢性滑膜炎の治療
慢性滑膜炎では関節が反復出血を起こしやすいため、治療の目標は滑膜の過敏性を軽減することです。定期的な凝固因子製剤の補充で出血を予防します。
「滑膜切除術」という手術は関節内出血により増殖した滑膜を減らして、出血しやすい関節環境を改善したり関節軟骨や骨の変性を抑制したりすることが期待できるため行うことがあります。
末期関節症の治療
破壊が進んだ関節については、人工関節置換術を行うことがあります。
またリハビリテーションによって、関節可動域の維持・改善、筋力強化、歩行訓練などを行なったり、装具の使用で関節の保護・安定をはかったりします。
血友病性関節症になりやすい人・予防の方法
血友病性関節症になりやすい人
血友病性関節症は、重度の血友病患者さんにおいて特に発症リスクが高いです。
重度(凝固因子活性が1%未満)の血友病患者さんの場合、出血全体の70〜80%が関節で起こります。
中等度(凝固因子活性が1-5%)の患者さんでは発症頻度は下がりますが、それでも約半数の方が関節内出血を経験します。
軽度(凝固因子活性が5%超)の患者さんは、大きな怪我や手術後に出血が起こる程度です。
血友病性関節症の予防方法
血友病性関節症の予防の中心は、凝固因子製剤を用いた関節内出血の予防にあります。
定期的な凝固因子補充療法(予防療法)
予防療法は、定期的に凝固因子製剤を静脈注射することで、出血を未然に防ぐ治療法です。予防療法には、一次予防、二次予防、三次予防があります。
一次予防
2回目の大きな関節出血が起こる前、3歳までに開始する予防療法です。
二次予防
大きな関節に2回以上の出血が起こった後、明らかな関節疾患の発症前に開始する予防療法です。
三次予防
明らかな関節疾患の発症後に開始する予防療法です。
血友病性関節症の予防には、早期からの予防療法の開始が重要です。
特に、3歳までに一次予防を開始することで、関節の損傷を効果的に抑えることができます。
これは幼少期の関節軟骨が出血による損傷を受けやすいためです。
適切な運動
適切な運動は、関節の可動域を維持し、筋肉を強化することで、関節の安定性を高め、出血のリスクを減らすのに役立ちます。ただし、激しい運動や接触性の高いスポーツは、関節内出血のリスクを高めるため避けるべきです。
医師や理学療法士と相談し、自分に合った運動プログラムを作成することが重要です。
日常生活での注意
日常生活では、関節への負担を減らすように心がけることが重要です。重いものを持ち上げたり、無理な姿勢をとったりする際には注意が必要です。転倒や怪我を防ぐため、足元を整理整頓し、滑りにくい靴を履くようにしましょう。
定期的な診察
定期的に医師の診察を受け、関節の状態をチェックしてもらいましょう。早期に異常を発見し、適切な治療を受けることで、関節の損傷の進行を抑制することができます。
関連する病気
- 血友病(Hemophilia)
- 関節血症(Hemarthrosis)
- 血友病性変形関節症
- 慢性関節炎
- 出血性骨病(Hemophilic Bone Disease)
参考文献
- Lize F.D. Van Vulpen, Floris P.J.G. Lafeber and Simon C. Mastbergen. Hemophilic Arthropathy. Firestein & Kelley’s Textbook of Rheumatology, 124, 2146-2158.e5